第45話 感知


 エレイナ聖堂。

 その聖剣の刺さっていた水殿の中心で聖女エクリュベージュは祈りを捧げていた。


 彼女の周りには似たような恰好の高位神官たち。

 それら全員も重圧感のある雰囲気を纏って膝を付き、祈りを捧げている。


 僅かな音も聞こえない静寂の空間。

 そんな厳かな場所に無礼にも土足で踏み入る男がいた。


「聖女殿はおられるか」


 声が聖堂内に響くも、祈りを捧げている神官たちは祈りの姿勢を崩さない。

 しかし、聖女はその聞き覚えある声に一瞬だけ顔を歪めてから立ち上がる。

 衣服の僅かな乱れを正し、背筋を伸ばして高い位置からその声の主を見下ろす。


「【レグルス様】今は聖拝(せいはい)の時間ですのでご静粛に。そのような旨を入り口の教会騎士に注意されませんでしたか?」

「それは失礼な事をした。たしかに入り口で何か言われたな。だが、貴女に会うためにこうして来たのだ。些細な無礼は許して欲しい」


 エクリュベージュは心の中で舌打ちする。

 相も変わらず話が通じない。反省しない。改善できない。

 エクリュベージュにとって一番嫌いなタイプであり、叶うなら今すぐダッシュで駆け寄って渾身のグーをその顔に減り込ませたいくらいだ。


「反省をしているのであれば構いません。ですが、聖拝はまだ終わりませんのでお静かに。なんでしたら別室でお休みになっていてください」

「そうか。だが、私としては貴女と今後について話をすべきだと考えている。出来れば、早めにその席を設けて欲しい」

「……かしこまりました。レグルス様に近い神官は一時祈りを中断し、彼を別室に案内してください。レグルス様、なるべく早く向かうように致しますので、どうかお待ちください」

「ああ。わかった」


 レグルスの近くにいた神官の一人がゆっくりと立ち上がり、レグルスへと一礼する。

 そして、声も出さずに彼をゆっくりと案内し始めた。


 聖堂内からレグルスがいなくなると、エクリュベージュは未だ祈りを捧げている神官たちに一礼する。


「聖拝中に余計な邪魔が入りましたが、やはり皆さんは心が御強い。聖剣の精霊様、そしてそれらを我々に与えてくださった神々はアナタ方の信心の深さに喜んでおられます」


 そう言い切った瞬間、なにやら電流のようなものが彼女の体中を走り抜ける。

 困惑した頭が次の瞬間には晴れやかに澄み渡り、ずっと待ち望んでいた瞬間が訪れたのだと理解する。

 自分すらも気づかずに涙が流れ、視線はその先におられる方のいる先へと固定された。


「あぁ、我らが主たる【オーディン】様。我らが子を見守る【フレイヤ】様。我らに聖剣を与えし【ヘファイストス】様。ここに感謝の意を述べさせていただきます」


 急なエクリュベージュの言葉に神官たちは困惑し、その顔を上げた。

 その視線の先にあるのはいつも以上に輝きを増し、涙を流しながら満面の笑みを浮かべる聖女の姿。


「この身は聖剣の主様のために。この身は人族の未来のために。この身は神々の威信を保つために。一生涯尽くすと今ここで改めて誓います」


 神官たちには何が起こっているのか理解できない。

 神官たちには何が起こっているのか確認できない。

 それでも彼らはエクリュベージュの神々しいまでの美しさに目を奪われ、心を奪われ、思考も疑問も忘れて彼女と同じように神への感謝を心の中で唱えたのだった。

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