第9話 一人欠けたオカルト研究部
オカルト研究部では、学園祭での展示の内容や、中央中学校での取材はどのようにするのかを、校長先生にきちんと説明できるように案を練った。
「中央中学校の生徒さんたちに、アンケートをとって、二宮金次郎の像のオカルトの話を調べるのはどうかしら。二宮金次郎の像の写真も撮らせてもらいたいわね」
みんなで、アンケートの質問内容を考えた。考えた内容を紙に書き出し、サナエ先生に見てもらうと、サナエ先生は、ウーンと首をかしげた。
「じゃあ、聞く人と聞かれる人に分かれて、やってみましょうか」
スズが聞く役で、マイが聞かれる中央中学生の役だ。
「じゃあ、はじめて」
サナエ先生の合図で、スズが質問する。
「まず、中央中学校で二宮金次郎の像が立ったのはいつでしょう?」
「…………」
マイは答えられない。
「あの、わたし中央中学生じゃないので」
みんなは、アハハと笑った。サナエ先生は静かに見ている。
「えーと、それじゃあ、二宮金次郎の像のオカルトで、どんなことを知っていますか?」
「あ、それはきっと答えられると思います。たぶん、中央中学校は歩いている二宮金次郎だから……夜に校舎の中を歩く、にしておきます」
「はい、じゃあ、次の質問。あなたのお父さんやお母さんが中央中学校に通っていたなら、その時に二宮金次郎の像のオカルトはありましたか?」
「うーん……」
答えられる質問もあるが、答えられない質問も多かった。
「二人とも、おつかれさま」
サナエ先生は、マイとスズのやり取りを聞いていたセンナを見る。
「センナちゃん、二人のやりとりを見ていて、どう感じたかしら?」
「質問が多すぎると思います。答える方は、疲れちゃうかもしれません」
「そうね。この質問は、どういう時に中央中学生に答えてもらうことになるかしら」
「放課後の下校する時、でしょうか」
センナは言ってから、腕組みをした。
「用事があって急いで帰る人もいるし、長い時間は嫌だって思う人もいるかもしれませんよね」
サナエ先生はニコッと笑った。
「石狩さんは、何か気づいたかしら」
リンは、首をかしげながら、
「聞かれても分からない質問がありました。マイが答えられないのは当然ですが、中央中学生でも、像がいつ建てられたのかは、分からないと思います」
リンは、さらに続けて言う。
「わたしも、今回お父さんやお母さん、そしておじいちゃんに聞いて、昔の二宮金次郎の像のオカルトをはじめて知りました。だから、突然、お父さんやお母さんが中学校にかよっていたころの話を聞かれても、生徒は分からないんじゃないかって思います」
サナエ先生はパチパチと手をたたいた。
「センナちゃんも石狩さんもありがとう。わたしの言いたいこと、とられちゃったわね」
サナエ先生はみんなを見回した。
「質問をする時には、相手の都合を考えることが大切よ。今回は、放課後の帰る時に質問することになるでしょうから、できるだけ時間が短くてすむようにしないとね。それと、生徒に質問するのなら、生徒が答えられる質問にしないと、どれも分からないって答えになっちゃうわよね」
スズが、うん、と一つうなずいた。
「聞く人の立場にたって、質問しないといけないんですね。でも、さすがに生徒のお父さんやお母さんを紹介してもらったり、そこに聞きに行ったりする時間はないし……」
マイは、はっと思いついた。
「中央中学校の先生なら、昔のことについて分かるんじゃないでしょうか」
サナエ先生がニコリと笑う。
「そうね。たしか、今の中央中学校の校長先生は、いろんな中学校に赴任しているけれど、若い時にも中央中学校で働いていたはずよ」
みんなは、やった、と言って顔を見合わせた。
さっそく、オカルト研究部では、中央中学校の校長先生と、生徒への質問項目を作った。
二宮金次郎の像について、中央中学校の校長先生には歴史や昔のオカルト。そして生徒へは、現在語られているオカルトを聞くことにした。
いよいよ、中央中学校への調査を、校長先生にお願いをする日がやってきた。
「失礼します」
サナエ先生に続いて、マイたちオカルト研究部のみんなが校長室に入る。
広い部屋で、壁一面に歴代の校長先生の写真がかざってある。古いものは、白黒写真だ。校長先生は、机の上の開いていたノートパソコンを閉じた。
「オカルト研究部のみなさん、こんにちは。さあ、そこのソファーに座ってね」
校長先生は立ち上がり、校長室の真ん中に置いてあるソファーにすわるようにうながして、自分もそこにすわった。
マイは、校長先生を見るのは、入学式以来だ。やさしそうな先生だ。
「中央中学校に調査に行きたいと思っています。そのことについてお話にきました」
スズが、今年の学園祭でオカルト研究部が二宮金次郎の像にまつわるオカルトをテーマにすること。これまで、二宮金次郎の像の姿や、オカルトのうつりかわりを、リンの家族に聞いたこと。そして、オカルトの内容が変化した理由のヒントを得るために、同じく二宮金次郎の像のある中央中学校に調査に行きたいことを説明した。
スズが説明を終えると、センナが、校長先生に書類を差し出す。
「これまで調べたことと、中央中学校で実施する質問項目はここにまとめてあります」
校長先生は、センナから手渡された書類に、じっくりと目をとおしている。
みんな、神妙な面持ちで、校長先生が読み終えるのを待つ。
