迷子のお知らせ

そうざ

Notice of Lost Child

『白いワンピースに水玉模様のハイソックス、赤い靴を履いた女の子をお見掛けの方がいらっしゃいましたら、お手数ですがお近くの従業員にお知らせ下さい』

 何度目だろう。店内放送が頻りに同じ文句を繰り返している。特に何を買うつもりでもなくショッピングモールをぶらぶらしていた俺は、その内容が頭に焼き付いて離れなかった。

 だから、ブックコーナーで出会でくわしたその女の子にはっとなった。四、五歳くらいだろうか。正に店内放送の通りの格好をしている。

「お嬢ちゃん、もしかして迷子になっちゃったの?」

 女の子は、俺を見上げたまま口を閉ざしている。

「ママとはぐれちゃったの?」

 今度は、直ぐ首を振った。

「じゃあ、パパと来たの?」

 やっぱり首を振る。

 兎に角、迷子には間違いない。俺はレジの店員に声を掛けた。

「すみません。この女の子、放送で言ってた――」

 喋りながら振り返ると、そこに女の子は居なかった。

 慌てて周囲を探した。相手は小さな子供だ。短時間でそう遠くまで行く筈もないのに、まるで見当たらない。

 エスカレーターで上階まで行ってみた。居ない。下へ戻り、更に下階にも行ってみた。居ない。それでも俺は探し続けた。いつの間にか、意地のようなものが俺の心を支配していた。

 絶対に見付けてやる――。


「少々お待ち下さい」

 一階にあるサービスカウンターの案内係は、何故か顔を強張こわばらせ、事務室に引っ込んでしまった。

 俺は、遂に女の子を発見し、拉致するかのように手を引いて来たのだ。まるで崇高なるミッションを成し遂げたかのような心持ちだった。

 程なく、女の子共々、事務室に通された。もしかしたら、謝礼の一つも貰えるかも知れない。

 すると、店長を名乗る男が呆れたように言った。

「あの放送は、従業員向けの隠語でございまして……」

「インゴ?」

「お客様に知られたくない事柄を従業員に伝える為のものです。例えば昼休みの合図とか、万引きが発生したとか」

「……じゃあ、この女の子は何なんだ」

 もう女の子は居なかった。遠ざかって行くかすかな足音が聞こえた。

 店長が、集まった従業員達とこそこそと話し始めた。会話の内容が部分的に漏れ聞こえる。

たまに居るんだ、実体化させちゃう厄介な人が」

「また違う隠語が必要ですね」

「いっそ責任を取って貰いましょう」


『思い込みが激しく、お節介で、粘着質で、如何にもロリコンっぽい男性をお見掛けの方がいらっしゃいましたら、お手数ですがお近くの従業員にお知らせ下さい』

 何度目だろう。店内放送が頻りに同じ文句を繰り返している。しかし、気に留める買い物客は居ない。

 俺はこのまま永久にショッピングモールを彷徨さまよう事になるのだろうか。あの女の子のように――。

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迷子のお知らせ そうざ @so-za

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