第6話:奸臣佞臣悪臣

神暦2492年、王国暦229年1月18日:某騎士屋敷・ジェネシス視点


「セバスチャン殿、ここが盗賊団を陰から操る黒幕の屋敷です」


 俺達を案内してくれた見廻騎士団のマディソン団長が、俺ではなくセバスチャンに問う形で聞いてきた。


「領民6000人のデシーズ騎士家ですか……」


「はい、国王陛下の御信任熱きレンドルシャム家の隠居、ジョサイア殿がとても親しくしている家です」


 マディソン団長は遠回しに父王の機嫌を損ねるかもしれないから、この辺で手を引いた方が良いと警告してくれている。


 身勝手な父王の事だから、子供の中では俺の事を1番可愛がっているが、お気に入りのジョサイアよりも優先するかどうかは分からない。


 ジョサイアは父王が寵愛している側室の養父なのだ。

 父王の好みを完璧に把握するだけの眼力があり、それを探し出して養女にする行動力と資金力がある油断ならない相手なのだ。


 狡猾なジョサイアなら、父王にこの事が伝わるより先に俺を殺しかねない。

 父王の信頼が厚く、それを駆使して莫大な賄賂を受け取り、王家を凌ぐ資金力があるジョサイアなら、王城内の至る所に手先がいるだろう


 ジョサイアから見れば、父王は自分が意のままに操っているバカ殿で、俺は数多くいる子供に1人に過ぎないのだ。

 

 ジョサイアがこれからも王家を傀儡にするつもりならば、愚かで病弱な王子が跡を継いだ方がやり易いと考えるだろう。


「マディソン団長はどうするつもりなのですか?」


「私にも愛する家族がいますし、わずかですが家臣と領民がいます。

 今配下となっている騎士や徒士を巻き添えにするわけにもいきません。

 盗賊団がデシーズ騎士家の屋敷を出るのを待ちます」


 愚王の為に自分や大切な者達を犠牲にできないと言い切られてしまった。

 それでも、見廻騎士団団長として精一杯の事はするとも言ってくれた。

 このような忠臣が仕えてくれているというのに、愚王が!


「俺の軍旗を掲げよ!」


 俺がそう命じると、軍旗係が慌てて俺の旗を掲げる。

 強風の中であろうと、敵の攻撃が雨霰と降り注ぐ中であろうと、軍旗を掲げて俺の軍がそこにいる事を知らしめる役目の漢、それがブルックリンだ!


「町人街とは言え王都内に火を放つなど、王家王国に対する宣戦布告である!

 これを見過ごす事など絶対にできない!

 盗賊風情に王家王国が舐められるわけにはいかない!

 我こそはキャヴェンディッシュ王家の26番目の王子、ジェネシスである!

 王国の王子としてお前達に命じる、謀叛人を捕らえてよ!」


「「「「「おう!」」」」」


 俺が兜を脱ぎ、王家の紋章をかたどった俺の軍旗を掲げさせて命じると、見廻騎士団の騎士と徒士が一斉に門に殺到した。


 セバスチャンが諦め顔をしている。

 俺の傅役に選ばれたのが不運だったと諦めてくれ。


 ドーン!

 ドオーン!

 ドッゴーン!


 マディソン団長が決断すれば、何時でも屋敷に突入できるように団員達が準備していたのだろう、大槌を振って門を破壊しようとしている。


「どけ、俺の魔術で破壊する」


 俺は、そんな忠義な団員達を下がらせて門を破壊しようとした。

 1番目立つ危険な位置なのだが、長くは目立てなかった。

 俺を護るための、前に立つ者がいるからだ。


「私こそはジェネシス王子の護衛騎士長アンゲリカである。

 王子の前はもちろん、私の前を塞ぐことも許さん!」


 建国王陛下が心から信頼した黒人の末裔、それがアンゲリカだ。

 当初同じ肌の民がいなかった事で、少しだけ黒さは薄まったというが、それでも我らとは全く違う肌の色をしている。


 今では厳しい制限が課せられるようになった他国との交易だが、わずか5つの門戸だけが他国との交易を許されている。

 その1つがアンゲリカの家、リチャードソン家の交易船だ。


 その交易船を使って、同じ肌を持つ女性を迎え入れ、建国王陛下が心から信頼したリチャードソン家の黒肌を保っている。


「ソウルスネーク」


 俺は土魔術を放って門を破壊した。

 騎士家の王都屋敷門程度なら、トルネード級の魔術など必要ない。

 スネーク程度でも跡形もなく破壊する事ができる。


「俺に続け!」


 俺の命令と同時に、俺の配下も見廻騎士団も門の中に殺到した。

 俺が先頭を行きたかったのだが、アンゲリカがやらせてくれるわけがない。


 アンゲリカは、並の騎士では持ち上げる事もできない、総鉄製の戦斧を軽々と振り回して先を進む。


バッゴーン!

