第10話 中央中学校への取材
翌日、リンの様子は暗かった。マイともあまり顔を合わせないようにしているようだ。
オカルト研究部は昼休みに集合し、サナエ先生の車で中央中学校に向かう。
移動中、スズとセンナがクラスでのリンの様子をたずねてきた。
マイが、元気がなかったことを伝えると、スズとセンナは心配そうな顔をした。サナエ先生も、運転しながら、心配そうな顔をしている。
ただ、そんな心配も、中央中学校につくと、今日の調査の緊張へと変わった。
校舎に入ると、中央中学校の生徒たちが、自分たちとは違う制服を着ているマイたちへ、めずらしそうな視線を送ってくる。なんだか、くすぐったい気持ちになる。
廊下の窓の向こう側の校庭には、立って本を読んでいる姿の二宮金次郎の像が見える。
「校長室」と、ドアの上に札がついている部屋の前まできた。
サナエ先生が、校長室のドアをノックする。
「どうぞ」
部屋の中からの返事を待って、サナエ先生に続いて、校長室に入る。
「いらっしゃい。富詩木中学校のみなさん」
さっそく、中央中学校の校長先生があいさつしてくれた。初老の先生ではあったが、力強そうな人だ。
スズが、オカルト研究部を代表してあいさつすると、校長先生は、ニコリとして、みんなを校長室の真ん中にあるテーブルのまわりのソファーにすわるようにうながした。
「みなさんの作ってくれた質問項目はとても分かりやすかったよ。ファックスで送られてきたのを見て、驚いたんだ。よく、計画が練られているね」
みんなで考えた質問項目をほめられたので、なんだか照れくさい。
「二宮金次郎のオカルトについて、知りたいんだよね」
「はい」とスズが返事をして、質問をはじめる。
「まず、中央中学校の二宮金次郎の像がいつ作られたのかについて、教えてください」
校長先生は立ち上がり、本棚から『中央中学校の歴史』と書かれた本を引っ張り出してきて、テーブルの上に置いた。
「たしかこのあたりに……。うん、あったあった」
校長先生が開いたページを、みんなでのぞき込む。
カラーの写真に二宮金次郎の像が写っている。カラーと言っても、いまのカメラで撮ったような鮮やかなコントラストではなく、どこか古ぼけた色だ。そのまわりを大人の人たちが取り囲んでいる。写真の下には「二宮金次郎像完成」と書かれている。
「35年前の写真だよ。わたしが赴任したのはこの中央中学校が最初だったんだ。その年に、この二宮金次郎の像ができあがったんだよ。この学校はもともと二宮金次郎の像がなくてね。でも、君たちの富詩木中学校に二宮金次郎の像があるのがうらやましいって話が出て、保護者の方たちがお金を出し合って、作ることになったんだよ」
マイとセンナが校長先生の言ったことをメモすると、スズは続けて質問する。
「校長先生が赴任した年に像が作られたってことですが、そのころ、生徒たちの間で、二宮金次郎の像についてオカルトはありましたか?」
校長先生はニコニコしながら、
「うん、なつかしいことだね。もともとは二宮金次郎のオカルトはなかったんだけど、35年前に二宮金次郎の像ができてすぐのころから、オカルトが語られるようになってね。夜になると、校舎の中や校庭を歩いたり走り回ったりするなんて言っていたね」
ここでは、いまの富詩木中学校とは違ったオカルトが語られているようだ。
「男子生徒の中には、お弁当まで持ってきて、ほんとうに動くかどうか見張っている子もいたよ」
マイは、なんだかリンのお父さんと同じことをしている人がいたんだな、と思った。
「ほかの先生の中には、早く帰宅しなさいと叱る人もいたけど、ボクは面白くて、何時までねばれるか、職員室からのぞいていたものだよ。でも、一番遅くまでねばった子でも、夜の9時ごろには帰っちゃったね。いま思うと、夜遅くて、ちょっと危ない話だけどね」
校長先生が懐かしそうに話すのを見ると、マイはなんだかうれしくなった。
そこまで話したところで、学校のチャイムが鳴った。
「おっと、最後の授業が終わったチャイムだ。そろそろ下校の時間だね。うちの生徒にも、話を聞くんだったよね。校門の前に移動した方がいいんじゃないかな」
「はい、ありがとうございました」
みんなは、校長先生にお礼を言って、校門の前へと移動した。
まだだれもいない校門。遠くの校庭には、二宮金次郎の像が見える。中央中学校の生徒たちは、どのようなオカルトを知っているのだろうか。期待に胸がふくらむ。
