第21話 大高さん困惑

「すごく素敵なシェフだね。」

 光莉ちゃんがうっとりした表情をする。

「えー、光莉ちゃんは野内君みたいな人がタイプなの?」

 私はちょっと冷やかし気味に言う。

「違いますよ!さすがに年上過ぎです。でも、柔らかい雰囲気がすごくいい感じです。」


「そうだねー、私もそう思う!

 昔はね、もっとこう…ギラギラというか、ガツガツして夢を語る、ザ若者みたいな感じだったよ。こんな素敵なお店3つも持って成功もしてるし、歳とって、穏やかになったのかな。」


「へえー。でも、すごく頑張って今この店があるんですね、きっと。」


「そうそう。でもね、賄いで食べさせてもらってたけど、野内くんの料理って、同じ物でも他の人と違って、なんか美味しかったの。だから、元々センスは抜群だった。」


「へー羨ましい!」


「光莉ちゃんは料理するの?」


「まあ、母子家庭なんで、一応それなりに。でも家庭料理です。」


「すごい!家庭料理だって、もちろん立派!ウチの娘は多分全然だわ。1人暮らししてるけど、冷凍チンかコンビニか、外食ばっかりなんだろうな、きっと。前にその話したら“ちゃんと作ってるわよ!”って怒ってたけど。

 この前ね彼氏連れて来たんだけど、結婚するまでに何でも出来るようになってほしいわ。」


「今は、男女どちらかができればいいんですよ。もし彼氏さんができるなら、それで。」


「そうね。あー、なら逆に息子にも仕込んでおかなくちゃ。

 光莉ちゃんは彼氏はいるの?」


「いえ…この先もできるかどうか…。」


「これからでしょ!光莉ちゃん可愛いから大丈夫!」


「ありがとうございます。でも正直、分からないんですよね、男の人って。」


「そっか、そうだねー身近に男の人がいたら、まだね。例えば、野内君みたいな素敵なお父さんいたら、違ってたかもね…ってごめんなさい!、余計な事言って!今の発言な無しで。」


「横川さん…!」

 会話を黙って聞いていた大高さんが、怖い顔で私に話かけようとした時、さっきの店員さんが来た。

「コーヒーのお代わりいかがですか?」


 ホットコーヒーのお代わりはサービスみたいだけど、コーヒーを飲んでるのは私だけだ。

 「私はもう大丈夫です。お腹いっぱいになりました。それから野内君に伝えて頂いて、ありがとうございました。」

「いえ、とんでもございません。」


 ふと、胸のネームプレートを見ると

『YANAI』と書いてかることに気付いた。

「あ、もしかして、野内君の奥さんなんですか?」

 少し若い感じだけど、奥さんでも全然おかしくないと思った。

「いえ、違います。実は妹なんです。兄はフリーなので、もしいい人がいたら、是非。

 なーんて、余計な事言ってまた兄に怒られそうですが。

 では、ごゆっくり。」


「へー、野内君フリーなんだ。意外。仕事大変だからかな?素敵だからモテそうだけどね。」

「うん、そうだね…。」

「大高さん、さっきは話途中でごめんね。やっぱり調子悪いんじゃない?もう帰ろうね。」

 大高さんの顔色が良くないような感じで、また心配になってきた。


「ねえ横川さん、もう山口帰るんだよね?」

「うん、そのつもり。大高さんどうかした?」

「ちょっとだけ、相談にのってほしいんだけど、ダメかな?」

「もちろんいいよ!何?」

「また2人だけで話したいの。私、相談できるような友達いなくて…。今回も理由はどうあれ、会いに来てくれたことがすごく嬉しくて…。

 山口に帰ったらなかなか話できないだろうし。」

「分かった、じゃあ、家まで送るよ!落ち着いてから話した方がいいよね。」

「ありがとう!」

 

 お会計を済ませて店を出ようとした時、野内君の妹さんから、手土産にパンをもらった。

 申し訳ないとお断りするのだけど、「兄から言われましたので。」と押し切られ、ありがたく受け取った。


 タクシーで駅まで行って電車に乗り、大高さんのアパートまで帰ってきた。

 大高さん達が荷物を整理して部屋を片付ける間、私だけ公園で待つ。しばらくしたら2人が出てきた。光莉ちゃんはこれで社宅に戻るという。

「横川さん、いろいろご迷惑おかけしてすみませんでした。母も、どんな相談なのか分かりませんが、どうかよろしくお願いします。」

 と挨拶して帰って行った。


 大高さんに案内されて部屋に入り、座卓のテーブルがあってそこに座る。

 大高さんはお湯を沸かして温かいお茶を出してくれた。

 一息ついてから大高さんが話始める。


「光莉の父親のことなんだけど、実は…野内君なの…。」


 大高さんの突然のカミングアウトに、今度は私がフリーズしてしまった。


「え、え、えー⁉︎」


 驚き過ぎて、“えー”しか出てこない。


「この前話した時、野内君も知らない話だから、誰かっていうのは隠してたんだけど…もう絶対会えないと思ってたし。

 カミングアウトするけど、あの山口のテレビの話、野内くんて“ いすけ”でしょ、あ、柳井田さんと名前同じって気付いて1人で笑ってたの。

 でさ、今日再会しちゃったでしょ?

 私…どうしたらいいかパニックになって…。」


「そ、そうだったんだね、体の調子悪いのかと思ったけど、パニクってたんだね。

 わー、言ってくれれば…って、ムリか。光莉ちゃんもいるし、お店だし。

 すごい、こんなことって…。」


「言った方がいいと思う?“この子はあなたの子です”なんて、今さらだよね?迷惑だよね?」


「いやー、どうかな?迷惑… ではないんじゃない?びっくりはするだろうけど。」


「そうかなぁ…。ねえ、横川さん!私の代わりに伝えてもらうとか、無理?」


「イヤイヤイヤイヤ…それは流石に…。自分で言わないと。」


「だよね、分かってる。分かってるんだけど…。」

 

「もしかして、大高さんが“今さら”って思ってる?」


 大高さんはハッとした顔をする。

「だって、光莉はもう24歳だよ?今2人にカミングアウトしたところで、どうなるかな?もし光莉の存在を野内君に拒絶されたとしたら?

 光莉も私も…辛くなるだけだよね。」


「それはさ、言ってみないと分からないよね?まあ、光莉ちゃんには、野内君の反応見てからの方がいいと思うけど。」


「横川さんさ、もうちょっとだけここに居てもらっちゃダメ?せめて明日まででも…。

 なんか、術後でコレで、パニック過ぎて、ちょっと1人でいるのが不安で…。

 かといって、娘には相談できないから頼れないし。」


 困った…。私は自分の問題が解決した今は、すぐにでも子ども達や夫に会いたい。もう飛んで帰りたいくらいなんだけど…。

 でも、野内君と再会させたのは私で、責任が無いとは言えないし…。大高さん術後だし。

 私は迷った。


 

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