死神の少女と無名の探偵

初岡龍

第1話死神の少女ー1

『運命』というのは何でもない日常を時として大きく変えるスパイスになる__。


 人生において、運命を大きく左右する分岐点が存在する。それが正解のルートか不正解のルートかどうかは選んだルート次第だ。

ルート選びを間違えずにそれなりの努力をした人間には、それ相応の成功という名の未来が待ち受けている。

その一方でルート選択を間違えた先に待ち受けるのは敗者という名の雲のかかった未来である。

 そして俺もそのルート選択を間違えた人間の一人だった。俺は大学を卒業し、東京のとある世界的大手企業に就職していた。成功の階段を順調に登り続け、これで俺の人生は安泰………そう思っていた。

だが人生はそう甘くなかった。

今でもくっきりと鮮明に残っている………俺のことを大切にしてくれていた同僚と社長が血だらけで息が途絶えている姿。そして身に覚えのない返り血を浴びた俺の両手と身体。

事の重大さを察した時には、自分はもうここにはいられないことを悟った。同時に俺の人生は成功という勝者の道が閉ざされた瞬間でもあった。

そこから先の記憶はほとんど覚えていない。記憶が残っているのは大阪に移って以降の記憶だけ。あの事件から大阪に移るまでの間の記憶がぽっかりと空いていた。

大阪に移ってから、俺は小さな事務所を借りて、似合いもしない探偵事務所を設立した。探偵事務所といっても探偵業だけではなく、不倫調査、落し物探しといった何でも屋といった方がいいだろうか。


そんな風に依頼のためなら何でもやりますをモットーに探偵事務所を始めて1年が経った。だが俺のところにやってきた依頼は片手で数えられるほどしか来なかった。それも大したお金にならない依頼ばかり。何とか溜めていた貯金もそろそろ底をつきかけていた。


「はぁ__。今月も依頼はなしか。逃げるように大阪にやってきて思い付きで探偵事務所という柄でもないことを始めては見たものの………やっぱり似合わないことはするもんじゃないな」


今日も一向に来る気配のない依頼をまったりと椅子に腰かけながらも窓の外を眺める。何も起こらない退屈な日々に慣れて始めていたとはいえ、この時間を過ごすたびになぜ自分が産まれてきたのかという自分自身に対する存在価値を問い続ける日々が続いていた。


「今まで何とか前の就職先の残った貯金で過ごしてきたが………その貯金もあと3日で底をつきそう__か。どうやらそう遠くないうちに探偵事務所を畳んだほうが良さそうだな」


机の引き出しに入っていた通帳を取り出しながら名残惜しい表情で語る。探偵事務所を畳んでもそこから先の未来はどうなるのかという恐怖がもう既に襲い掛かり始めていたのだ。

そんな俺を励ますかのように 

“ピンポーン〟

という音が事務所中に鳴り響く。


『これは久々の依頼か⁉』


俺の淡い期待を背に、玄関の方へと足早に向かう。しかし、その願望はあっさりと打ち砕かれた。


「すいませーん。郵便で―す。花巻さん宛てにお手紙が届いてますよー」


俺の求めていたものはあっさりと崩れた。

ほんのわずかに見えた光の道筋が一瞬で消されたような憂鬱な気分になった。

それにしても、わざわざ俺宛てに手紙とは物珍しい人もいたものだ。

正直、誰が手紙を送ってきたのか予想がつかない。昔親しかった知り合いたちもいるにはいるが、最近は全くと言っていいほど連絡を取っていなかったので、この不自然なタイミングでわざわざ手紙を送ってくる可能性のある知り合いはほとんど皆無に等しかった。

俺は複雑な胸中を抱えながら郵便屋さんから手紙を受け取る。その後は気落ちした気持ちのまま自分の指定席に戻り、改めて誰が手紙を送ってきたのか送り主の名前を探してみる。

