裏山の異空間とあの子と彼女
かずみやゆうき
第1話 始まりは突然に…
僕が住んでいる東京都
それらが実をなす八月になると稲城市民は、その販売開始を今か今かとそわそわしだす。そして、町の至る所に点在する直売所の小さなシャッターが開くと、その日は多くの市民が訪れるというそんな長閑な街だ。
僕が住んでいるワンルームのハイツは、京王線の稲城駅から徒歩五分の所にある。だが、築三十年も経っていれば、まあかなり年季は入っている。
『ハイツ美園』という昭和の香りがプンプン漂う名前なのだが、確かにそれは、どこから見てもハイツ美園なのだ。
ただ、ここも新築だった当初は、予約者が殺到し、抽選で契約者を決めたみたいですよなんて、ここを案内してくれた不動産の女の子がそういってたっけ。
でも、古くてもボロでも僕は全く構わない。コンビニも駅前に二つあるし、中堅のストアやクリーニング店もあるし、内科、外科、眼科、耳鼻科と病院系もほぼほぼ網羅している。まあ、ないのは、マクドやモスのようなファーストフードくらいだ。
そう、ここは、トータルで考えるととても便利で住みやすいところなのだ。
僕は、
それが講じてか最近では、タフマルジュニアという超小型カセットコンロとミル、コーヒー豆を持って森へ入り、火を使うことを認められているエリアで、お湯を沸かしてゆっくりとコーヒーをドリップして飲んでいる。
わざわざ、山や森へ入って、それっ!?と思われるかもしれないが、僕にとっては、なんとも言えない至福の時間なのだ。
もう一つ、僕の情報を開示するとしたら、僕にはとても素敵な彼女がいる。
ベットに寝っ転がってスマホをいじっていると
奏子:今日、バイトきつかった〜!
和也:そうなんだ。お疲れ!
奏子:ありがとー
和也:そうそう、今度の土曜日って空いてる?
奏子:ん?どっか行くの?
和也:うん。ほら、うちの裏山のキャンプエリア
奏子:あー!行きたい〜。あっ、ごめん。この日、免許センターで更新だった
和也:そうか〜。う〜ん。実は今月はこの日しかダメなんだよな
奏子:じゃあ、楽しんできてよ!その代わり夜、どこかでご飯食べよっ
和也:そうしようか。ごめんな!じゃあ、夜は調布駅に十八時集合ってことで
奏子:了解〜!
そして、土曜日の朝十時。僕はハイツ美園の裏手にある山へと歩き出した。この裏山エリアには、五つほどの散策コースが設定されており、定期的に草なども抜かれているからとても歩きやすい。さらには、どのルートも約二時間で走破できるので、結構人気になっているらしい。
今日、僕は、その中でもアップダウンが厳しい第三コースを選択して歩いている。このコースは唯一渓流に沿って歩くことができるのが魅力で、その脇に小さなテントなら五つほど立てれるくらいのキャンプエリアがあるので、そこでコーヒーを炒れようという算段だ。
一時間程、アップダウンを繰り返すと左手に渓流が見えてきた。
僕は、渓流の音を楽しみならがゆっくりと歩いていく。
途中、大きな石をいくつも動かして沢ガニを探したが、一匹も見つけることができなかった。ついてないな…。
渓流沿いのキャンプエリアにある小さな木製のテーブルの上に僕はリュックから荷物を取り出していく。
昨夜、雨が降っていたこともあり、まだテーブルは若干濡れているが問題はなさそうだ。僕は、水を入れたケトルをカセットコンロに置くとダイヤルを回して火を付けた。
お湯が沸くまでの時間を使って、小型ミルにコーヒー豆を入れ、ゆっくりとそのハンドルを回していく。最近は、北海道の旭川市にある大雪山コーヒーというメーカーから豆を購入している。ここの豆はすごくシンプルな味がして、とても気に入っている。
ケトルから勢いよく湯気が上がってきた。どうやらお湯が沸いたようだ。僕は火を止めた後、三分ほど待ちお湯を冷ます。九十二度位の温度で、コーヒーを入れると良い結果を得られるとコーヒー専門ネットで見つけ、実際にやってみたら随分味がまろやかになって驚いた僕は、少し前からこうしているのだ。
ケトルからゆっくりとお湯を垂らし、ドリップしていく…。
コーヒーの良い香りが漂ってきた。まさに、至高の一瞬だ。
「うん。美味しい!」
部屋で飲むより、外で飲む方が何故美味しいんだろう?本当に不思議だ。
マグカップを両手で持ち、コーヒーを味わいながら飲んでいると、昨夜の雨の影響なのか、急に靄が降りて辺り一面が真っ白になってきた。
流石に、何度も訪れている裏山とはいえ、視界が悪くなってくると落ち着かない。僕は、カセットコンロや小型ミルを急いでしまうと散策ルートの出口に向かって走り出した。
ここまで、真っ白になるのは珍しい。だって、ここは山深い山中ではなく、街の裏山なのだから…。
ますます白く霞んで数メートル先は全く見えない。
ただ、この道は、数え切れないくらい訪れているから迷うはずはない、大丈夫だと言い聞かせながら僕は出口に向かって急ぐ。
だが、そんな小さな油断が、僕に大きな試練を与えることになろうとはその時は一ミリも思わなかった…。
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