7 『優人の兄』

「兄は、意思表示のできない相手なら反対する。出来る関係にあるなら、自分で何とか出来ると考えるから反対はしない」

「へえ」

 もし兄が何でもかんでも反対する人だったら、優人だって少しは反発しただろうとは思う。だが実際、一度も反発をしたことがない。


──そういえば、怒られたこともないんだよなあ。


 優人のことでは、姉が見かねて口出すことが多い。

「優人の好きにさせてあげたらいいじゃない」

 きっとそれは、兄にとって正論なのだろう。

 時々折れているところも見る。


──兄さんが断固として反対するのは、平田のことだけだな。

 別にそういう関係じゃないのに。

 

 確かに平田にはつきあわないかと言われたことはある。

 そのことを兄に話したことはないし、秒で断った。


 互いに社会人になってからは、そこまで干渉しなくなった兄。

 今は恋人と同棲もしている。そのうち結婚してしまえば、自分の家庭のことで精いっぱいになり、優人に構っている時間も無くなるだろう。

 そう思うと、少し寂しさがこみ上げた。

 たまには兄弟水入らずで話すのもいいかもしれない。

「ちょっと出かけてくる」

 平田にそういうと優人は車のキーを取り家を出た。



「なんだよ、急に呼び出して。昨日も会ったじゃないか」

 呼び出された兄は少し照れくさそうに笑う。

 無表情なイメージの強い兄だが、優人に対してはいつも穏やかだ。

「兄さん、俺さ」

「ん?」

 兄は欄干に寄りかかり、空を見上げている。

 近場のレストハウスは中が土産物屋になっていた。外には板張りのテラスのような場所が設けられ、階下には広がる景色が人気のスポットだ。

 海岸が一望でき、デートスポットとなっている。

「婚約したみたいなんだ」

「……は?」

 間をおいて兄が優人を二度見した。

「相手、誰だかわからないんだけどさ」

 事の顛末を兄に話すと、姉に直接聞いてみろと言われる。

 もっともな意見だ。


「ねえ、兄さん」

「なんだ」

「兄さんは同性を好きになったこととかあるの? 全性愛者パンセクシャルなんでしょ」

 どうしてそこまで平田のこととなると兄が口を出すのか知りたかった。

 別に好きと言っているわけでもなければ、つきあうわけでもないのに。

 もしかしたら、兄が何かトラウマを抱えていて過剰反応するのかもしれない。優人は、そう考えた。


 兄はしばらく何かを考えていたようだったが、優人にチラリと視線を向けると、

「あるよ」

と答えた。

 ぽつりと、何かを地面に落とすように。

 優人は何故か、音のしそうな勢いで兄を見た。

「えっと……」

「片想いで終わったけどな」

 何か声をかけようとした優人を遮り、兄はフッと笑って。

「優人は後悔しない人生を歩めよ」

 そういうと、幼い時のように兄は腕を伸ばし優人の頭を撫でたのだった。

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