次第に、学校の奥の方から、足音が聞こえてくる。
中央中学校の制服をきた生徒たちが、上履きから外履きへと、くつを履き替えているのが見える。
(もうちょっとで、こっちにきちゃう……)
急に、期待よりも不安の方が大きくなる。
スズを見ると、ワクワクしているようだ。一方のセンナは、表情は変えていないが、どことなく緊張しているように見える。
生徒が校門の前までくる。マイたちに気づいた生徒が、不思議そうな顔でながめている。
「こんにちは! 富詩木中学校オカルト研究部です!」
スズは元気に挨拶して、質問をはじめる。
それを見て、センナも、
「ご協力お願いします!」
やってきた生徒をつかまえる。
マイは、取り残されてしまうようで、あせってしまった。
初対面の人に話しかけるのは緊張する。話が伝わらないと、変に思われるだろう。
なかなか一歩が踏み出せない。マイの前を一人、また一人と通過していく……。
ふと、校庭の二宮金次郎の像に目がいく。
中学校に入学した日に、地震で倒れた富詩木中学校の二宮金次郎が倒れなければ、いまのマイはない。二宮金次郎の像は、マイを温かく見守ってくれているようで、安心する。
「あ、あの!」
思い切って、目の前を通った女子生徒に声をかけた。
女子生徒は、ふいに声をかけられて、びっくりしている。
「アンケートに、協力してくれませんか?」
「短い時間なら、いいよ」
マイはまずは、ほっとした。しかし、気を緩めるわけにはいかない。
「わたし、富詩木中学校のオカルト研究部の渡島マイといいます。学園祭の出し物で、二宮金次郎の像のオカルトについてお話を聞いています。中央中学校の二宮金次郎の像について、どういうオカルトがありますか?」
女子生徒は考えている。ちゃんと話が伝わっただろうか? マイは不安になった。
「えーと、夜になると、校庭や校舎の中を歩いたり走り回るって聞いたことあるかな」
マイは、自分の話がちゃんと伝わっていたことがうれしくなった。しかし、あわてて我に返り、女子生徒の話をメモした。
「それと……」
女子生徒は話を続ける。
「夜に、持っている本を大声で読んでいるって話も聞いたことあるよ」
「本を、読むんですか?」
校長先生からは聞けなかった、新しい情報が聞けたことに、マイは驚いた。
「うん、その声を聞いてしまうと、呪われるとかって言っているかな」
「ありがとうございます!」
次にやってきたのは男子生徒だった。
他校の男子に話かけるのも、勇気がいるが、女子の話ばかりを聞いても、アンケートにかたよりが出てしまうかもしれない。マイは男子生徒にも話を聞いてみた。
「校庭を歩いたり走り回ったりするって言っているな。俺は、見たことないけど」
「ありがとうございます。あと、本を読んでいるなんて話は知りませんか?」
「あ、そうだ。夜に本を大声で読んでいて、その声を聞いたら呪われるって話もあるな」
先ほどの女子生徒が言っていた話を、この男子生徒も知っていた。
どうやら、中央中学校では、二宮金次郎の像は、夜に走り回り、さらに本を大声で読み、その声を聞くと呪われる、という話があるようだ。
マイは、その後も五人から話を聞き、さきほどの女子生徒と男子生徒の言っていたのと同じ答えを聞き出すことができた。
「ふう、一段落ね」
ようやく、下校のピークがすぎたようで、学校から出てくる生徒が途切れた。
校庭の方からは、運動系の部活がはじまったようで、元気な声が聞こえてくる。
「すごいよマイ、たくさん聞けたんだな!」
マイのメモをのぞき込んだセンナが声をあげる。
「はい。中央中学校の二宮金次郎の像のオカルトには、夜に校庭や校舎を歩いたり走り回ったりするのと、夜に大声で本を読んでいるのを聞くと呪われるっていう話があるみたいです」
みんなの結果を見比べると、その回答はスズもセンナも聞き出すことができたようだ。
「でも、大声で本を読むなんて話は、どこから出てきたんでしょう。同じ話が、富詩木中学校にもあるわけですし」
みんなで考え込むが、サナエ先生が割って入る。
「とにかく、それはこれからゆっくり考えることにしましょう。明るいうちに、中央中学校の校庭の二宮金次郎の像の写真を撮りましょうか」
中央中学校の二宮金次郎の像は、よくイメージに出てくるような、薪を背負って、本に目を落としながら歩いている姿だ。
