第22話 携帯…どこ?

「とりあえず、子どもと家に電話して相談してみるね!」

 私は皆に連絡しようと思って、鞄の中に入れてたはずの携帯を探す。


「あれ?あれ?…無い。あれー?」

「横川さん、どうしたの?」

「なんかね、携帯が見当たらないの。何でー?知らないよね?」

「うん、横川さんの携帯、今日一回も見てないよ。」

「私ね、ちょっと携帯の電源オフにしてて、しばらく携帯見ない生活してたのね。だから存在も忘れてるくらいだったんだけど…まさかどっかに忘れてきたのかなぁ。

 野内君のお店かな?電話してみようか…じゃなかった、ごめん大高さん、電話してもらってもいい?」

「う…うん。野内君のお店ね…。なんかかなり緊張するけど…分かった。」


 大高さんに野内君のお店に電話して、携帯の忘れ物が無いか確認してもらったけど、お店からは無いという返答だった。


 私は落胆したけど、携帯を諦めるわけにはいかない。大事な私の情報と記憶が全部詰まったものだから。


 絶望感に襲われながら、携帯を最後に見た時を思い出す。記憶があるのは、ホテルをチェックアウトする前に忘れ物が無いか確認した時だ。あの時は確かにあった。でもそれ以降の記憶は無い。


 野内君のお店に行く時に乗ったタクシーか、店を出た時に乗ったタクシーか、その後の電車か…。

 ダメだ。全く思い出せない。これじゃ誰にも連絡できない。私は娘も息子も夫も、誰の携帯番号も覚えていないのだ。


「とりあえず、旦那さんなら連絡取れるんじゃない?柳井田さんの会社に電話してみたら?ネットで調べたら番号出てくるよね?」


「それがね、いろいろ外回りしてたりで、あんまり会社にいないというか…。」


「でも一応、かけてみたら?」

 と言って大高さんがネットで番号を検索してくれたけど、

「やっぱり…普段かけたことない私が電話して、従業員の皆さんが何事か?って心配するかもしれないから…。」


「じゃあ、やっぱり家に帰らなきゃだよね?旦那さん心配するよね。」


「そうなんだけど…携帯無い方が気になる。やっぱり、明日までここにいていい?

 すぐ見つかればいいんだけど…落ち着いて一晩考えれば何か思い出すか、ダメなら諦めるかできそうな気がする。」


「もちろん!そもそも私からお願いしてるし。」


 正直携帯が気になりすぎて、大高さんの悩みをあまり真剣に考えてあげられない気分だけど、逆にそれで私の中ではもう答えが決まってしまった。

 大高さんはやっぱり絶対本人に伝えた方がいいと思う。

 ということで、大高さんの方は気持ちが落ち着いて決心するのを待つだけだ。


 問題は私の携帯だ。


 よく考えたら、タクシーはレシートをもらっていたので、また大高さんに両方のタクシー会社に電話してもらった。でもやっぱり無いという返答だった。

 電車の方も問い合わせてみたけど、忘れ物の届出はまだされてないそうだ。

 それぞれの会社には、見つかったら連絡してほしいと伝えた。

 

 これ以上は手が無いということになって、大高さんの話にまた戻る。


「ねえ大高さん、やっぱり野内君にはちゃんと伝えた方がいいと思うよ。

 拒絶なんてしないと思うし、光莉ちゃんはもう大人だから、養育費とかの話にもならないだろうし。」


「うん、野内君もそうなんだけど、ご家族がいたらって思うと…ね。」


「野内君はフリーだって、妹さん言ってたよ?」


「そうなんだけど、お子さんはいるかもしれないし…。」


「うーん、そこまで考えなくても大丈夫じゃない?野内君にだけ話するんだし。」


「そうだよね。なんか、頭の中でいろんな想像が止まらなくて、“どーしよう”ばっかりがグルグルしてる。そしたら余計なことまで心配になっちゃった。」


「私も一緒に行ってあげる。だから、頑張って伝えてこよ。」

 大高さんが、少女の様にドギマギしてるのにつられて、つい“一緒に行く”なんて言ってしまった。


「でも、さすがに私も家に帰らなきゃいけないし、時間置くと決心が揺らぐから、電話しよ!今すぐ!」


「えー?い、今⁉︎いやいや…帰ってきたばっかりだし…。」


「私がかけるから、携帯貸して。」

 大高さんに任せてたら、明日になっても電話なんてしないだろうなと察して、私がかけることにする。

 

 トゥルルルルー ガチャ

「お電話ありがとうございます。ブーランジェリーカフェ アビアントでございます。」

「横川と言いますが、野内さんはいらっしゃいますでしょうか?」

「少々お待ちくださいませ。」

 ……

「はい、お電話代わりました、野内てす。」

「横川です。すみませんお忙しい時にお電話して。」

「いえ、大丈夫です。丁度今、手が空いていましたので。

 先程はご来店ありがとうございました。 

 で、どうされたんですか?」

「こちらこそ、美味しいランチと、お土産にパンまで頂いてありがとうございました!

それで急な事なんですが、ちょっとお話したいことがありまして、今日か明日、お会いできないかと思いまして…。」

「あーそうなんですね…閉店後だと遅いですよね?夜10時くらいになるし…。あ、明日のランチの後のお昼休憩なら、大丈夫ですよ。お店の方まで来ていただけるんでしょうか?」

「すみません、できればお店の中じゃない所でお話したいんです。近くで他にどこかありませんか?静かにお話できるような所。」

「んー、でしたら近くにあるファミレスはどうですか?隣の席の間にしっかりした衝立があるので、静かではないかもしれないけど、どうでしょうか?」

「あ、そこなら分かります。そういうお店なら良いと思います。じゃあそこで。」

「時間は3時頃でもいいですか?」

「はい、ありがとうございます。」


 私は大高さんとアイコンタクトを取りながら話したので、スムーズに話はまとまった。

 大高さんは真っ赤な顔を手で押さえながら、心を落ち着かせようとしているけど、その手の震えが全然止まらない様子だ。


「もう約束しちゃったから、覚悟決めてね。」

 私は、大高さんの気が変わらないように釘を刺した。

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