【短編】異世界の推理〜不法侵入してまで調べたら殺人トリックまで見破ってしまいました
キハンバシミナミ
【短編】異世界の推理〜不法侵入してまで調べたら殺人トリックまで見破ってしまいました
そこには何もなかった。男は見渡した。手から滑り落ちた棒、転がる死体、散乱する鉢植えと植物、質素な机とそこに積まれた書物、辺りを照らす魔法灯、木の扉、灰色の壁、隅にある風魔法掃除機、水入れに霧吹きと
——始まり
通りを一人の若い男が杖を突きながら歩いていた。幼い顔立ち、一目で程度の悪い中古品と分かるローブ、使い込まれてすり減り魔法媒体には心許なく、そして彼の体と大きさが合わない中古の樫の杖、真新しさが分かる革の靴。ちぐはぐ装備が似合わない若い男はどこを見ても駆け出し冒険者だ。
その青年——名はアシェアという——には通りに構えるあちこちの店先から生温かい視線が届いている。あの年頃に掛かる麻疹みたいなものだ、目線はそう言っていた。そもそも冒険者で生活の糧を十分に得られる者は少ない。素直そうないい子じゃないか。冒険者として食えなければいずれ家に帰り、家業に精を出すだろう。死なない程度に懲りればいいが。そんな視線だ。
そのアシェアはそんな視線に一切気付くことなく、通りの中程にある噴水の前で足を止めた。住民区の中心部を東西に横断しているこのアミール大通りの真ん中に位置する噴水には、待ち合わせする人も商売をする人も集まり、ざわめきが場を占有している。
アシェアが立っているすぐそばでも、ワゴンに山と積まれた菓子を売っていた。値札は菓子一つで銅貨二枚、買う余裕はないか。アシェアは財布の中身を思い出すとワゴンから目をそらし、ベンチに座る仲間に声をかけた。今日は様子が変だ。
「ケッタおはよう、今日も冒険日和だ」
ケッタと呼ばれたアシェアと同じ年頃の青年は呼ばれたことに気付いたか顔を上げた。この友人が俯いているなんて珍しい。いつもならベンチになんて座らず腕立てでもしているのに。
「あぁ、アシェアおはよう」
ケッタは顔を上げるとアシェアに引き攣った笑顔を見せた。剣を傍におき、見るからに引き締まっている。いわゆる冒険者の服に
「何か悪い物でも食べた? 薬草はショーラが持っているから。来るまで我慢できる?」
アシェアは友人を気遣ったが、ケッタはお腹を押さえたまま座っている。
「ううっ」うめき声をあげるケッタに気休めでも治癒魔法でも掛けようかと近寄った。治癒魔法は傷を治すけど、僕の魔法じゃそっちも気休めなんだよな。
『バーン』「うわっ」物凄い音と紙吹雪が舞う。緑色の蛇が襲いかかってきた!
「あははははははっ」
「ああ、もうっ、心配したのにーー。びっくりさせないでよ」アシェアは体にまとわりついた蔓を振り解きながら言った。これはターなんとか言う学者が見つけたというビックリ草だ。最近流行りのいたずら道具。もう……ケッタは昔から変わらない。これだから僕らは子供だって言われてるんだよ。
「アシェア見事に引っかかったな。あぁ最高、うぷぷっ」ケッタは足をバタバタさせて笑っている。もう最高じゃないよ。
アシェアはぶつぶつ言いながら蔓を巻き取った。こんなに散らかして。ため息しか出なかった。
『天空を這う聖霊アネモスよ、頬を撫でる優しき御身、全てを払う気高きその風を我が手に我が息吹に、そしてかの者に捧げん』
風がつむじを巻いてあたりのゴミを巻き取ってまとめていく。アシェアの目は真剣だ。風魔法で生じさせた風のコントロールは集中力が大切なのだ。目に見えない風をまとめ上げ、方向を定めてやる。程なくケッタの前にゴミの山が出来上がった。
「ふぅ。これでよし」ゴミの山を見てアシェアは満足していた。
「お待たせ。……なんなの、このゴミ山」後ろから女の声がした。アシェアもケッタもよく知っている声だ。
アシェアは振り向いた。ケッタには来るのが見えていたらしい。
「アシェアが集めたのさ、得意の風魔法でね」