全体が青みがかり、ここに建てられてからの35年の歳月を感じられる。遠くからでは分からなかったが、近づくと、像の足元の台の部分は、深い雑草でおおわれていて、いまはあまり近づく人もいないことが分かる。
そんな場所に、見慣れた顔の女の子が立っていたので、マイは驚いて声をあげた。
「あれ!? リンちゃん!?」
そこにいたのは、今日は学校で授業を受けていたはずのリンだ。
「みなさん、すみません。お邪魔かと思ったんですが……授業が終わってから、急いでバスに乗ってきたんです。学校が終わってからなら、合流しても問題ないと思って……」
リンはややうつむいて少し考えているようだったが、意を決したように、顔を上げた。
「昨日、家に帰ってからも、ずっと考えました。ほんとうにやりたい部活って、なんだろうって。そして、今日の午後、授業を受けながら、みんないまごろ、中央中学校で調査しているんだろうなって考えると、ぜんぜん授業が頭に入ってこなくて……。その時、きっと、この部活がいいんだなって思いました。わたし、みんなと一緒に、オカルト研究部の活動がしたいんだって、気づいたんです!」
「リンちゃん、それって……」
マイが一歩、リンの方へと進む。
「うん。わたしを、オカルト研究部に、入部させてください!」
リンが頭を下げたので、みんなは、驚いてしまった。
「あ、あの、リンちゃん、別に、頭下げることないよ」
マイが、そっとリンの肩に手をあてると、リンは、上目遣いにマイを見た。
「マイ、ありがとう。決心できたのも、マイのおかげかな」
「え? わたしのおかげ?」
「うん。昨日、マイは二宮金次郎に導かれて、部活に入ったって言ったじゃない。それを思い出したら、だんだん、おかしくなってきてさ。わたしも二宮金次郎に導かれたんだって思うことにして、思いきって入ってみようかな、なんて気持ちになっちゃったんだ」
「ええっ! リンちゃんも二宮金次郎に導かれただなんて、なんだかオカルトみたい!」
マイが「オカルト」と言ったので、みんなは顔を見合わせて、アハハ、と笑った。
リンの、深刻しんこくそうだった顔に笑顔が現れた。
「これで四人の部員がそろったわね! 廃部の危機、脱出ね!」
スズが喜びの声をあげたが、リンは不思議そうな顔をしている。
「あ、リンちゃん、知らなかったよね。この部活、学園祭までに四人の部員がそろわないと、廃部だったんだよ」
「ええ~っ!」
リンが驚いた声をあげたので、みんなはまた笑ってしまった。
これで、みんなでオカルト研究部の活動が続けられる。とてもうれしい気持ちだ。
ひととおり笑ってから、センナがリンにカメラを差し出した。
「それじゃあリン、オカルト研究部の正式な部員としての初仕事だ。これで、二宮金次郎の像を撮ってくれ」
「はい!」
リンは元気に返事をして、二宮金次郎の像に向けてカメラのシャッターを切っていった。
「あれ、このボタンはなんだろう?」
しばらくカメラの撮影をしていたリンが、長い草に隠れていた場所を指さした。
近づいてみると、白いボタンがある。
リンは、ボタンを押した。しかし、何も反応がない。
みんなで不思議そうに眺めていると、
「調子はどうかな?」
後ろから声をかけられた。ふりむくと、中央中学校の校長先生が立っていた。
「ああ、そのボタン、よく見つけたね。草の中に隠れて、近づかないと見えなかっただろう。これはね、ボタンを押すと、像が本を読むんだよ」
「ええ、そうなんですか!?」
みんなで驚きの声をあげた。
「うん。でも、像ができてすぐに壊れてしまってね。押しても音が流れないし、その逆に、押してもいないのに突然音が流れてしまうこともあってね」
「もしかして、それって……」
マイは、思い切って校長先生に聞いてみる。
「中央中学校には、二宮金次郎の像が、夜に突然本を読む、なんてオカルトはないですか?」
「あっ、そういえば!」
校長先生は、思い出したように言う。
「さっきは言い忘れていたけど、たしかにあるよ。その理由は、たぶん本を読む機能が壊れたこの二宮金次郎の像が原因だ」
校長先生は、二宮金次郎が本を読むオカルトが語られるようになった理由まで、知っているようだ。
