第238話【間話】とある第三王女の1日②


「はあ~それにしても、この温泉は本当に気持ちが良いものですね」


 そして久しぶりの休日。いつものようにルパートと護衛のみんなと一緒にキャンプ場へとやって来た。最近では、キャンプ場に来ることが忙しい唯一の安らぎだ。


「はい、疲れが溶けていくようです。お嬢様の護衛をしている我々は本当に幸運ですね」


「隊長、それだとここに来ることだけが幸せみたいに聞こえちゃいますよ」


「い、いえ! そういう意味ではなく、姫……お嬢様に仕えていることは私の誇りです!」


「ふふ、ベレーは相変わらず正直ね。もちろん分かっているから大丈夫よ。それよりも、他のお客さんもいるんだから、もう少し静かにしなさい」


「す、すみません! 失礼しました!」


「ふふ、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ」


「若者はそれくらい元気なほうがいいさね」


 今キャンプ場の温泉の女湯には30代くらいに見える女性とお婆さんの女性がいる。彼女たちは耳が長いエルフという種族だ。このキャンプ場には人族だけでなく、たくさんの種族のお客さんがやってくる。


 そして貴族などの身分がある人にも特別扱いはしていない。この温泉にはどんな人でも入ることができるようになっている。


 とはいえ、このキャンプ場にはそれほど女性のお客さんは来ていない。オブリ様が作ったというエルフの村の方や冒険者の女性とたまにご一緒するくらいだ。


 先日アウルクという魔物のアリエスちゃんが加わって、街まで馬車の運用を始めたらしいので、今後は街にいる女性のお客さんも増えるかもしれない。なにせここにあるシャンプーとリンスは女性にとって喉から手が出るほどほしいものだから。


「ここの温泉はとても気持ちがいいですよね」


 エルフの女性が話しかけてくる。


 エルフ村の方はあまり街とはかかわり合いがないらしく、私がこの国の第三王女であることは知らないみたい。でもこの方たちのように私に普通に話しかけてくれるのはとても嬉しい。


 昔から私に話しかけてくるのは第三王女のアンリーザという人間に対してで、第三王女という立場でしか見ていない。……殿方の中には私の身体、特に胸を見てくるような方もいらっしゃいますけれどね。


 私が第三王女であると察してくれている人も、このキャンプ場ではエリザとして接してくれていることが、私にとってはとても嬉しくある。


「ええ、本当にとても気持ちがいいです。それに肌や髪がスベスベになるシャンプーとリンスという物もとても素敵ですわ」


「そうですね、この温泉に毎日入れる娘が本当に羨ましいですよ」


「娘……もしかすると、サリアのお母様ですか?」


「はい。サリアの母のカテナと申します。娘の友達のエリザさんですよね、娘から話を聞いておりますよ。いつも娘がお世話になっております」


「とんでもないですわ! サリアさんにはいつも私の方がお世話になっております!」


 どうやらサリアは私のことを友達としてお母様に話してくれていたみたい。


 ……友達と言われて、とても嬉しいわね。王都からこの街に来たということもあって、この街には友達と呼べるような人はひとりもいないもの。ベレーや護衛団のみんなは親しいけれど、どうしても主従の関係が先に出ちゃうものね。


 サリアの仕事が終わった後、このキャンプ場にある少女漫画の話をしたり、おいしいお菓子の話をよくしているから、私としてはもう友達だったつもりだけれど、相手の口からそう言われると照れてしまいそうだわ。


「私たちの村には同年代の女の子が1人しかいないので、エリザさんみたいな新しい友達ができて、本当に嬉しそうにしていました。どうかこれからも娘と仲良くしてやってください」


「は、はい! こ、こちらこそです!」




「はあ……このお話もとても素晴らしいお話でした」


 温泉へ入って、エルフ族のおふたりとお話をした後は、昼食をいただいてから、キャンプ場にある少女漫画を読んでいる。この少女漫画というものは若い女性の恋愛の話がほとんどだ。


 王族の私にはこんな自由な恋ができない分、とても感情移入して読んでしまう。思わず涙がこぼれてしまったことが何度もあった。私も一度でいいから、こんな燃えるような恋がしてみたいなんて思ってしまう。


「お嬢様、パイが焼きあがりましたよ」


「ありがとう、ルパート」


 さっきからとてもいい匂いがしていたと思ったら、このキャンプ場にある窯で焼いていたパイが焼きあがったみたいね。


 このキャンプ場では大きな窯があって、パンやパイ、それにユウスケさんの故郷の料理のピザを焼くことができるようになっている。この前いただいたケーキというお菓子は本当に甘くてとても素晴らしいけれど、このパイも本当に甘くて十分においしい。


「うん、とってもおいしいわ! 前に食べた時よりもおいしくなっているんじゃないかしら」


「ありがとうございます。今日はパイの生地の素材を少し変えて、パイ生地を折りたたむ回数を増やしてみました。お気に召していただいて何よりです」


「さ、さすがルパートね……」


 執事のルパートは料理が趣味で、お菓子作りも嗜んでいる。この前ユウスケさんから教わったシュークリームというお菓子も再現できていたし、有能すぎる執事ね。私が子供の頃にお世話係にしてくれたお父様には感謝しないといけないわ。


「うん、おいしい!」


「さすがルパートさん!」


 ベレーを含めた護衛団のみんなも自分たちで作ったパイをおいしそうに頬張っている。


「皆にもとても良い息抜きになります。本当にこのキャンプ場は素晴らしいですね」


「ええ、ここにいる時くらいはみんなも息抜きをしてほしいわ。ルパートもここにいる時はもっと自由に過ごしてもいいのよ」


「私としても、ここで料理やお菓子を作るとこによってストレスを発散しておりますからな。ここにあるレシピの本はどれも素晴らしいですよ」


「ふふっ、確かにルパートも最近は上機嫌ですものね」


 表情が分かり難いルパートだけれど、子供の頃からの付き合いの私には彼の機嫌の良さは推し量れる。本当にユウスケさんたちには感謝しないといけませんね。


 あらいけない、もうこんなにパイを食べてしまったわ。晩ご飯も楽しみだし、夜にサリアとお話しするときの分もちゃんと取っておかないといけないわね。

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