「いやいやいや、ケッタが散らかすから仕方なし集めたんだよ。ほら、掃除屋を呼んで来てよ」
アシェアが言う掃除屋とは王宮に労役を課されている奴らのことだ。軽犯罪者を
「またケッタがいたずらしたのね。ほんっと懲りないわ。早くギルドに行かないと碌な依頼が残らないじゃない。薬草探しとか、ビックラット退治とか、もう飽きてきたわ」
「で、そのショーラは何を持っているさ。どう見ても冒険に行くのに必要そうにないけど」
ショーラと呼ばれた彼女は猫のような体格にしなやかな動きが加わり、見ためと同様にすばしいっこい。緑色の髪に茶色い眼、可愛いというか美人というか、周りはあと数年もすれば貴族も見惚れるほどの容姿になるぞと言う。ただ小さい頃から知っているアシェアには見慣れすぎでそう思えなかった。そのショーラは手に細長い風船のようなものを丸めて犬の形にしたものを持って立っていた。
「これいいでしょ。そこの露店で売っていたんだけど。いいなぁって見てたらサービスだよってくれたのよ。美人って徳ね」そう言ってショーラは犬のようなのをアシェアに渡した。
「へぇ、これ植物だ。初めて見た。軽いね」
中に空気が入っているのか、パンパンに膨らんでいる。よくみればあちこちを捻り犬の形を作っているようだ。見たところ蔓に空気を吹き込んでいるのか。変わった植物もあるもんだとアシェアは思った。
「作っているところ見たけどすごいんだよ。息を吹き込んで膨らませて、捻っていたと思ったらあっという間に犬になったんだから」ショーラは目を輝かせて言った。
アシェアは何見てもすごいすごい言うからな。でも確かにこんなの見たことない。
「空気じゃなくて水を入れたら飲み水の持ち運びが楽にならないかな。ほら体に巻きつけるとかしてさ」
「もう、これは実用的じゃないからいいのよ。見て楽しむものなんだから」
ショーラはアシェアの実用主義な言葉に口を尖らせた。
そうは言ってもよ、これから冒険者ギルドに依頼を探しに行こうという集まりでね、おもちゃの犬を抱えて現れてね、それを持ったままね、ギルドにいくつもりだったのかね。ギルドで馬鹿にされそうじゃないか。
アシェアはそう思っても口には出せなかった。何故なら言った苦情は十倍で戻ってきそうだから。
「それじゃあケッタが戻ったらギルドに向かおうか」アシェアは懸命にも話題を変えることにした。
「そうね。ケッタってば、どこまで行っているの。いないなら諦めればいいのに」
もっともだとアシェアは辺りを見回した。ケッタが戻ってくる気配がない。
「ほんと、どこまで行ったのかな。あっなんか騒ぎが起こってる」
「えっ、どこどこ。あそこね。アシェア、行くわよ」言うが早いかショーラは駆け出した。
騒ぎが好物の悪い癖だ。ケッタが戻っていないというのに更に何を持ってくるつもりなんだ。ボヤきながらもアシェアは仕方なくショーラの後を追いかけた。放っておくとトラブルが十倍になりそうだったから。
——事件
「おいマジュド、しっかりしろ。教会はすぐそこだ」怪我をしている男の知り合いだろうか、怪我人に肩を貸している
アシェアが追いついた時、ショーラはすでにいなかった。どこ行ったんだ。
「おいそこの兄ちゃん。おい、あんただよ」体格のいい兄ちゃんが話しかけてきた。
「あんた魔術師だろ。こいつに治癒魔法をかけてやってくれよ。礼はちゃんとするから。このマジュドがね」
アシェアは自分を指差して、僕かい? と身振りしたが、わかっていた。他にそれらしい人はいない。周りには商人のおっさんやおばさんだけだ。その中で魔法杖を持ったのはアシェアだけだ。
「治癒魔法かけてもいいけど、僕の治癒魔法は弱いから気休めくらいだよ」アシェアは一応断りを入れた。魔法が効かないと文句言われても困る。駆け出しなんだから。
「なんでもいい、早くやってくれ。こいつ死にそうだ」
まぁ、ここで死んだら後悔しそうだ。アシェアは杖を構え集中した。治癒魔法は最初が肝心だ。