「像ができて一年くらいしてから突然、生徒たちが夜中に二宮金次郎の像が本を読み出す、聞いたら呪われるって話をしだしたんだ。教員たちで夜に見回りをすると、この像の機械が、ボタンを押していないのに勝手に音が流れてしまうようになっている故障に気づいたんだよ。きっと、夜に通りがかった人が、突然二宮金次郎が本を読み出したから、驚いて、オカルトになっちゃったんだろうね。それからすぐに、電源を切ってしまって、ずっとこのままなんだ」
オカルトがきっかけで、故障が分かったとは、すごい情報だ。
マイが、さらに質問を続ける。
「あの、実はわたしたちの中学校にも、二宮金次郎が夜に本を読むってオカルトがあるんです。何か関係があるか、ご存じないですか?」
「そうだ! あのショッピングセンター!」
校長先生は、中央中学校から見えるショッピングセンターを指さした。
前に、マイとリンが部活の備品を買いにきたショッピングセンターだ。
「あのショッピングセンターは、20年くらい前にできたんだ。ショッピングセンターができる前、ここらへんにはおもちゃ屋さんがなくてね。中央中学校の生徒は、おもちゃを買う時には、君たちの中学校の近くの商店街のおもちゃ屋さんに出かけていたんだ。ボクも、当時会議で富詩木中学校の先生と会う機会があったんだけど、その時に、中央中学校の生徒が、二宮金次郎の本を読むオカルトを、おもちゃ屋さんで富詩木中学校の生徒に広めるから、迷惑してる、なんてことを言われたことがあったね」
マイたちは驚いた。なんと、富詩木中学校に伝わる、二宮金次郎の像が夜に本を読むオカルトは、中央中学校から伝わった話だったのだ。
そして、もう一つ、意外なつながりに驚かされた。
「そのおもちゃ屋さんは、まだあるはずだよ。石狩さんって人が経営していたかな」
「それ、わたしの家です!」
「おや?」
校長先生は、いまになってリンの存在に気づいたようだ。
「あ、はじめまして。わたし、石狩リンといいます。ここには、途中から合流して」
校長先生は、ニコリと笑った。
「ボタンは、きみが見つけたのかな? こういうところにしっかり気づけるなんて、さすがおもちゃ屋さんの子どもだ!」
リンは、はずかしそうに顔を赤らめたが、うれしそうでもあった。
サナエ先生の車で学校に戻り、マイ、リン、スズ、センナの四人は、部室に調査に使った機材を片づける。部室には、赤い夕焼けが差し込んでいて、ぽかぽかしている。
「よし!」
片づけを終えると、スズが声をあげて、以前、黒板に書いた二宮金次郎の像の調査結果に、今回の中央中学校での話をつけ加えていく。
1.二宮金次郎の像の移り変わり
〇富詩木中学校
①戦争中に貴重な金属として軍隊にもっていかれた
②戦争が終わってから、歩いている姿の像が建てられた
③30年前、老朽化で取り壊された
④15年前、学校と商店街の人たちの話しあいで、座っている姿の像が作られた
⑤今年の地震で像が壊れた
〇中央中学校
①35年前に歩いている姿の二宮金次郎の像が建てられた。本を読む機能つき
②本を読む機能が壊れて、勝手に音(本を読む声)が出るようになっていた
2.二宮金次郎の像のオカルト
〇富詩木中学校
①60年前は、二宮金次郎の像は夜に歩いたり走ったりしている
②30年前は、夜に大声で本を読んでいて、それを聞くと呪われる話がつけ足されている
③老朽化で取り壊されて、像がない期間は、オカルトは語られなくなった
④現在は、夜に大声で本を読んでいる声を聞くと呪われる話だけが残っている
〇中央中学校
①二宮金次郎の像ができる前は、オカルトはなかった
②35年前に歩いている姿の像ができてから、歩いたり走ったりするオカルトが語られるようになった
③35年前に本を読む機能が壊れたのがきっかけで、大声で本を読むオカルトができた
「それじゃあマイちゃん、ここから分かったことを書いてくれるかしら?」
「え、わたしがですか?」
「そうよ。ここまで分かったのは、マイちゃんが中央中学校の校長先生から、きちんとお話を聞いてくれたからじゃない。わたし、びっくりしちゃった。マイちゃん、人から話を聞くの、とても上手なんだもの」
「ええっ! わたし、そんな上手に話なんて、聞いていないです」
自分は、人と話すのが苦手だと、ずっと思っていた。それが、正反対に、上手だと言われたことが意外だった。
マイは困惑しながらも、スズからチョークを受け取り、文章を書き加えていく。
3.分かったこと
