第25話 もじゃメガネ

♠♠♠


 さあやが行っちゃった。泣きながら……すごく怯えてた。化粧ですげー大人って感じだったのに、まるで子供みたいだった。

 すぐ追いかけなきゃと思った。けどその前に——。


「おい! おまえなにやったんだよ!」


 オレはメガネのヤローの胸倉を掴んで問い詰めた。もじゃメガネはぼーっとさあやが駆けていった方を見つめていたが、自分の掌に視線を移し、それから俯いて答えた。


「そうだね……酷いことをした」

「火傷見たことがか?」


 さあやが右腕の火傷痕を見られたくないと思っているのは知っている。一緒に風呂に入った時、オレが傷を見たら左手で隠したから。でもオレが見てもあんな逃げるようなことはなかった。傷以外に、こいつがなにかもっと酷いことをやったんだ!

 もじゃメガネはなにかわかったような表情で黙っている。でもなにも語ろうとしない。


「もじゃメガネ! 謝りに行くぞ! ほら!」

「いや、僕は行かないほうがいいと思う。あゆさんだけで行ってくれないかな」

「おまえが謝んなきゃ意味ねーじゃん! ——くそ、ハルキもいねーのに」

「はるきって……そういえばなにがあったのかな?」

「ハルキが……赤ん坊がいなくなったんだよ!」

「マジで!?」


 見当違いの方向から上がった大声に肩がビクッとする。

 声がした方向を見ると、ピンク色の浴衣を着たヨシカが立っていた。右手には水風船を三つもぶら下げ、左手にりんご飴と綿飴とフランクフルトを一本ずつ持ち、さらに左手首には重たそうなビニール袋をぶら下げていた。頭には朝に見たアニメキャラクターのお面を被って、脇には射的で取ったであろう大きなぬいぐるみを抱えている。


 満喫しすぎだろ……さっきさあやと電話でこっちに来るって話してたばっかなのに。


 もじゃメガネはヨシカに一瞥だけすると、人だかりの中にあるベビーカーを見て、またオレを見た。


「赤ん坊って……さあやさんの?」

「違げーよ! えっとなんだっけ……親戚の子!」

「そうか……名前は?」

「だーかーらー! ハルキだって! 言ったじゃん!」

「ハルキ……わかった。着せてた服とかわかる?」


 ムッとしたが、お尻にクマちゃんって動物の顔がデザインされてるって渋々伝えた。捜索を手伝ってくれるんなら、それはありがたい。

 もじゃメガネはポケットからスマホを取り出し、指でトントン叩いた後耳に当てた。あの便利板みんな持ってるんだな。


「もしもし……合流の前にちょっと頼みがあって……」


 もじゃメガネはさあやの名前は出さず、状況を誰かに伝えて電話を切った。


「同僚と来てるんだ。先にナンパ成功させたら勝ちってくだらない勝負してたんだけど……覚えてるかな? 以前の課長について店に行った僕ともう一人」

「あぁ、トゲトゲツンツンだろ? さっき会った」

「そうなの? 探すよう頼んだから。警察とかにはもう連絡してるみたいだし、僕も声かけながら探してくるよ。さあやさんのことはゴメンね……任せるよ」

「うん……ありがと、もじゃメガネ」


 一応礼を言っておく。礼を言わない奴と、相手を傷つけて謝らない奴はダメな奴だからだ。そう、マホのばあちゃんにきつく言われて育ったからな。だから、後でこいつにもさあやに謝らせないと。


「さっきからもじゃメガネって……そうだ、渡してなかったね」


 もじゃメガネはポケットから四角いケースを取り出し、中からカードを一枚取ってオレに差し出そうとした。けど——。


「……あぁ、これじゃなかった」


 そう言ってカードを戻し、別の一枚を取り出して差し出した。


 ユッキーにも同じようなの貰ったな。確か——。


「めーし?」

「そう。よろしくね」


 文字読めないから、まだもじゃメガネって呼ぶことになりそうだけど。


「浴衣ってポケットとかねーの? 入れるとこねーな」

「ね? ね? おっぱいポケット使えば?」


 やり取りを見ていたヨシカが、なんか汚いニヤニヤを浮かべてフランクフルトでオレの胸元を差し示した。


「おぱ?」

「あゆたんでっかいからよゆーじゃない? いーなー憧れちゃうわー」


 言われるがまま浴衣の襟口を引っ張って胸の谷間に名刺を挟み込む。


「おー! 確かに落ちない! すげー!」


 体柔らかいしポケットもあるし、女の優れた点をまた見つけてしまった。でも体型によるのか。

 さあやもできそう。前世界ならノーラは絶対できる。マホは……絶対ムリ。


「そ、それじゃあね」


 気まずそうに明後日の方を向いていたもじゃメガネが手を小さく掲げ、駆け足で祭りの人込みへ向かって行った。

 オレも手を振ろうとしたが、もじゃメガネとすれ違いにこちらへ向かってくる人影を見て開いた掌を握りしめた。

 もじゃメガネもその男の顔を一瞥したが、そのまま行ってしまった。さっき黒い靄を湛えるさあやの腕を見た直後だ。不審に思っただろう。顔全体が黒い靄に包まれた人間は。


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