『再生を司るアナヴィオスィよ、かの慈悲なる聖霊はいにしえの約束と再開し、その成長に目を見張るであろう、その出会いに喜びを、そして分かち合わん』
杖に辺りに青くそれでいて暖かな光が宿った。アシェアはその光を消さないようにしながら、杖の先で怪我人に触れた。杖の青い光は全て吸い込まれた。
「おい、しっかりしろ。……だめだ、全く治ってねぇ」
僕の治癒魔法は気休めだって断ったよね。アシェアは何となく周りの残念な雰囲気を感じ取った。治癒魔法は確かに頼んだが、全然治ってねぇじゃんと誰もが思っているが、黙っている。わかってる、わかっているんだ。気休めだって言ったじゃん。でも何だかいたたまれない。アシェアは内心で泣きそうだった。
「おい、全然直らないじゃないか、腰が入ってねぇんじゃないのか」体格のいい兄ちゃんが文句を言い出した。怪我人は呻いているだけだ。いや、少しは良くなっている。そう思いたい。あと魔法に腰は関係ない、はずだ。
「はいはい退いた退いた。神父様を連れてきたよ」
威勢のいい声が聞こえた。あれはショーラの声だ。どこに行ったのかと思ったら神父様を連れてきたらしい。見るとショーラと、神父様を背負ったケッタだった。
「やれやれ、怪我人はどこかね。一刻を争うと聞いたんじゃが」神父様はケッタから降りると、腰に手を当ててよろよろとしている。
「神父様こちらです。すみません。丈夫なんだから教会まで引きずって連れていこうと思ってやしたが、来て頂けるなんて」体格のいい兄ちゃんが恐縮している。
そらそうだ。神父様を教会から引っ張り出すなんて。アシェアはシェーラを見る。すると、シェーラは弁明しだした。
「教会に行ったら神父様しかいらっしゃらなかったんだ。お事情をお話したら背負って連れていってくれとおっしゃって、おケッタに背負っていただいたんだ」アシェアはドヤ顔で言った。
怪我人を一眼見て危ないと思い教会まで走ったらしい。しかし、丁寧に言おうとしてわけわからない言葉になっているんだが。指摘するのはやめとこう。どや顔のショーラの機嫌を損ねたくない。
「きっとアシェアが効かない治療魔法をかけて周囲の顰蹙を買うだろうと思ってさ。この先見の明、どう。思った通りだったわ」
ショーラが怪我人のところに野次馬にいかなければ治癒魔法をかける事にもならなかったと思うんだけど。アシェアはそう思ったが黙っていた。この怪我人は今にも死にそうだ。
「やれやれ、杖を置いてきてしもうたわい。そこの若者よ、すまんが杖を貸してくれんか。そう、お主じゃ」神父様の声が聞こえた。
「どうぞどうぞ」ケッタがアシェアから杖を奪って神父様に渡した。
「随分と古臭い杖だが、まぁ良い。女房となんとかは古い方が味が出る。フォッフォッフォッ」神父様は笑いながら杖を掲げた。低く厳かな声が響き渡った。
『再生を司るアナヴィオスィよ、かの慈悲なる聖霊はいにしえの約束と再開し、その成長に目を見張るであろう、その出会いに喜びを、そして分かち合わん』
アシェアの治癒魔法と同じだが、効果は全く違った。杖の先に宿った青い光が怪我人に触れた突端に怪我人のそこかしこから湯気のようなものが立ち上り、傷が塞がっていく。
「フォッフォッフォッ。これで傷はいいが、休んだ方が良いだろう」
『眠りを司るヤナームよ、かの強欲なる聖霊は全てのもの達に安らぎを対価とし、その力を奪うであろう、その混濁を吐き出せ、そしてその者へ』
神父様が魔法を唱え終わると怪我人はいびきを立てて寝始めた。凄い効果だ。アシェアは少しでもコツを知りたかった。
「神父様、どのようにしたらそれほどの魔法ができるのですか?」
神父様は怪我人を教会の医務室に運ぶよう周囲の人に言うとアシェアを見て言った。
「まずは杖をありがとう。使い込まれているが素直ないい杖じゃ。質問の答えじゃが、まずは魔法力と言いたい、だが何よりも大事なのは思いじゃ」神父様はアシェアに杖を渡すと顎髭を弄りながら言った。
「魔法力が必要なのはわかります。ですが、思いですか?」アシェアには分からなかった。