校長先生の部屋のとなりは、職員室になっている。職員室から、コピー機の音、電話が鳴る音、先生たちが話している声がかすかに聞こえてくる。校長室の窓の外からは、金属バットにボールがあたるかわいた音も聞こえる。ボールが校舎にあたった音まで分かった。
「うん、よくまとまっているね。これなら、いい調査ができるんじゃないかな」
校長先生はうなずいてから立ち上がり、机のうえにある、電話の受話器を持ちあげて、番号をゆっくりと押していく。
「あー、もしもし、富詩木中学校の校長です。校長室におつなぎ願います」
さっそく、中央中学校に電話をかけてくれたようだ。
すぐに、相手の校長先生にとりつがれたようで、先ほどスズがした説明を伝え、オカルト研究部が取材に行ってよいかどうかを聞いている。
「はい、はい、では、よろしく。生徒が作ってくれた書類も、ファックスしますね」
受話器を置いて、校長先生はみんなの方を向いた。
「明日の午後にでも来てよいとのことだよ」
みんなは、顔を合わせて、胸をなでおろした。でも、午後は授業がある。
「部活動の正式な活動として、行ってくるといいよ。天塩さんはあとで、課外活動のとどけをもってきてね。書き方は知っているよね。部員の名前をきちんと書いてね」
「はい、それでは、ここにいる全員で……」
スズは言葉をつまらせた。
「天塩さん、どうしたんだい?」
「あの、校長先生。部活動の正式な活動ということですが、助っ人として、一人、オカルト研究部に入っていない子を連れていくことはできますか?」
スズがリンを見ながら言った。
そうだ、リンは、まだオカルト研究部に入ったわけではなく、手伝っているだけなのだ。
「うーん、それは、許可できないね。あくまで部活に入部している人じゃないと」
校長先生は、困った顔をした。
「リンちゃん……石狩さんは、調査のためにご家族も紹介してくれましたし、オカルト研究部の活動も手伝ってくれています。今回の調査には、欠かせない戦力なんです」
スズは、リンがオカルト研究部にとって、重要な存在だと力説したが、校長先生は手をあげて話をさえぎった。
「ごめんね、天塩さん。石狩さんが、オカルト研究部にとって必要だってことはよく分かったよ。だけどね、学校にはルールがあるんだ。部活の課外活動には、部活に所属している人しか参加できないのは、校則で決まっているよね」
スズは、何も言わなかった。
「天塩さんは、部活の部長として。そして生徒会長としても、ルールはしっかりと守らなくてはいけない。分かるよね」
「はい……」
「みんなの気持ちはよく分かる。だけど、今回は、石狩さん以外の人たちにしか、課外活動の許可は出せないんだ」
校長先生が、はっきりと言った。
サナエ先生は、校長先生と打ち合わせがあるからと、校長室に残った。
四人は、オカルト研究部の部室に戻るまで、だれも口を開かなかった。
部室に着いてからも、これまでマイが感じたことのないような、重い空気が流れた。
そこへ、スズが、手をパンとたたいて、
「校長室に行って、みんな緊張したでしょ! お茶でも飲みましょう!」
明るい声で言ったので、マイとセンナは準備を始めようとする。
「あ、あの、わたし、ごめんなさい……」
リンが小さな声であやまると、みんなの動きが止まった。
「わたし、小学校のころからずっと部活にあこがれていて。だから、中学校では、部活にあけくれようって、ずっと思っていたんです」
マイは、入学式の自己紹介で、リンが部活を頑張りたいと言っていたのを思い出した。
「でも、いざ中学校に入ってみると、部活がたくさんあって、決められなくて……」
リンがうつむく。
マイは、つらそうなリンを見るのは、かわいそうで、たえられない。
「わたし、部活に入るなんて、自分でも思っていなかったんだよ。でも、なぜだか、二宮金次郎に導かれて、この部活に入ったような気がするの」
マイが二宮金次郎に導かれて、と言ったところに反応して、リンが顔を上げた。
「二宮金次郎に導かれてかぁ。マイはすごいね。きちんと部活を決めて、とても活躍しているんだもん」
マイは驚いた。自分が活躍しているだなんて言われるとは、思ってもいなかった。
「おじいちゃんに話を聞く時、二宮金次郎の像がなくなったことについてどう思うか聞いてみようって、提案していたじゃない。こんなこと思いつくなんて、やっぱりすごいよ」
リンは、ふう、と息をはくと、
「みなさん、中央中学校への調査が決まった矢先に、嫌な気持ちにさせてしまってごめんなさい。今日は先に帰ります。おつかれさまでした」
そそくさと部室を出ていった。オカルト研究部にいるのがつらかったのだろう。
「やっぱり、リンちゃん、入部はしないのかしらね……」
スズが、ふと言った。
「入部してくれたらうれしいけれど、本人の意思だものね。廃部になるかもしれないけれど、これも運命よね。マイちゃん、せっかく入部してくれたのに、ごめんなさいね」
そういえば、部員勧誘に熱心だったスズは、ここのところ勧誘活動はしていなかった。リンにも、廃部のことは一つも言っていないのは、心配をかけないようにしてのことだったのだろう。
「いまは、リンちゃんのことの方が心配よね」
オカルト研究部が廃部になるのはさみしい。しかし、そんな気持ちの中でも、スズがリンのことを第一に心配しているやさしさを知り、なんだかうれしい気持ちになった。
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