第21話:権力

神暦2492年、王国暦229年4月17日:王都・ジェネシス視点


「どうかお許しください、本当に病気だったのです!」

「お慈悲を持ちまして、今一度機会をお与えください!」

「本当にケガをしていたのです、次は必ず出陣します!」

「私達は隠居して勇敢な者に当主の座を譲らせていただきます!」

「どうか先祖の功で今回の件をお許しください!」


「黙れ卑怯者ども!

 王家に忠誠を誓い、非常時には剣を取って戦う事を条件に、領地の所有と騎士を名乗る事が許されているのだ。

 それを魔獣や亜竜を恐れ、仮病を使って出陣を拒否するなど絶対に許されない。

 領地を取り上げ騎士を名乗る事を禁じる!

 王家王国領から追放する!

 私有財産の持ち出しだけは許すが、領民の食料を持ち出す事は絶対に許さん。

 もし私有財産以外を持ち出したら、討伐軍を差し向けると思え!」


 俺は放逐されないように媚び諂い言い訳を重ねる騎士達を一喝した。

 非常時に戦えないような騎士に領地を任せる気などまったくない。

 問答無用で王家王国の支配する領地から追放した。


 中には平民になるから王都や商都に住まわせてくれと言う者もいた。

 だが逆恨みして民を襲う可能性の高い者を住まわせるわけにはいかない。

 受け入れてくれる貴族領に行くか、大陸に渡ればいい。


 これまでの国法では、特殊な許可を受けた者以外は大陸に渡れなかった。

 だが俺が権力を持ったからには、この国の役に立たない者は追放する。

 特にこれまで民を虐げていた者は絶対に許さない。


 貴族家からの移住許可証のない者は、易都かリチャードソン家に行ってもらう。

 そこから船に乗せて大陸に追放する。

 王家騎士の2割が追放刑となった。


 反対する者がいなかったわけではない。

 王位継承権のある3大大公家の当主はそろって反対した。


 だが俺が『建国王陛下の定めを破り軍役を仮病で逃げる者を許すのか?!』『自分達も同じように憶病で軍役を拒否するからかばうのか?!』と罵ったら黙った。


『何なら俺と一緒に属性竜討伐に参加するか?』『今直ぐ属性竜討伐令を出すから先頭を切って出陣するか?』と言ったら真っ青な顔をして王城から逃げて行った。


 翌日から王都内に3大大公の臆病を嘲笑う噂が流れた。

 噂だけでなく、落書きや小唄、新聞まで広まった。

 王都屋敷にいる3大大公家の家臣は、恥ずかしくて屋敷を出られない状態だった。


 その日から社交界に3大大公家の者が現れる事はなかった。

 親戚縁者も恥ずかしくて晩餐会にも舞踏会にも参加できなくなった。

 貴族士族として取り返しのつかない恥をかいた事になる。


 普通なら王家の最も大切な分家である3大大公家の言う事は無視できない。

 だが亜竜を独りで2頭も斃す俺と正面から戦える者はいない。


 3大大公家が束になってかかって来ても勝ち目がない。

 それは父王と3大大公家が手を組んでも同じ事だ。


 これまでの権威を笠に、実力をわきまえずに、3人がかりなら無理難題を押し通せると思ったのがバカなのだ。


 その結果、自分達3人だけでなく、妻も子供も親戚も大恥をかいた。

 特に出陣を匂わせただけで逃げ出したのが痛かった。

 心ある家族や家臣からも心の底から軽蔑されたようだ。


「今直ぐ命懸けの戦いをしろとは言わない。

 実力に見合わない相手と戦わせたりはしない。

 だが、強くなろうと努力しない騎士はいらない。

 命懸けの戦いが怖いのなら、騎士の地位を捨てて平民になればいい。

 俺は強制したりはしない、好きな方を選ぶがいい」


 俺は残った8割の騎士に選ばせた。

 運が良いのか悪いのか、あの日出陣命令を受けずにすんだ騎士家だ。


 無役や非番で王城に居らず、時間内に王城に駆けつける事もできず、無能なのか憶病なのか判断できなかった騎士達だ。


 2割の騎士が勇気を示して俺の後詰として出陣した。

 戦死した者も大ケガした者もいたが、スタンピードで魔境からあふれ出た魔獣と戦った勇気ある連中だ。


 王城と王都の守備を理由に出陣しなかった残り6割の騎士のうち1割は、俺の命令に従って後日出陣した。


 騎士の地位と領地は捨てられないが、命懸けの戦いができない当主は、子供や婿に当主の座を譲り安楽な生活を確保した。


 子供や婿、一族に命懸けの騎士にふさわしい者がいる家はそれでよかった。

 だが中には親戚の中に誰1人に命を賭けられる者がいない家もある。