「信じる力と言ってもよい。苦手なものほど心の何処かで失敗するかもと思う。するとやはり失敗するものじゃ。フォッフォッフォッ、そういえば名前を聞いていなかったのう。私はサルワーという。君の名前はなんというのじゃ」
「僕はアシェアと言います。アシェア・イブハーム。ありがとうございます。サルワー神父」
「何、礼には及ばんよ。そなたの行く末に神の加護があらんことを」サルワー神父はアシェアの頭を撫で、ヨタヨタと教会に歩き出した。周囲の人達が慌てて神父様に寄り添い歩いていく。
子ども扱いをされたがアシェアは気にもならなかった。そうだケッタとショーラは何処にいるんだろう。辺りを見回したがまたしても二人して消えていた。
——金の匂い
「お金の匂いがするわ」直感的なショーラが言った。
「うん、間違いないね」単純明快なケッタが言った。
「なぜそう思うんだい」用心深いアシェアが言った。
二人の勘は当てにならないのはアシェアの思い込みではない。経験からくる事実だ。
「アシェアが神父様と話をしている間に、あの怪我人を連れてきていた体格のいい人、メェサムって名前なんだけど、その人から聞いたんだけどね」ショーラがアシェアの目を見ていった。
合流した三人は冒険者ギルドの外にあるテーブル——空の樽を並べただけの簡単なやつだ——に座り話していた。三人がギルドに着いたときにはすでに碌な依頼がなく、ギルドで本日の仕事を探すのは諦めたのは言うまでもない。
「あの
ショーラはそこまで言うと声を潜めてテーブルに体を乗り出した。どうやらお金の匂いを他の奴らに嗅がせたくないらしい。
「そのマジュドさんの仕事は倉庫番らしいの。唯一の取り柄は冷凍魔法。倉庫に運び込まれる食品なんかを保存が効くように冷凍魔法で凍らせているんだって。まぁ珍しくはないわね。どこの倉庫にもそういう人はいるもの。それに冷凍魔法を一つ覚えにできるだけ。それなのによ、なんで特別な仕事があるのか。変だと思わない? 私ならもっとできる男に頼むわ」
その後もショーラの私の勘による私のための話は進んだが、要約すると特別な仕事と言うのは、有名な植物博士に関係しているらしい。何か怪しいことでもしていたんじゃないかと言うのがショーラの勘だ。そこにお金の匂いがするらしい。
「そのマジュドさんだけどね、有名な植物博士、ターレブ博士の家の近くで倒れていたらしいんだ。そしてね、これは出回っていない話なんだけど」今度はケッタが声を潜めた。
「そのターレブ博士は数日前から行方不明らしいんだ。なのに表にその話は出ていないし、騒がれてもいない、憲兵が動いてもいない。不思議だろ。どこかで事が大きくならないようにしている奴がいるのかも」
ケッタはどこでそんな話を聞いてきたんだろう。前に聞いたが教えてくれなかった。でもケッタが持ってくる情報は正しいことが多くて、アシェアもショーラも信頼している。
「ちなみにメェサムって兄ちゃんはマジュドの奴は酔っ払って道路に寝てたところを野良犬にでも噛まれたんだろって言ってた。まぁその可能性もあるんだけどね」ケッタが首を竦めながら言う。
アシェアはその話を聞いて違うと思った。
「いや、あの傷は咬み傷とかじゃないよ。何か鋭利なもので何箇所も切られていた」アシェアは断言した。
「ますます怪しいわ。これだけあって何もないわけないもの。とにかく調査しましょ。植物博士の家に行くわよ」
ショーラの声に、ケッタは頷いた。どうせ今日はやることもないんだし。仕事にあぶれた冒険者の卵にはふさわしいかもしれない。アシェアも頷き、立ち上がった。
——博士の家
その家の壁には蔦が這い、屋根は苔が覆っていた。所々に僅かに見える土壁がかろうじて人の住まいだと主張しているようだ。庭には見たこともない植物が伸び放題に伸びていて、ガサゴソと争っているようにも見える。
もしかしたら植物系の魔物が発生しているんじゃないか。三人は迂闊に近づかないようにしながら玄関と思わしき扉の前に来た。
