第2話 大嫌いなアレ

 そこから、爺様は早かった。


 もぅ私に合わせて準備されていたであろう白無垢を着せられ、少し丈を直したりと準備が進められる。

 村では貴重な風呂も嫁入り前日に湯も惜しげもなくたっぷりと湯船に入れてくれ、柑橘系の皮が浮かんでいる。とってもいい香りのする湯で髪の毛を丁寧に洗ってくれ、貴重な石鹸も使って村の女衆が頭のてっぺんから爪先までピッカピカに磨き上げてくれた。

 小梅は、私が何処かに行く事を知ると騒ぐだろうからと、なんだかんだと理由をつけて爺様の家で泊まり込みで手伝いをさせられている。


 村の大人達は、私が嫁入りする事を知っていて色々と世話を焼いてくれている。

 時々申し訳なさそうにしたり、涙ぐんでくれる人もいる。

 明日の嫁入りに備えて、ふかふかの布団に寝かせてもらい、明日の朝は豪華な食事も用意してくれるらしい。

 まぁ、もぅ食べる事が出来ないかもしれないという思いもあるのだろう。


 もぅ一生分の贅沢をし尽くしたと思えるほどの幸せな時間はあっという間だった。


 せっかくのふかふか布団も恐怖であまり堪能出来ず寝不足のまま、豪華な朝食をいただく。

 その後は、白無垢を着せられ軽くお化粧をして爺様と男衆の荷物持ちと一緒に村の隣にあるさらに高い山へと向かう。もちろん私は、男衆が担いでくれる木の板の上に座って運んでもらうのだ。一応、花嫁衣装が汚れないように簡単な輿を作ってくれたようだ。

 二つ隣の一つ歳下の源が、私の輿もどきを担ぎながら、チラチラと私を見て苦虫を噛み潰したような顔をして話しかけてきた。

 

「なんで、お前なんだよ!」

「そんな事言われても……。私も嫌だし。」

「………でも………くそぉ!!」

 なぜか源が怒っている。私だって行きたくないけど他に誰もいないんだから仕方ない。私に怒られても困るんだけどなぁ。


 そこからは無言のまま、太陽が真上まで上がり、少し傾いた頃小さな祠に到着した。

「桃、そこの祠の横の岩に座って待つのじゃぞ。」

「………はい。」

「嫁入り道具は、ここに置いてくれ。桃、本当にすまん。もし、山神様が御姿をお見せになられなかったら、村に帰って来るんじゃぞ。村への道は布切れが結ばれている木を目印にすればええ。夜は獣がでるやもしれんから、日が昇ってから帰ってこい。」

「はい。」

「明日、俺が迎えに来てやる!だから……だからそれまでここから動くなよ!」

「源、ありがとう。爺様、小梅をよろしくお願いします。」

「あぁ必ず。そうじゃ、握り飯を預かっとる。ほれ、源の母親からじゃ。」

「……ありがとう。」

「ではな。ここから動く事のないようにな。」

「か、必ず迎えに来るから!!」


 最後に源が怒ったような声で言いながら爺様と男衆は帰って行った。

 

 ふぅ……。どうか山神様なんか居ませんように!!今夜さえ乗り越えて待てば、明日の朝には源と村に帰る事が出来る。また小梅と2人で楽しく暮らせる。うん。ほんの一晩だけだ。

 心細いのを誤魔化すように、おにぎりを食べた。沢山握ってくれてるから夜と明日の朝にも食べられる。

 二口目を大きくパクリと口に入れた瞬間、おにぎりが喉に詰まって死ぬかもしれない事態に陥った。

 目の前に大きな蜘蛛の化け物が現れたのだ。

 目を白黒させて、胸をどんどんと叩き、なんとか飲み込み、持っていたおにぎりを落としてしまった。


 赤い目がこちらを見ている。口がカチカチと音を立てて近づいてきた。


 あわわわわわわ、やややや山神様じゃなくて蜘蛛の化け物!た、多分こいつの餌になるのが嫁様の役目……い、嫌だーー!気持ち悪すぎ!!無理!蜘蛛が1番嫌い!!どーせなら気づかないうちに一思いに食って欲しかった!!神様なんていなかったんだー!!ぅわーーーん神様のバカ!!


 パニックになりすぎて、石のように固まった私に蜘蛛の化け物が話しかけてきた。

「俺が怖いか?」


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