第15話:取らぬ狸の皮算用
神暦2492年、王国暦229年2月11日:リーズ魔境周辺・ジェネシス視点
「すごい、こんな巨大な亜竜をたった独りで狩られた!」
「さすがジェネシス王子だ!」
「恐ろしさのあまり気を失ってしまった俺達とは大違いだ」
「こんな凄い方が俺達の主君なのだな」
「俺達もがんばってジェネシス王子に恥じない騎士にならないと!」
「直接鍛えてくださるだろうか?」
亜竜を斃してしばらくすると、側近達が気を失った家臣を起こした。
斃した亜竜の鮮度が落ちないうちに魔法袋に保管しなければいけない。
だがその前に、俺の強さを家臣達に見せつけたいのだろう。
俺のその考えには賛成だった。
少々の脅しや賄賂では俺を裏切らないようにしておくのだ。
普通なら、亜竜を独りで斃すような俺を裏切る気にはならないはずだ。
だが、その副作用で褒めたおされてしまう。
恥ずかしくて逃げ出したいくらいだが、主君ならば堂々としなければいけない。
「お前達ごときが王子から直接指導してもらえると思うな!
私達でさえめったに直接指導していただけないのだぞ!」
護衛騎士長のアンゲリカが家臣達を叱っている。
だが話がおかし過ぎるぞ。
俺がアンゲリカに魔術を教えるのではなく、アンゲリカが俺に剣術や槍術を教える立場だろう!
「そうだぞ、まずは俺達がジェネシス王子から魔術を教わるのだ。
教わった魔術を俺達がお前達に教えるのだ。
だが王子の魔術を教われるのは、亜竜を前にしても気絶しない者だけだ。
分かったら少しでも胆力を鍛えるために亜竜に触らせてもらえ」
お前もおかしな事を言うな、マッケンジー!
俺の魔術と学問の師匠だろうが!
父王から選ばれた家庭教師なら、それに相応しい言動をしろ!
「ジェネシス王子、御不快ではあるでしょうが、これも忠誠心を得る為です。
王子が国王陛下を快く思っておられない以上、独自の忠臣が必要です」
セバスチャンは俺の気持ちをよく理解してくれている。
今回の騒動で父王が口にした事に、俺が怒りを覚えている事を分かっている。
俺が王位を奪おうとする可能性すら考えて、それでも忠義を示してくれる。
そのための準備をちゃくちゃくと進めてくれている。
「セバスチャン、俺が大陸に渡ると言ったらどうする?」
「私はどこまでもお供させていただきます。
ただ、大陸に渡られるのでしたら、国王陛下と争わないようにしてください。
残られるオードリー様や姉君、兄君達が処分されかねません」
「母上が同意してくださるのなら、一緒に大陸に渡っていただく。
姉君や兄君達も同じだ。
セバスチャンの一族も同行してくれてかまわない。
俺の持つ力の全てを使って、今以上の地位と富を与える」
「私の一族の心配までしていただく事はありません。
我が一族の命はすでに王子に捧げさせていただいております。
だからこそ、王子をお慕いする者を全員大陸に連れて行くのはお止めください。
この国にも王子の目と耳を残しておかなければなりません」
「そんな事を言われてしまったら、後先考えずに父王と争う訳にはいかない。
ケンカにならない程度にとどめて、父王に諫言しよう。
それでも言動を改めてくださらないなら、ケンカになる前に大陸に渡る」
「ご配慮くださりありがとうございます。
オードリー様にもできるだけ早くお気持ちを伝えられてください」
そう言われてしまったら、直ぐに母上に手紙を送るしかなかった。
本来なら直接お会いして伝えなければいけない重大事だ。
だが、今戻ると父王とんでもない争いになってしまう。
茶魔熊ていどでもあれほどの争いになったのだ。
亜竜がほぼ無傷の形で手に入ったとなると……
亜竜を狩るためには魔境の奥深くにまで入らなければいけない。
巨大な亜竜を運ぶためには、とても容量の大きな魔法袋がいる。
A冒険者なら持っているかもしれないが、普通は国か大商人の支援がいる。
亜竜がいるほどの魔境の奥まで行くとなれば、亜竜以外の貴重な魔獣も狩る。
大量の魔獣を狩る事になるのが予測されるのを、国や大商人は見逃さない。
A級冒険者も手厚い支援を断ったりはしない。
命懸けの深部魔境狩りだ、支援は多ければ多い方が良い。
国や大商人の支援の下で行う亜竜狩りは、地位と名声と富の全てが手に入る。
もし国や大商人に逆らった亜竜狩りだと、せっかく狩った亜竜の販売をジャマされる可能性がある。
安全に竜を狩るなら、地位と名声を争っているライバルA級冒険者や、下から地位と名声を手に入れようとしているB級冒険者のジャマを排除しなければいけない。
そもそも大陸にいる4人のA級冒険者が協力してようやく斃せるかどうかの亜竜。
癖の強い冒険者、それもA級冒険者4人を協力させるとなると、国や大商人以外には不可能だろう。
それでも、過去の実績を考えれば、無傷で亜竜を斃す事は不可能だ。
俺が読んだ資料では、狩られた亜竜の表面は傷だらけだった。
鱗や筋肉はもちろん、眼や内臓や脳まで火炎や氷、純粋な魔力で変質していた。
そんな大半が傷ついた亜竜の素材でも、莫大な富が手に入るのだ。
それなのに、俺はほぼ無傷で亜竜を斃した。
無傷の亜竜を斃したと言う名声はこの国だけでなく大陸にまで響き渡る。
公正な競売で売ることができるなら、莫大な富が手にはいる。
予測できる落札金額は1億セント。
王国年収の1/4くらいだろうが、国王個人が動かせる金額の100倍はある。
小国の国民総生産を軽く超えるほどの大金だ。
「セバスチャン、この国の主だった商人に亜竜を競売にかけたいと伝えてくれ。
易都の大陸商人達とも連絡が取れるのなら頼む」
「大陸に渡られる前提での競売だと思ってよろしいのですね?」
「父王しだいだが、8割の確率で大陸に渡る事になると思う。
父王が自分の欲と見栄を捨ててくれるのなら、この国に残れる。
その場合は貴族士族を味方につけるために亜竜は残す。
ほぼ無傷なら、茶魔熊や灰魔熊でも商人は大喜びするだろう?」
「さようでございますね。
この国ではほぼ手に入らない無傷の茶魔熊や灰魔熊が手はいるのなら、国禁の大陸
渡航にも協力してくれるでしょう」
「商人が協力してくれないのなら、リチャードソン家の交易船に乗せてもらう。
頼めるか、アンゲリカ?」
「王子の魔術と武術を伝授していただけるのなら、喜んで」
「分かった、アンゲリカが会得できる保証はないが、教えてやろう」
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