「ここなの?」「ここよ」「ここだな」
どうやら植物博士の名前に相応しい植物の楽園になっているらしい。二人の話が本当ならその博士が行方不明になり数日経っている。一応ノックして声をかけてみたが誰もいないようだ。家の中は静まり返っている。
家族とかいないのかな。アシェアはそう思ったが、その辺りの情報はない。
「鍵がかかってるな。庭に回って入るところを探すか、無理にでも鍵を開けるか」ケッタが言った。
「この庭に入るのはやめたいな。植物系の魔物がいるかも。ここじゃ火の魔法は使いづらいよ」
「これくらいの鍵なら私がちょちょいのちょいよ」ショーラが言うと懐から針金のようなものを取り出して調べ出した。
「アシェア、これ見てみろよ。この鉢植え」ケッタがかがみ込んで鉢植えを指さしている。
「あれ、これって吹き上げ草じゃないか?」
「そうそう、この花弁に木の実を入れて遊んだよ。誰が一番遠くに飛ぶかってね」
ケッタは笑いながら近くにあった小石を手に取った。吹き上げ草は花弁に小石なんかが入ると勢いよく弾き出す植物だ。子供の格好の遊び道具になっている。今も小石が勢いよく飛んでいる。ケッタは調子にのって庭に小石を飛ばしている。
「開いたわ。行くわよ。……ちょっと何遊んでいるのよ」ショーラの声が低い、ややお怒りのようだ。
「ちょっと見てみろよ」ケッタが庭を指さしている。
ケッタが吹き上げ草の花弁に小石を入れると、庭の片隅に飛んでいった。
『バシュバシュ』小石は空中で粉々になり、庭まで届かなかった。何かが小石を粉砕したようだ。小石に当たらなかったのか、その何かが壁に刺さるのが見えた。
「魔物かな」ケッタが言った。
「きっと魔物だね」アシェアが言った。
「アホなことするからよ」ジト目でショーラが言った。
町の一般家庭の庭先に魔物がいるとか大丈夫だろうか。アシェアは思ったが、いるものは仕方ない。ただ、襲われているわけでもないのにお金にならない討伐をするのは冒険者として間違っていると思う。黙って人の家に入るのも間違っていると思うが。
「これ、何かの種かな?」ケッタは壁に刺さった何かを抜いて見ていた。
緑色で、平べったくて、とても鋭利だ。正体はわからないけど、これが小石を粉砕していたとすると。とんでもない勢いで飛んで来たことになる。
「もしかしたら、あの怪我した人、これにやられたんじゃない?」
「可能性はあるな。こんなに鋭いんだ。人の身体ならズタズタに切り裂かれそうだ」
アシェアは怪我人を思い返した。傷口まで見なかったが、鋭利な何かでやられた感じはあった。本当にそうかもしれない。
「どちらにしても庭には入らないようにしよう」
「中に入るわよ。庭がこんなんだと家の中も危ないかも。気をつけて行きましょ」
ショーラの言葉に二人は頷き、ドアをそっと開けて中に入り込んだ。
「中は真っ暗だわ。アシェア、灯りの魔法を掛けて」
『暁を司るサバハよ、かの夜明けの聖霊は暗闇を憂い、その力を削がんとするであろう、その力を我が行先に、そして世界を染めん』
アシェアの杖の先から光の玉が飛び出た。そのままアシェアの頭の上に浮かぶ。
「いつも思うけどアシェアのその魔法、変だよね」えっ。何が変なの。
「頭が光っているからな」
えっ、そんなふうに見えていたの。
「アシェアが松明みたいなのよね」
もの扱いなの? 何、この空気。今から探索するんだよね。それもこっそりと。
「あっ、ここに何かあるわ。えいっ」
アシェアとケッタが見る前にショーラが何かを触った。すると辺りに灯りが点り、廊下が奥まで続いているのが見えた。その先には左右に扉がありどちらも開いているようだ。
「明るくなった。こんなの貴族の屋敷だってないんじゃない?」ショーラが言う。
確かにこんなの聞いたこともない。僕達三人が知らないだけかもしれないけど。
「私を褒めてよ。きっとこの灯りも植物が光っているのよ。こんなの初めて見たわ」ショーラが言う。
