3 『初めての反応』

 夕飯の後、パソコンの画面を見つめていた優人はメッセージアプリに結愛から連絡が来ていたことに気づく。

 やり取りはもっぱらメッセージアプリを通してだが、彼女は某SNSサイトに詩をあげており、ホームページも持っている。

 ホームページの方では今日のDiaryが更新されていた。優人の密かな楽しみの一つ。もう一つの楽しみは彼女の書く詩を眺めることだ。


 素直じゃない彼女の本音を見られるのは、画面の中。

 すなわちSNSを通してだけ。

 毎日会っているのに、素直な気持ちを優人に明かすことはなかった。

『照れてるの』

 彼女はそう言う。

 

 スマホに届いたメッセージに目をやれば、今から少しだけ会いたいという。

何だろうと思いながら、Diaryをクリックしてそこに書いてあった文面を確認すると、優人はそっと微笑んだ。

 トントンと画面を叩くと通話を押す。

 文字で返信してもいいが、どんな顔をしてこんな文面を打っているのかとても気になった。

『何、優人』

「今どこにいるの?」

 電話口の向こうは騒がしい。

 またどこかでナンパでもされているのではないだろうかと、心配になる。


 彼女は家族とあまり仲が良いとはいえなかった。

 上の兄弟がいるとは聞いているが、不仲。

 父とは血が繋がっておらず、最近母が再婚したのだと言っていた。バイトをするのはお小遣いの為ということもあるが、家の居心地が悪いという理由もあるように思える。

 事実、優人と付き合いはじめるまでは友人の家に入り浸っていたようだ。

 高校生の娘が外泊しているというのに、何も言わない両親。

 元々干渉しないのか、言うことを聞かないから諦めているのか、それとも後ろめたいのか分からない。


『優人の家のある駅』

「そっか」

 相変わらず可愛らしい声だなと思いながら、通話をしたまま階下へ降りていく。

「結愛、今日も友達の家に行くのか?」

と問えば、

『うん』

と返ってくる。


 自分がどれだけ恵まれている環境なのか、優人は改めて理解した。

 両親の仲が良く、兄弟とも仲が良い。

 自分の部屋があって、安心して暮らせる環境がある。

 当たり前に思える日常を、当たり前に思えない人がいるのだ。

 そしてそれは現実であり、少数派ではない。


「結愛、うちに来る?」

 仲が良いとは言えないし、上手くいっているとは言い難い彼女。けれども、彼女に愛をあげたいと思っている。

 いつか離れてしまったとしても。

『え? いいの?』

 驚いた彼女の声。

「おいでよ。家族に結愛を紹介する」

 今から駅に向かうと告げると、リビングルームに顔を出す。

 そこには優人の家族が勢ぞろいしていた。

「ねえ、彼女泊めてもいいよね?」

 その言葉を家族がムンクの叫びのような顔で受け止めたのは、何も優人の行動が突飛だったからではない。

 初めて”自分の恋人を家族に紹介しようとしたから”である。

 それほどまでに優人は、今まで恋人について語ることがなかったのだ。

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