がんばれの魔法 ~キャバ嬢 転生ギャルを拾う~
タイナカ夕
第1章 旅の終わり
~プロローグ~
♠♠♠
人生が旅だとしたら、オレの旅はきっと恵まれたものだったんだろう。
友がいる。仲間がいる。キラキラした思い出や、積み重ねてきた研鑽、交わした想い……抱えた多くの積み荷と足跡が、今のオレを作っている。
その幸せだった旅が、今日終わる。
剣を握る手の力が抜けていく。崩壊した城、死屍累々の多くの兵士や苦楽を共にした仲間たち——オレが抱える彼女も微かに呼吸をするだけで、流された血の量が残された時間は少ないと伝えてくる。
地より滲み出た黒い霧が遥か上空に立ち昇り球を形成している。赫灼たる月を覆い隠すように肥大していき、焼けた空を闇で染めてゆく。球は時折脈打ち、内包する異形の主が炯々と瞳を見開いていた。
「顕現したな途方も無かったがようやくスタートラインかさぁおまえの望みを叶えに行け粗方掃除しておいたが好きなように動くといい」
男が暗球を仰ぎ見て静かに呟いた。抑揚も息継ぎも無く吐いた言葉だが、陰り白んだ瞳の奥底で冷たく燃え上がる炎が見える。
オレは俯くことしかできない。もうあの男を倒しても結果は変わらない。あの化け物を止める術が無い。この世界はもう——。
「泣かないで、クリス」
頬に柔らかな手が触れた。溢れ出た涙を拭う。抱き抱えていた彼女——マホがオレの腕にしがみつき体を起こそうとする。
「ダメだ、寝てろマホ」
死んじまう! そう瞳で訴えるとマホは頷き、それでも立ち上がろうとする。だが足は脱力し、オレに寄りかかることしかできなかった。金の髪に隠れる虚ろな瞳から、雫がぽろぽろと落ちてくる。
「……わたしのせいだね」
「……違う!」
「違くないよ。わたしがあの人を……デルクスを理解しようとしなければ……すぐに殺せばよかったのに……」
マホの光の無い目が男——デルクスを見つめる。
「……だれのせいでもない。それにまだ負けてねーし」
強がりだ。マホもわかってる。
彼女は微笑んで空を仰いだ。脈動する暗球は、その影に月を飲み込むほど色濃く巨大化していた。
マホはその後も空を見続け、口を微かに動かしていた。聞こえないほどの小声……時に頷き、まるで見えない何かと会話するように……。
「うん……ありがとう……旅の先でまた会えたらいいね……」
そこだけ聞き取れ、マホは空からオレに視線を戻した。
「クリス……旅の極大魔法……あれ、使おうと思う」
「あれは……でもそんな魔力もうないだろ」
「あるよ。悔しくて悲しくて、今も湧き出してる……それにわたしのだけじゃない。空のあいつが取り込んでる、この星の魔力を使う。この世界まるごとを方舟にする……目が覚めたら……わたしを探してね……」
絶対ダメだ。そう言いたいが、オレの腕を掴む指先に込められたなけなしの力が、もう本当に時間がないことを悟らせた。また涙が込み上げてくる。
また泣き顔を晒したくなくて、彼女を強く抱きしめた。重なる頬の温もりを確かめあった時、彼女がそっと囁く。
「……がんばれ……クリス……」
その一言の後、ゆっくりと体温が失われていくのが分かった。
もう一度顔が見たい。でも勇気がない。ただ鼻を啜って、もう一度強く抱きしめた。目を瞑って彼女から離れ、一気に駆け出す。
「デルクス!」
男の名を叫び剣を振るう。デルクスも瞬時に長剣を構え打ち合う。火花と共に剣撃が響いた。
「今更なにができる終わりゆく世界をあの娘の傍らで見ているといい」
「まだオレは死んじゃいない!」
「見下げた根性だ残された時間を大切にすることを勧める」
「まだ終わりじゃ——」
瞬間、背後から鋭い白光が走り抜けた。先端は矢尻、体は鎖を成し、辺り構わず突き刺さる。瀕死だった者にも死体にも突き刺さり、次々と光の粒と化して消失させていく。マホから発せられたものとわかり、堪えていた涙が溢れ出た。
デルクスは突然の光に怪訝な顔をしていたが、天に座する球体が白光を弾いているのを見て再びオレに向き合う。
「死の間際まで鬱陶しい娘だ無駄に終わったようだが……偽善を体現したかのような愚かな娘だったああいった人間が声を大きくし間の抜けた群衆を煽るのだ結果小さく隅に追いやられる存在に誰も気付かないその存在がどれほど尊くかけがいの無いものだろうと」
「マホはなにもしてない! おまえすら助けようと必死だったんだ! それをおまえは——」
「誤解があるようだが特段私はおまえたちに恨みだとか因縁だとかがあるわけではないただ積み重ねてきた時の報復に手を添えただけ虐げられ続けた【声】を聞いたのみ無視し続けた先人の責任を果たすべく矢面に立てられたのがこの現状というわけだ私も含めてな」
「わけわかんねーし!」
互いに武器を弾き飛び退く。身を翻し無数の白光を避け、地を、壁を蹴り、撃を繰り返した。
拮抗した戦いは続いたが、周りの景色が白一色に変貌していく様子にデルクスが距離を取って足を止めた。
「これは……?」
焦り天を仰ぎ見ている。禍々しかった巨大な球は白い鎖に巻き付かれ、脈動も弱々しい。白光の発信源であるマホの姿はもう消えていた。
「……私が【声】を聞いたのだ……叫べ! 声を上げろ! 望んでいたのだろう!? 最後くらい自らの魂に従ったらどうだ! おまえは——」
「デルクーーースッ!」
張り巡る鎖をバネにして一気に距離を詰める。狼狽する奴の胸目掛け剣を突き刺した。貫かれた先から血液が噴き出す。明らかに死に届いたが、もはや意味はない。
動きを止めたオレたちに無数の白光は容赦なく射し込まれる。すでに視界は白で塗り潰され、デルクスの苦悶の表情も見えなくなった。
体中に光が刺さっている。痛みは無い。むしろ温かく、抱かれているような——しかし、刺された箇所から崩れていくのがわかる。体は消え去り、光の塊となった。
永い眠りと旅が始まる。行き着いた先で、またみんなに会えるだろうか。
……マホ……。
………………。
………………ん……。
………………うるさいな。
遠くに獣の遠吠えみたいなけたたましい音が聞こえる。「ウ~ウ~!」と、だんだんと近づき、そして離れていった。初めて聞く鳴き声だ。
掌に滑らかで押すとフカフカの感触がある。酷く怠い体を起こし、ベッドに寝ていたのだと分かった。こんな良質な寝床は初めてだ。
薄暗い部屋の中だ。ぼんやりしたまま顔を左に向ける。知らない顔がある。触れようとして、それが窓ガラスに映る自分の姿だと気付いた。
反射する姿の向こう側、外は夜なのにとても明るい。眼下に見える建物は様々な色に満ち煌めいている。対して、星々が街の明るさに嫉妬して拗ねてしまったのか空は真っ暗だ。往来するたくさんの人、ギラギラ光る眼を携えて走る箱……見たことの無いものばかり。これほど心が沸き立ち、足がうずうずする景色は初めてだ。
新しい地……新しい空……新しい世界……旅が終わったんだ……そうだ。
マホを探さなくちゃ。
♠♠♠
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