「僕も初めて見た。すごい仕掛けだね。これなら夜でも困らないかも」
「そんなことより早く進もうぜ。バレないと思うけど、見つかったら厄介だ」
確かにそうだ、ケッタの珍しい鋭い指摘に目的を思い出した。この家の秘密を、いやこの家の主、植物博士は何処に行ったのか、死んだのか失踪したのか。そしてマジュドという倉庫番が引き受けたという特別な仕事、その答えがこの家にあるかもしれない。
——現場検証
「パーティか何かをやっていたのかしら」先行したショーラの呟きが聞こえた。
続いて部屋に入ったアシェアとケッタもそう思った。テーブルの上には食べかけの豪勢な料理があり、そこに蠅がたかっていた。そばには飲みかけのワインの瓶に、ワインが注がれたグラスが三つある。それらは飲みかけのままになっていた。
「グラスが三つあるということは、三人で飲み食いしていたということか。でも飲み食いの途中で? 片付けもしていない」アシェアは辺りを見回したが料理を載せるワゴンとその上にある大皿くらいしか見当たらない。
「これは?」ケッタが何かをつまみ上げた。その何かから水が滴っている。
それは枯れかけた蔦だった。いくつも散乱していて、そのどれもが水浸しになっていた。
「これってショーラが朝持っていた犬の形をしていた蔓と同じだよね」ケッタが言うとショーラが覗き込んだ。
「そうね、でも何でこんなに水浸しなのかしら」ショーラも蔓を摘み上げた。蔓の中から水が零れ落ちた。
ショーラの疑問にケッタは答えられなかった。
「他の部屋を探そう。ターレブ博士がどこかにいるかもしれない」アシェアの言葉に二人は頷いた。
「廊下の反対側にも部屋がありそうだったわ。そっちにいってみましょ。廊下のこちら側が生活する場所なら、反対側は研究室とかかも」ショーラを先頭に廊下を挟んで反対側の部屋に行くことになった。
ショーラが慎重に進んでいく。まさか罠はないだろうが念の為ということだろうか。
「鍵はかかってないわ。開けるわよ」ショーラがそっとドアを開けた。
「危ないっ」ケッタがショーラを引き倒した。ショーラの頭の上を何かが通り過ぎて廊下の壁に突き刺さった。
「うわっ」アシェアは目の前を通り過ぎた何かに戦慄し、冷や汗が噴き出るのを感じた。
「痛いぃ。鼻が潰れる」ケッタに引き倒されたショーラは床に鼻をぶつけたみたいだ。
「もう大丈夫だ」ケッタの声に部屋の中を覗き込む。
「これだよ、手裏剣草だ。鉢植えになっているなんて初めてみた」ケッタが鉢植えに茂っている草を指差した。
「これって、種をすごい勢いで飛ばすやつだよね。一応、魔物扱いだったような」アシェアが言うと、ケッタがそうだと答えた。
「種を通りすがりの小動物や小さい魔物に当てて倒して死体を養分にする。種の時期でなければ脅威でもなんでもないただの草のはずさ。なんでこんなところにって、植物博士の家だからか」
手裏剣草は明るいところでは種を飛ばさない。森の群生地なんかでは明るいうちに通り抜けるのがこの辺りの常識だ。他にもおとなしくさせる方法はあるらしい。
「もしかしたら庭のも手裏剣草かもしれない。そういえば似ている。やけに種が大きかった気もするし明るいのに種を飛ばしてきたけど」アシェアが言った。
「ねぇ、こっちをみて。鉢植えが一つ空になっている。もしかして誰かが庭に放り出したんじゃないかな」ショーラが空になっている鉢植えを指さした。
「そうかも。と、ところでショーラ」ケッタはさらに奥の部屋の影になっているところを指差していた。指先が震えている。アシェアもケッタの指差す先を見た。
「んんっ」ショーラが喉を鳴らす音がやけに大きく聞こえた。
視線の先には、頭が大きくへこんだ男が倒れていた。
「……ゾンビ? 動かないね」反応としては違うんじゃ。アシェアは思ったが、別に三人とも死体を見るのは初めてではない。冒険者なんてやっていると探索先で道に迷った同業者の死体も見るし、むしろもっと見た目が酷いゾンビやスケルトンの方が馴染みがある。ただ、この場所この状況で倒れている頭がへこんだ人間がゾンビだということはないだろう。