「「「「「ギャアアアアア」」」」」

ドッゴーン!

「「「「「ギャッ」」」」」

グアッゴーン!

「「「「「ウォオオオオ」」」」」


 遮る物は全て吹き飛ばして屋敷の中を行く。


「てめぇらナニモンだ?!

 ここをデシーズ家の屋敷と知っての事か?!

 デシーズ家は、畏れ多くも国王陛下の最側近、ジョサイア閣下にお仕えしているのだぞ!

 見廻騎士団風情が押し入ってきていい場所じゃねえんだよ!

 わかったら尻尾を巻いて帰んな!」


「黙れ、王家王国に剣を向けた謀叛人共!

 王家王国が支配する王都内に火を放つという事は、宣戦布告したも同然。

 そのような連中を匿うような者は一味同心だ!

 構わないから叩きのめして捕まえろ!」


「「「「「おう!」」」」」


 俺の命令を受けた者達が力強く返事をしてくれた。

 必死で抵抗する盗賊団の連中を次々と叩きのめして捕縛していく。

 

 軽く当たっただけで敵を即死させる戦斧を持つアンゲリカは、もの凄く手加減して殺さないようにしてくれている。


 盗賊団は、数が多いだけでなく、とても狡賢い。

 頭と幹部と思われる奴らは、いち早く屋敷の奥に逃げてしまった。

 というのは嘘で、わざと逃がしたのだ。


「王家王国に反旗を翻し、王都に火を放った大逆人!

 少しでも恥を知るなら素直に縄を受けよ!」


「じゃかましいわ!

 見廻騎士団風情が俺様を捕まえられるとでも思っているのか?!

 俺様にはジョサイア閣下と国王陛下がついているのだ。

 盗賊団に盗ませた金も、ジョサイア閣下と国王陛下に献上しているのだ。

 罪を受け処刑されるのはお前だ、マディソン」


 俺が名前も知らないデシーズ家の当主は、突入がマディソン見廻騎士団団長の指揮だと思っているようだ。


 屋敷に突入する前に掲げさせた俺の軍旗は、軍旗係と共に屋敷前にいる。

 ジョサイアや父王の手先が介入しないように置いてある。

 あれを見てデシーズ家に手を貸そうとする者などいないはずだ。


 だがその分、俺を知らしめる物が何もない。

 装備している鎧は騎士家の当主相当だ。


 元服したばかりの俺の顔を知る貴族や騎士はほとんどいない。

 まして兜で顔を隠しているとなれば、俺が王子だとは誰にも分からない。


「父王陛下の名を騙るのは止めてもらおうか!」


「ひかえ、ひかえ、控え~い!

 この紋章が目に入らぬか!

 ここにおわす御方を、どなたと心得る!

 こちらにおわすは、第26王子、ジェネシス殿下であらせられるぞ。

 頭が高い、控えおろう」


「はぁあ? 

 ジェネシス王子だと?

 何を言っているのだ!

 ジェネシス王子がこのような場所におられるはずがないわ!」


「じゃかましいわ!

 ジェネシス王子の御尊顔を拝した事がなくても、傅役である儂の顔くらいは覚えておろう?

 儂がここにいるのだ、この方こそジェネシス王子である!

 分かったら素直に縄を受けよ!」


「おのれ、どうせ邪魔になったら殺す予定だったのだ。

 少し早くなったとしても問題ない、殺せ、王子もろとも皆殺しにしてしまえ!」


 やれやれ、悪党ほど往生際が悪い。

 まあ、でも、最初からこうなる事は分かっていた。


 めんどうだが、また顔に傷を付けさせておくか?

 いっそ片目くらい潰させておいた方がいいか?


「貧しい中でも必死で生きている人、家族で手を取り合って生きている人、そのような人達を傷つける者は、誰が許しても俺が許さん!

 直々に叩き斬ってくれる!」

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