だが送り主らしき名前はどこにも書かれていない。


「住所と名前が書かれていない? 一体誰が俺なんかに手紙を____」


俺は早速手紙を開封すると、そこには丁寧かつきれいな文字が達筆で書かれていた。

パッと見ただけならどこにでもありそうな手紙である。

だが書かれていた内容は俺の思っていたものとはかけ離れていた内容だった。


 花巻神武羅かむら君へ


いきなり名も知らない私が手紙という仰々しいものを送りましたことをお詫び申し上げます。今回、手紙を送ったのはある依頼を受けてほしいと思ったからです。その依頼は『死神』を探してほしいというものです。いきなり何を言っているかわからないと思いますが、ご容赦ください。場所は間鶴ケ丘公園まつるがおかこうえんにいると思います。詳しいことは『死神』に会えばわかります。報酬はそれ相応の花巻君に役に立つものを用意します。後は頼みましたよ………無名の探偵さん


俺の名前と共に書かれていた依頼内容。

それは間鶴ケ丘公園にいるという『死神』を探してほしいというとても奇妙な依頼だった。手紙にしては随分ざっくりと書かれていて、細かい内容などは一切書かれていない。まさに行けばわかるといった感じだ。


「おいおい………確かに俺は全く依頼が来なくて困ってはいるが特徴もなしにどうやって探せって言うんだよ__。しかも『死神』って。そんな空想上の生物なんて本当にいるのかね」


何度も手紙を読み返すたびに益々半信半疑になってくる。送り主の名前もわからない上に依頼内容もはっきり言って意味が分からない。

だが、わざわざ手紙で全く無名の花巻探偵事務所に依頼してきた以上、例え嘘だったとしても受けないという選択肢はない。滅多に来ない依頼のチャンスを捨てるわけにはいかないのだ。

あの時のように。


待たせてはいけまいと早速身支度を済ませ足早に花巻探偵事務所を出る。依頼で外に出るのは実に半年ぶりだ。普段は買い物ぐらいでしか外に出ていなかったこともあって、外の空気が都会なのにどこか新鮮に感じる。


「えっーと? 間鶴ケ丘公園に行けばいいんだな? そもそも、場所がわかっているなら依頼主本人が既に見つけていそうだが」


俺は未だに理解のできない手紙の依頼に首を傾げながらも電車やバスなどを乗り継ぎながら手紙に書かれた間鶴ケ丘公園にたどり着いた。

この公園に来るのは初めてだが、見た目は遊具が少し豪華なことと敷地が大きいこと以外は他の公園と大きな違いはない。


「さてと………ここに来たのはいいがどこにいるかまでは書かれていないから、こっからは自力で探しに行く必要があるわけか。顔も名前もわからない上に死神なんて一体どう探せばいいのやら」


久しぶりの依頼とはいえ、死神という現実世界では存在しえないものを探すのは一体どれほどの時間をかければいいのか想像もしたくもない。


「とりあえずは辺りを捜索してみるか」


気の遠くなる作業になるが、依頼である以上はやるしかない。


昼にかけて全く手掛かりもなしに死神探しを始めて3時間ほどの時が流れた。

しかし、やはり手掛かりがあまりにもなさすぎて正直、お手上げ状態になりつつあった。

いくら探偵事務所を開いているとはいえ、全くのノーヒントでお目当てのものを探すのはどんな名探偵でも至難の業だ。

時刻は既に夕暮れを過ぎ、夜になった。

人の出入りも減りつつあり、このまま探しても見つからない可能性が高い。


「誰が依頼したのかわからないが今日の所は諦めるか。そもそもそんな『死神』なんていう空想上の存在なんているわけ………」


俺が諦めて間鶴ケ丘公園を離れようとしたのを引き留めるように女の子らしい声が俺に声をかけてきた。


「あの、すいません。その『死神』というのはおそらく私のことです」

「え、えぇ?」


優しく語りかけるような声の方に振り返る。

自らを死神と名乗るその正体は可愛いらしい黒いドレスにスタイル抜群な体。そして俺の人生の中で一番可愛いと直感的に反射で感じ取るほどの顔ときれいな金髪。さらに人々の目を一気に引き寄せるほどの美しい青い瞳。

死神と名乗るにはあまりにも程遠すぎる姿をした女の子だった。


「初めまして花巻君。この度、あなたに向けて手紙をお送りさせてもらいました___『死神』です」


改めて俺の方に面と向かって『死神』と名乗った女の子。

この出会いをきっかけにして、それまで黒く染まりきっていた俺の人生の錆びれた歯車が大きく動き始めた。


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