「ターレブ博士か?」ケッタが言った。
「そうだよね」ショーラが言う。
「頭がへこんでいるのはなんでだ」アシェアは死体に近づいた。
博士の近くにも蔓が落ちていた。アシェアが持ち上げるとそれは水が滴った。
「これは……」アシェアは博士の死因がわかった。想像の通りなら。だけど問題は……。
「アシェ……」ショーラが何か言いかけた。
「動くんじゃねぇ。首をへし折るんなんざ造作もねぇんだからよ」
ケッタの声ではない。アシェアは振り返り、息を呑んだ。
「こいつが剣士だろう。つまりこいつ以外は敵じゃないってことだ」
そこに立っていたのは
「悪く思わんでくれよ。……そこの嬢ちゃん、悪いが腰のナイフは捨ててもらおうか」
横の暗がりから飛びかかろうとしていたショーラは足を止めた。睨まれナイフを床に放り投げた。
『……そして全てを飲みこまん』アシェアは杖を振り下ろした。
「ウワチチチッ」これが本当の人間松明だ。アシェアは息を吐いた。待っててやる義理はない。先手必勝だ。
メェサムの頭は燃え上がっていた。ケッタを放し、転がり回っている。
「僕、治癒魔法はダメだけど……攻撃魔法は得意なんだよね。特に火魔法が一番ね」
悪く思わないでよ、出てきてすぐ退場だね。メェサムはピクピクしている。すぐに死にはしないだろう。後で治癒魔法でも掛けて貰えばすぐに治るさ。アシェアは普段しない黒い笑みを浮かべた。
「アシェア、助かった。なんなんだこいつ」ケッタが言った。なぜここに現れたのか、なぜ僕らを殺そうとしたのか。さっぱりわからない。ただ、可能性を考えると。
「ターレブ博士を殺した奴に頼まれたのかもしれないね」
「誰かわかったのか?」ケッタが言うが、アシェアはまだわからなかった。ただ博士をどうやって殺したのかの想像がついただけだ。後もう一つ、何か分かれば。
アシェアは机の上に開きっぱなしになっている本があることに気づいた。開かれたページ、日記のようだ。それを読んだアシェアは気づいた。
「まさか、そういつことか。信じられないけど……ケッタ、ショーラ、急いでこの家を出よう。犯人のところに行かなきゃ。もう一人殺されてしまうかもしれない。一度は殺し損なっているんだから」
メェサムを縛りあげているケッタとショーラは顔をあげてアシェアを見た。
——犯人は貴方だ
「あなたがターレブ博士を殺したのですか」アシェアはそうだろうと思っていても間違っていて欲しかった。
サルワー神父はゆっくりとこちらを向いた。サルワー神父が持つ杖の先には、朝の怪我人、マジュドが横たわっていた。サルワー神父はアシェア達を見て目を見開き、やがて杖を下ろして肩を落とした。
「話を聞いてくれるかな。アシェア君、だったね」
そこには神に使える厳かな神父ではなく、凶行を止められ安堵した一人の老人が立っていた。
その様子を見てアシェアは思った。もしかしたら止める人を待っていたのかもしれないと。
——告白
サルワー神父は診療所の片隅にある椅子に座り、アシェア達が座ったのを見て、静かに話だした。
「どこから話せばいいか。……私は元冒険者だ。若い頃はターレブともう一人の三人で色々なところを冒険した。他にも仲間がいたこともあったが最後に残ったのは三人きりだった。引退してこの町に住むことになった時、ターレブは夢であった植物研究を始めた。私は神に使える道を選び、もう一人はこの町を去った」
サルワー神父、いやその老人はどこか遠くを見ていた。
「ターレブはやがて冒険者時代に集めていた植物を広め、私は教会で地位を得ていった。苦しかった冒険者時代に比べたらそれは易しいことでもあった」
「仲間だったのね。なぜ殺すほどのことに」ショーラが聞いた。