①二宮金次郎の像の形が変わると、オカルトの内容が変わる
②富詩木中学校の、夜に本を読むオカルトは、35年前に中央中学校から伝わった
③話が伝わったのは、石狩さんのおもちゃ屋さんでの生徒同士の交流からだった
マイが書き終えると、ちょうど、オカルト研究部のドアをノックする音が聞こえた。
「あ、サナエ先生。運転ありがとうございました……と、校長先生!」
サナエ先生に続いて、オカルト研究部の部室に入ってきたのは、校長先生だった。
「やあ、みんな。おつかれさま。さっき、中央中学校の校長先生から、電話があったよ。とても熱心に調査をしていたみたいだね。中央中学校の先生もぜひ学園祭の展示を見てみたいと言ってくれてね。来てくれることになったよ」
展示を中央中学校の校長先生が見にきてくれるとは、こんなにうれしいことはない。
ただ、校長先生は、まだ話に続きがあるようで、コホン、と咳ばらいをした。
「実は、電話がかかってきた時、商店街の会長さんがちょうど訪問してきていてね。わたしと中央中学校の校長先生との話を聞いていて、ちょっとみんなに提案があるそうなんだよ。どうぞ、入ってください」
校長先生は、廊下の方へ声をかける。気づかなかったが、廊下に誰かいたようだ。
「みなさん、はじめまして。ボクは、商店街の会長をしている者です」
かっぷくのよいおじさんが商店街の会長のようだ。
「こ、こんにちは」
商店街の会長は、ふと黒板に書かれた文字に気づいて、とまどうみんなをよそに、声を出して内容を読みだした。
みんなで、商店街の会長が黒板の文章を読む声を、緊張しながら聞いた。
「うん、すばらしい!」
商店街の会長は、読み終わると、興奮したような大きな声をあげた。
「15年前に二宮金次郎の像を再建した時にお金を集めた商店街としては、像が壊れてしまったいま、何か思い出に残ることをしたいね、と話していたんだ。そこで、富詩木中学校でも何か協力してもらえないだろうかって、校長先生に相談にきたところだったんだよ」
みんなは、商店街の会長の顔をまじまじと見た。
「そうしたら、いまちょうど、オカルト研究部のみんなが、熱心に調べていると言うじゃないか。しかも、中央中学校まで話を聞きに行く徹底ぶりだ! 廊下で、宗谷先生からも、今日のみんなの活躍ぶりをきいてね、すごいことをしているんだって思ったんだよ。そこでだ!」
もったいぶって、話に間がおかれたので、マイは、ごくりとつばをのむ。
「ぜひ、オカルト研究部のみなさんには、学園祭の展示とあわせて、商店街の人たちに、この研究成果を講演してほしいんだ。卒業生が多いから、みんな喜ぶはずだよ!」
「こ、講演!?」
みんなが一斉に、驚きの声をあげた。
商店街の会長が盛り上がってしまっているので、校長先生が、まあまあ、と制する。
「講演」とは、大勢の人を前にして、話をしないといけないことだ。そんなこと、できるものなのだろうか。
「そういうわけなんだ。どうかな?」
校長先生はオカルト研究部のみんなの顔をぐるりと見回して、意見を求めた。
「あの、みんなで話し合って決めたいんですけど、少し返事を待っていただいてもよろしいでしょうか」
スズが、申し訳なさそうに、商店街の会長と校長先生に言う。
「うん、いい返事を期待しているからね!」
商店街の会長は、断られる気はみじんもないかのように、上機嫌だ。
校長先生は、商店街の会長を連れて、部室を出ていった。
みんなは、嵐が去った後のように、呆然と立ちすくんでいた。
「突然の話で、みんな驚いているでしょう。わたしも、正直驚いたわ。もし難しいようなら、断ってもいいからね」
サナエ先生が言ってくれた。
マイは、聞き慣れない「講演」という言葉が、あらためて怖くなってきた。
(もし講演することになっても、きっとスズ先輩とセンナ先輩がやってくれるよね……)
ふと、そんなことを考えて、スズやセンナの方をチラっと見てしまう。
「ちょっと、考えてみましょう。明日またみんなの意見を聞くわ。それまでに、自分の意見を考えておいてね」
スズが提案した。
せっかくの、中央中学校での成果に喜んでいたところ、水を差されてしまい、マイたちオカルト研究部のみんなは、複雑な気持ちで帰宅した。
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