1 『心配な彼女』

 スピーカーから流れ出す、Nobody's Love。

 この曲が流れる度、胸がチリっと痛む。


 優人ゆうとは、窓際に設定された長いボードの上に腰掛け、片膝を抱えると窓の外に視線を移す。

 そこからは浜辺が見えた。季節外れの浜辺を、黒い犬を連れて歩くカップル。白いワンピースに黒のカーディガンを羽織った女性が、彼に何か話かけその腕に自分の腕を絡める。


──他人は良く見えるものだ。


 優人はため息をつくと、膝に顔を埋めた。

 先日逢ったばかりの、かつての恋人の言葉を思い出す。良くないことだとは思っている。頻繁に会うのは。

 しかし、心配でたまらない。


『優人に似てるんだ』


 何度目だろうか。

 恋人の話を笑顔で話す彼女。今度こそは、幸せになれんじゃないかと思いながら、彼女を見つめる。

 しかし数か月後には、泣いているところ見かけることになるのだ。そんなことの繰り返し。


 別れた後、初めて出来た恋人のことで、苦しむ彼女を見かけた時は、

『やり直そうか』

 そう言ったこともある。


 女は上書き、男は挿入とはよく言ったものだ。

 自分は彼女のことが心配で先に進めない。恋愛したいとも思わない。彼女の心を支配するのは今の自分じゃない、過去の自分。

 それを理解したから、もうやり直そうとは言わない。

 振ったのは自分だ。彼女の不安を分かってあげることが出来ず、重荷に感じて突き放した。


「優人」

 現在はこんな自分を心配してくれている親友と、ルームシェアしている。

 彼の名は、平田 彰浩あきひろ大学時代の友人だ。

「ん?」

 平田のことを見上げる、優人。

 彼はコーヒーカップを優人に手渡すと、隣に腰かけた。


 彼は、全性愛者パンセクシャル

 いつまでも過去にとらわれる優人に対し、

『俺とつきあう?』

と提案して来たヤツでもある。

 当時、優人は、

『バリタチなので』

と言って断ったものだ。


 仲良くなったのは、何がきっかけだったか。

『お前、モテるのに何で誰とも付き合わないの?』

 ある日、平田に聞かれた言葉。

『むしろ、なんでつきあうんだ?』

 それが優人の返事。

 あの時彼は、一瞬埴輪のような顔をしたあと、

『なんでって……そりゃ』

 その言葉の先を覚えていない。


「お前さ、いつまでそうしてるんだよ」

 平田の言葉に、優人はカップに口をつけたままチラリと彼に視線を移す。

「いつまでとは?」

「どうせまた、元カノちゃんのこと考えてたんだろ」

「ん、まあ」


──あの子が幸せじゃないと、自分は幸せになってはいけない気がしている。

  例え、ただの思い込みだったとしても。


 再びため息をついて優人がカップを傍らに置くと、平田が優人の胸ポケットに手を伸ばす。

 優人は彼の指先をぼんやりと眺めていた。するりと抜かれる自分のスマホ。見られて困るものなど何もない。

「お前のメッセは、元カノちゃんでいっぱいだな」

「そだな」

 事実だ。否定などする必要はない。

「また、新しい彼氏出来たんだ。モテるね、あの子」

「そうらしいな」

 優人は気のない返事をすると、視線を床に落としたのだった。

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