第11話 母ちゃんの家出

 私は家を飛び出して、とりあえず車に乗る。

 

 あの日いっぱい泣いたし、考える時間もあったから、あの日よりは冷静だ。

 いろんな返答パターンを想定して心の準備もしてたから、これは想定の範囲内だ。…最悪な方だけど。


 もし家飛び出すことになったら、ホテルに一泊しようと思ってた。

 前にネットでチェックしておいたホテルを検索して、空室を確認する。

 ちなみに、そのホテルは夫の疑惑のホテルとは違うホテルだ。

 空室があったので予約してそのホテルに行った。チェックインして部屋に行き、入った瞬間にベッドへダイブする。


 悔しい…。なんか悔しい。

 私の大事な24年とプラスアルファの時間が、こんなことで崩れてしまったのか…?

 そんな気持ちだ。


 ちょっと落ち着いてから、携帯の写真とホテルのレシートを見つめる。


 あれ?…なんか、この子、どっかで見た顔?

 いや、んな訳ない?

 まさか麻智の学校時代の友達とか?…じゃあないなぁ。そんなんじゃなくて…。


 名前が『HIKARI OOTAKA』

 え?ひ・か・り、お・お・た・か…?

 大高?[みけりす]が大高?まさか⁉︎

 …そんなはず?


 私はすごく、ものすごく嫌な予感がした。


 私の記憶と照らし合わせて、もし私が今一瞬想像したことが本当なら、物凄く最悪なことになると思った。


 どうしよう?

 でもさすがに探しには行けないか…?


 一晩ホテルで考えて、やっぱり不安が消えなかった。

 今でもたまに連絡を取ってる田原に電話する。

「もしもし、私、千夏。久しぶりだね。

 突然なんだけど、今日ヒマ?会えたりする?」


「久しぶり!どうしたの?すっごい唐突だね。今日は仕事遅くないし、大丈夫よー。今東京?」


「ううん、山口だけど、今から東京行こうと思って。」


「そっかー、じゃあ気をつけておいで。待ってるよー。」


 田原は昔から良い意味で軽いから、すごく気楽でありがたい。

 それからもう一人、別の友達に連絡する。新山口駅に近い場所で駐車場を経営してる友達がいるのだ。その子は『月極めだし、そんな満車になることないから、いつでも駐車場使っていいよ』と常々言ってくれてる。なので、東京へ行く間、車を止めさせてもらうことにした。もちろんお金は払うつもり。

 友達は快諾してくれた。


 一旦家に帰って、荷物をまとめてダッシュで駅へ行き、その時間にあった新幹線に飛び乗って東京へ向かう。


 東京へは麻智に会いにたまに行くけど、田原に久しぶりに会うと思ったら、大学時代の記憶がフラッシュバックしてくる。

 その思い出が次第に私の心を癒してくれ、ほんの少しだけどウキウキとさえしてくる。


 東京に着いたら夕方だったけど、田原が仕事終わる時間までまだあるので、デパートに行ってブラブラする。

 東京はお店がいっぱいあって、あれもこれも欲しくなる。

 腹いせに全部買ってやろうか?

 そう思ったら思い出してまたムカムカしてくる。


 田原から連絡が来て、田原が言う所まで行き、やっと会うことができた。

 会った瞬間はホッとして、そして久しぶりだから嬉しくて、自然と笑顔になってたけど、ご飯を食べながら話を聞いてもらったらまた思い出して泣けてきた。


 田原は「今日どこ泊まるか決めてるの?よかったらウチ泊まりなよ。今私一人だし、気が済むまでいていいよ。」

と言ってくれたので、その言葉に甘えることにした。

 正直、今日1日だけでも泊まらせてもらえたら、ゆっくり話もできるし嬉しいなぁと思っていたけど、ずっといていいとは…。友達ってありがたいと、心の底から嬉しかった。


 私が話をする度に泣いてるものだから、さすがに外ではちょっと…ということで、田原の家に行ってゆっくり飲みながら話することにした。


 田原は都内のマンションに一人暮らししている。

「3LDKでさ、一部屋使ってないから、好きに使っていいよ。」


「すっごい所に住んでるのね、びっくり。住所は知ってたけど、まさかこんなすごいとは…。高かったでしょ?

 そういえばさ、他のご家族はどうしたの?」


「あー、言ってなかったけど色々あって、今は1人。

 ここは安くはないけどね。でも場所的にお手頃で中古物件だから、そんなでもなかったの。

 私、ピアノと声楽の音楽教室の先生もしててさ、昔はレッスン室借りてたけど、思い切ってここを買って、一部屋を防音室に改装して、それ用に使ってるの。

 昼間は会社員で、夜と休日は教室の先生なのよ、働き者でしょ?」


「そっか、田原も色々あったんだね。話、私でよければ聞くからね。でもすごいね、働き者!今日は大丈夫だったの?それに本当に私いてもいいの?」


「今日は生徒さんの都合でお休みになってたの。レッスンの日は人が出入りするけど、それが嫌じゃなかったら、全然大丈夫。

 私もね、最近ちょっと寂しいと思ってたから、千夏がいてくれた方が嬉しい。話も…話せるようになったら話すね、ありがとう。」


 この、人に気を使わせないように嬉しい言葉をかけてくれる田原が、本当に素敵だ。


「私、ご飯作るよ!それくらいしかできないけど。」

「めっちゃ助かる!ありがとう!」


 それから私の居候生活が始まった。


「ところでさ、さっきの、旦那の浮気疑惑相手の情報って、何か無いの?」


「うーん、ホテルの領収書と写真だけ。さっきは外だったから出せなかったけど。」

 私はそれを田原に見せた。

「こっちが[みけりす]で、偽名じゃなければ名前が“おおたか ひかり”」


「…あれ?この子、どっかで…。

 あ!歌蘭うらちゃん⁉︎」


「ん?この[みけりす]が歌蘭ちゃんて子?」


「ううん、こっちの横向いてる子。この子ね、少し前までアイドルしてたんだよ。その頃は私貸スタジオでレッスンしてたんだけど、しばらく通ってたのよ。

 そっかー、歌蘭ちゃんが山口のオフ会ねえ…?じゃあ、この歌蘭ちゃんと浮気したの?」


「違う、だから、こっちの子。」


「えー?なんかそんな事しそうに見えないね。どっちかと言えば、歌蘭ちゃんの方がしそうだけど。」


「え、そういう子?」


「昔生徒さんだったからね、悪くは言いたくないんだけど…。

 とにかくガッツのある子で、貪欲だったの。練習も熱心にしてたんだよね。

 でも、アイドルのグループって足の引っ張り合いするようなこともあったんだよね。

 ある時歌蘭ちゃんにトラブルあったの。“策略に引っかかってしまった”って言ってたけど。グループの中では大きな問題になって、結局そこにいられなくなって辞めたんだ。で、芸能界もその後引退したんだ。

 元々ね、お金盗るとかも…なくは無いかもって感じ。」


 「へえー…。なんか、すごい子なんだね、怖。」

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