7 誤解が更なる誤解を呼ぶ

「おかえり」

 片織かたおりと事件について推理を立ていたところに、優人が『ただいま』と帰ってくる。なんだか疲れ切ったような表情をして、彼女の隣に腰かけた。

「どうかしたのか?」

と和宏。

「コンビニで結愛ゆあに会って、ちょっと」

 どうやらそれは想定外の出来事だったようだ。


 そういえば、その彼女も自分に会わせたがらないなと思っていると、

「和兄に会いたいってきかなくて」

と口にする。

 一体それの何が問題なのだろうか?

 和宏は優人の恋人”結愛”がどんな人物なのか知らなかった為、その理由にピンと来なかった。

 ぼんやりと優人の背中を見つめている視界の端で、片織が優人にケーキを勧めている。疲れた時は甘いものが良いとかなんとか言いながら。

 いただきますと言って立ち上がる、優人。

 少し彼の表情が和らいだようで、ホッとする。


 どうして自分がこんなにも、優人を気にかけるのか?

 実のところ、自分でもよく分かっていない。

 もう幼いわけではないのだ。

 しかし、子供のように見えてしまうのは仕方ないのかもしれない。

 雛本家の長男として、ずっと妹と弟の面倒を見てきたのだから。


──カナとは血が繋がっていないのかもしれない。

 従妹なら親族か。

 カナは妹じゃない……のか。


 複雑な心境になっているのは確かだ。

 一緒に風呂に入ったこともあるのだから。


 離れ離れになってしまった、最愛の妹。

 二つしか年が変わらないカナは、自分にとってずっと特別だった。彼女がいたから自分はいつだって”お兄ちゃん”でいられたのだ。

 ずっと、これからもずっと、同じ時を生きていけると信じていた。


「和兄も……どうかした?」

 紅茶をカップに注いでいた優人がこちらを見て、動きを止める。

 いつの間にか片織が居なかった。手洗いにでも立ったのだろうか?

 優人はカナと生き別れた日から和宏を”和兄”と呼ぶようになった。それはきっとカナのことを忘れないため。


 カップとポットを置くと、こちらまでやってきて袖で和宏の目元を拭う。

「またカナねえのこと考えているの?」

「優人、カナは本当の兄姉じゃないかもしれない」

 和宏の告白に彼は一瞬、驚いた顔をする。

「そっか。でも、カナ姉はカナ姉だよ。血が繋がっていようがいまいが、俺たちにとっては大切な家族」

 優人の言葉に、そうだなと言うようにゆっくりと深く息を吐く。

 

 自分はきっと動揺しているのだ。

 ずっと血の繋がった家族だと思っていた相手が、本当の家族ではないかもしれないという事実に。


「でも良かったじゃない。和兄、カナ姉のこと好きなんでしょ?」

「え?」

 ニコッと笑う彼に、違和感。

「もう、悩むことないでしょ」

 優人は紅茶をいれるために踵を返しながら。

「俺たちは待つって決めたんだから。カナ姉を信じて待とうよ」

 こちらに向き直り、再びカップに手をかける優人に和宏は慌てる。


「な、何か誤解してないか?」

「何が?」

 音のしそうな勢いでカウンターに駆けよる和宏に、首を傾げる優人。

「俺は別に、そういう意味でカナのことが好きというわけじゃ……」

 言いかけて、このまま誤解させておいても良いのかも知れないとも思う。

「俺は二人とも大好きだよ?」

 何言っているの? と言うように、子供みたいな笑顔を向ける優人。

 この笑顔で次から次へと女に言い寄られ、彼女を作っているのかと思うと少し忌々いまいましい。


「あら、兄弟喧嘩きょうだいげんか?」

 ハンカチで手を拭きながら、リビングダイニングに戻って来た片織が二人を交互に見つめて。

「違うよ。和兄に告白カミングアウトされていたところ」

と優人。

「おい! 何を適当な……」

 慌てる和宏に片織が両手を口元に持っていき、もう一度二人を交互に見やった。

「いやー! そうなの? そうなっちゃうの⁈」

と更にややこしい誤解が勃発ぼっぱつした。

「おいー」

 和宏は悪戯いたずらっぽく笑う優人に、殴るふりをしてこぶしを振り上げたのだった。

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