 そんな家は必死で養子を探して迎えた。


 俺はそんな大騒動を見てみぬふりをした。

 少しでも問題のある騎士家を潰してしまったら、8割の家を潰す事になる。


 そんな状態はさすがに危険過ぎるので、6割以上の騎士家は残す事にした。

 そのための当主交代であり養子の黙認だった。


 これまで王家王国が正規騎士団としていたのは以下の通りだ。

1:近衛騎士団:1個騎士団

2:王宮騎士団:10個騎士団

3:王城騎士団:10個騎士団

4:王都騎士団:20個騎士団

5:先鋒騎士団:20個騎士団

6:見廻騎士団:先鋒騎士団の1つが任命

7:魔境騎士団:定員なしの新設騎士団。

       :役目中に魔境で狩りをして利益の半分を王家に納める。


 家の数で言えば2割の騎士家が領地を奪われ追放された事になる。

 多くが領民2000人以上の大身騎士家だ。

 国によっては准男爵や士爵と呼ばれる事もある大身騎士だ。


 騎士家なのに当主以外にも騎乗する人数が軍役の中に入っている。

 とうぜん、徒士の重装甲歩兵や弓兵や槍兵も軍役にある。

 そんな連中が追放になると、兵数だけで言えば王国軍が半減した事になる。


「勇気をもって魔獣と戦える者は騎士に取立てる。

 乗馬のできない者は徒士として召し抱える。

 乗馬ができるようになった時点で騎士に昇格させるから安心するがいい。

 ただし、領地は与えない。

 建国王陛下は立派な方だったが、1つだけ間違いを犯された。

 譜代の騎士を甘やかし過ぎた。

 領地を与え過ぎた事で、その収入に甘え自分を鍛えない騎士を生んでしまった。

 だから俺が新設する騎士家は領地を与えない。

 遊びのような王城や王都の警備などさせない。

 常に魔境に入り狩りをして生計を立ててもらう。

 役目中の狩りなので、利益の半分は王家に納めてもらう。

 その代わり、武術や魔術の訓練は王家王国が負担する。

 必ず子弟を一人前の騎士に育ててやる。

 嫡男だけでなく、男も女も全員一人前の騎士に育て、分家させてやる」


 我ながらとても厳しい条件を突き付けていると思う。

 俺のように自由を愛する者なら、騎士よりも冒険者を選ぶかもしれない。

 だが利益の半分を王家に取られるのは冒険者も同じだ。


 騎士でも冒険者でも利益の半分を取られるのなら、騎士という身分を選ぶ者の方が圧倒的に多い。


 それに、軍功が多ければ領地を与えるとも言ってある。

 亜竜とまではいわないが、ヌエやスフィンクス、グリフォンを斃すような軍功をあがれば、男爵に叙爵するとも言ってある。


 建国後に軍功で叙爵されたものは1人もいない。

 王の寵愛を受けて叙爵された者はいたが、それは騎士や貴族の本質から言えば、恥知らずな叙爵だ。


 俺はそんな基準で騎士を任命したり貴族を叙爵したりしない。

 国のため民の為、命を賭ける者しか認めない。


 多くの冒険者が新設する魔境騎士団に応募してきた。

 無役だった騎士家の当主や跡継ぎも応募してきた。

 冒険者になるか平民になるしかなかった次男三男も応募してきた。


「今日はお前達の実力を確認する。

 騎士にふさわしい武力と勇気のない者は王家から追放する。

 自分が騎士にふさわしくないと思っているのなら、今からでも構わない、息子や婿、弟や一族の誰かに当主を譲れ!

 魔境に入る事ができない、魔境に入った後で逃げ出す、そのような恥知らずなマネをした後では取り返しがつかないぞ!」


 もちろん既存の騎士団も甘やかしはしなかった。

 順番に魔境に入れて騎士にふさわしいか確認した。

 現時点での戦闘力は眼をつむっても、勇気と覚悟すらない騎士は追放する。


 短期間で王家の騎士団は戦える実戦部隊に変貌した。

 これまでは騎士としての実力よりも領民の多さが優先されていた。

 その影響で分不相応な者が騎士団長や騎士隊長の役目についていた。


 だが俺が実力主義を取った事で騎士団が大きく変化した。

 形だけの王城や王都の警備だけでなく、魔境での狩りも騎士団の役目とした。


 無能な者が団長や隊長を務めていると、団員が魔境で無駄死にしてしまう。

 誰だって上役の無能の所為で死にたくはない。

 俺だけでなく、全ての騎士団員が真剣に自分達の上司を選ぶようになった。

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