「私も人間だったということだ。町を去ったもう一人の仲間。名前はカタリナという。私もターレブも彼女のことが好きだった。冒険者を止めるときにターレブと決闘になるほどだったんだ。私は知っていた。彼女はターレブを愛していた。しかし結果として彼女は去り、私とターレブの間には抱えようのないわだかまりが残った」
「愛していたんですね、二人とも一人の女性を……」ショーラがぽつりと言った。
「少し昔話が過ぎたようだ。彼の功績は君達も知っているだろう。この町には彼が発見した有用な植物が多い。それは私よりも多くの人を救っている。私はそれも妬ましかった。神に使えながら、心の中は神に仕えるに相応しくなかった。そして歳を重ねるごとに消えることのなく、妬みは強くなった」老人は自分の両手を見つめた。そこに妬みがあるかのように。
「あなたに救われた人は大勢います。あなたは偉大な人だ」アシェアは言ったが、老人は微笑んだ。
「ありがとう。君は優しい人だ。だが私は取り返しのつかないことをしてしまった。この手はもはや力を失い、自分では何もできなかった。だが年月が私を駆り立てたのだ。ある日、彼から招待状が届いた。画期的な冷蔵技術を見つけたと。これを使えば食物を効率的に運搬できると。飢える人々を減らすことができると。彼は昔からそうだった。あの時のことなどなかったように友人として私と接し、ことあるごとに私を招いてくれていた」老人は横たわるマジュドを見た。
「……そこに寝ているマジュド君は助手として彼に雇われていた。それを知っていた私は彼に吹き込んだのだ。ターレブ博士は君たちの仕事を奪う研究をしている。彼の発明を使えば凶器は残らない。証拠がなければ憲兵も君を捕まえることはできない。とね。マジュド君はあっさりと信じたよ。私の言葉を、この汚れた言葉を……」
「あの植物の蔦、あれに水を詰めて凍らせる。低温にすることで食物が運搬中に腐る心配は減るし魔法を使えない人にも扱いやすい。そういうことですね。そして水が入り凍った蔦は棍棒と同じだ。倉庫で働く男達の腕力なら老人を撲殺するなど容易い。魔法ならともかく撲殺では神父様も疑われようがない」アシェアは言った。老人は頷いた。
「それほど理解をしているのか。君はすごいな。彼の若い頃を見るようだ。……その通りだ。私の誤算はマジュド君が人を害したことなどなかったことだ。生まれて町の外に出ることなどなく真面目に働いてきたのだろう。彼は呆然としていた。その時、私は恐れたのだ。彼が全てを話してしまう。そう思った。だから彼に頭を冷やそうと声をかけ、庭に誘い出し、強い麻痺の魔法を掛けた。数日は動けなくなるほどのね。ターレブの部屋にあった手裏剣草を庭に放り投げ、放置したのだ」
「俺達を襲ったメェサムは、あなたが頼んだのですか」ケッタが聞いた。
「彼か……メェサムは私を脅かしてきた。自力でターレブの家の庭から出てきたマジュド君を助けた時に、彼から事の次第を聞いて悟ったのだろう。だから逆に利用した。私の手足になればお金は思うのままにくれてやろうと。私は君たちとメェサムをぶつけることにした。後はマジュド君が眠りから覚めなければいい。時期を見てメェサムをどうにかすればいい。そう思ったのだ。細かいところは想像がつくだろう、きっと君の思う通りだ」
告白は終わった。ケッタもショーラも黙っていた。
「神父様、全てを償っていただけますか」アシェアは言った。
「あぁ、この体に未だ燻る気持ち。仲間への償いに。短い老い先では償い切れないかもしれないがの」
誰かに止めて欲しかったのだろう。ケッタはショーラを見た、ショーラはアシェアを見た、アシェアはケッタを見た。三人にはお金にならなかった徒労感があった。もはやそれでよかった。
「行こうか」三人は老人をそのままに歩き出した。
【短編】異世界の推理〜不法侵入してまで調べたら殺人トリックまで見破ってしまいました キハンバシミナミ @kihansenbashi
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