長者籖

そうざ

Rich Man's Paddy

「おーい、当選発表が始まるぞー」

 パパの呼び掛けで、ママと子供達がどたどたと居間へやって来る。100インチの立体モニターが賑やかな発表会場の様子を映し出している。

 毎年、年末になると、パパは大量の長者籤ちょうじゃくじを購入する。そして、その当選結果を家族一同で確認するのが、一年の締め括りとも言うべき恒例行事になっていた。

 パパがオーク材製のワードローブから籤の束を取り出すと、それを受け取ったママと子供達が丹念に磨き上げられたマホガニー素材のテーブルの上にきちんと番号順に並べて行く。

 高速で回転する数個の電動風車型抽選機に弓矢が打ち込まれて行く。まだ下位の発表なので、一家の緊張感は然程さほどでもない。

「ねぇ、一等賞は幾らなの?」

 七歳の長女が訊ねる。

「100億円だ」

 パパが涼しい顔で答える。

「それ、どれくらいのお金なのぉ?」

 五歳の長男が訊ねる。

「我が家の全財産くらいだよ」

 パパが得意気に答える。

「ちょっと、番号を照らし合わせるの手伝って」

 ママが一人で籤の束と格闘している。

「まだ2等の発表じゃないか。2等なんか高々1億円の端金はしたがねだ。後で調べれば良い」

 そう言いながら、パパはハバナ産の高級葉巻を銜えた。

 そうこうしている内に、いよいよ一等の抽選が始まった。

 次々と矢が放たれる。まるで自分の心臓が射抜かれるかのような緊迫感が家族を支配する。

 一桁ずつ当選番号が決定し、その度にママが籤の束をり分けて行く。一緒に手伝う子供達を余所に、パパはアニリンレザーに仕上げられた最高級牛革を使ったチェスターフィールドスタイルのソファーにもたれたままモニターを静観している。

「組は26だってっ」

 長女が声を上げる。

「ママ、26っ。26組っ」

 長男も声を上げる。

「26ね。26、26」

 該当する束をり分けるママ。

「番号の最初は1だってっ」

 と長女。

「10万番台って事ねっ」

 とママ。

「次は3っ」

 と長男。

「3、3……はい、3っ」

 とママ。

「次は5だってぇ」

 と長女。

「5ねっ」

 とママ。

 パパが葉巻の火を揉み消した。

「7っ!」

 長男が叫ぶ。

「あったわよっ!」

 ママが答える。

「2っ!」

 長女も叫ぶ。

「あったっ、あったっ!」

 ママが答える。

「最後は0っ!」

 長男と長女が声を合わせて叫んだ。


 一瞬の静寂。


「0……ほんとに0っ?!」

 ママが汗を滴らせながら呟く。

「下一桁だけ違った……前後賞もなし。今年も一枚も当たらなかったわね!」

 そう言って、ママは籤を中空にばら撒いた。

「ふ〜っ、やっぱ長者籤ってスリルあるねぇっ」

 長女も思い切り籤をばら撒いた。

「来年も絶対やろうねっ」

 長男も負けじとばら撒く。

「はっはっはっ、今年も駄目かっ。うちはよっぽど籤運が悪いんだなぁ」

 豪快磊落に笑うパパだったが、尋常ではない汗を滴らせている。

 モニターから一等の当選番号『26組135720番』の文字がキラキラと光りながら飛び出して来る。

 子供達は外れ籤の海で泳ぐ。

「世界の何処かに当たった人が居るのかな〜」

「居るのかな〜」

 何物にも替え難い快感と脱力した空気が家族を覆っていた。



 長者籤:金を持て余した大富豪達の、全財産没収を賭けた遊びである。

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長者籖 そうざ @so-za

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