第3話 新年のご挨拶



 年が明けて、会社が始まる時、母ちゃんが「たまには私も皆さんに新年のご挨拶に行きたいわ。」と言って、会社に一緒に行くことになった。


 父ちゃんはとっても嫌な予感がしたけど、どうしても母ちゃんを止める理由が思いつかなかった。


 母ちゃんは会社に着いて、一人一人に声をかけ、割と丁寧にお話しする。


 そして最後に、1番若い島丘さんに話かけた。


「年末に主人を若い人の仲間に入れてくださってありがとうございました。とっても楽しかったらしくて、なんか若返ったようでしたよ。」

と、嫌味のない優しい口調で言った。


「こちらこそ、本当にありがとうございました!僕、飲み会なんて今まで参加したことなかったし、初めて会う人ばっかりだったのですごく緊張してたんですが、お店選びから社長にしていただいて、会も盛り上げていただいて、本当に助かりました。」


「それは良かった!あなたはまだ若いから、いろんな人に会って、いろんな体験した方がいいよね。

 どんな方が集まったの?」


「東京から僕と同年代くらいの女の子2人と、広島から少し年上の男性1人、山口の他の市の人で男の人2人と、山口の女の人が1人でした。それと僕と社長です。」


 父ちゃんはマズいマズいと内心焦っていたが、社長である手前、平然としてるフリをしなければいけなかった。


「そういえば、飲み慣れてないお酒、飲み過ぎたりしなかった?大丈夫だった?」


 ヤバい…!

 と思ったけど、その会話には入れない。そして他から電話がかかってきたので、電話の応対をしながら母ちゃんと島丘さんの話に聞き耳を立てる。


「はい、大丈夫でした!なんか、東京から来てた女の子が1人酔い潰れてましたけど、社長がちゃんと送って行かれましたし、僕は他の人達とほぼオールナイトで、そのあと普通に帰ってきました。

 途中どんどん帰っていって、最後まで残ってたメンバーは少なかったですけど。

 2次会までは社長に大体のお店を聞いてたんですが、その後は僕は飲み屋なんて分からないので、歩いてちょっと覗いてみたりして、良さそうな店に入ったんです。それもちょっとドキドキして楽しくて。で、入ったお店がなかなかいい感じだったので良かったです!」


 島丘さんは話しながら思い出してきたようで、その夜の楽しかった様子を少し興奮気味で話した。


 「でも、あれから何回かは連絡取り合ったんですけど最近東京の女の子達とは全然連絡取れなくなったので、もう用済みになったのかなぁとちょっと落ち込んでます。」


「そっか、連絡取れなくなったのは寂しいね。離れてるから仕方ないのかも。でも、またこっちにだって女の方いたし、これからだって楽しく集まれる女の子のお友達もできるかもしれないし、元気出してね。」


と言って穏やかに帰って行った。


 父ちゃんが聞こえていたのはこれくらいだけど、電話優先で、何を話してたのか分からない時もあり、全部は把握できてない。父ちゃんは冷や汗をいっぱいかいていたけど、母ちゃんの帰る様子が普通だったから、もしかして大丈夫だったのかなと、いい方に解釈した。


 でも、だいぶマズい事を話されたな、とは感じていた。


 本当に大変なのは、やっぱり家に帰ってからだった。


 母ちゃんは父ちゃんが帰ってくるなり、レシートを父ちゃんに見せた。


「これ、何?」


 あの日、父ちゃんが支払ったホテルのレシートだ。

 うっかり上着のポケットに入れたままだった。


 しかもホテルのレシートの名前には、ローマ字で、父ちゃんではなく別の人の名前が記載されていた。

 よく読めてないというか覚えてないけど、多分女性だと分かる名前だったそうだ。


 オフ会から帰ってすぐそのレシートを見つけていたけど、年末年始の間は黙って様子を見ていたみたいだ。


 母ちゃんは父ちゃんが言い逃れできないように、わざわざ島丘さんに会いに行ったのだ。


 でも会社の中では、父ちゃんが社長なので、そこは気を遣って荒立てず冷静に努めていた。


 で、帰ってから証拠を出して父ちゃんを問い詰めた。


 そして喧嘩になり、母ちゃんは家を出たー。


***


 母ちゃんはいったい何処へ行ってしまったのだろう…?


 母ちゃんの携帯に何回かけても“電波の届かないところ…”というアナウンスになる。


 “母ちゃん今どこ?連絡して”とメッセージを送ってもやっぱり返事は来ない。既読もつかない。


 母ちゃんの実家に聞いても、友達に聞いても、誰にも連絡すら無いという。


 思い当たる場所もなかったが、ちょっとその辺を車で探してみようかと思って外に出た時、近所のおばさんに声をかけられた。


「あれ?麻智まちちゃん、帰ってきよったん?お母さんは?」


「あ、こんにちは、お久しぶりです。母は今ちょっといなくて、何か御用でしたか?」


「あー、いやいやそうやなくて、この前新幹線の改札の所で見かけてね、どこ行くの?って聞いたら娘の所に行くって言っとったもんやけ、今麻智ちゃんの所におるんやろうって思いよったのに、麻智ちゃんがここにおるけえ、アレ?と思って。

 一緒に帰ってきたん?」


「あ、まあ、ハイ…。あ、そうだったんですね。

 ちなみに、それって何日の話ですか?何時のどの新幹線だったか分かりますか?」


「あー、会ったのは4日前のお昼過ぎ頃よ。どの新幹線か分からないけど、その時間の東京行きよったんやないんかね?そっちのホームに行きよったけえ。

 でも何で?会うたんやないん?」


「あ、そうなんですけど、会えたんですけど、来るって聞いてた時間とちょっと違ってたんで…それだけで…あとは特に、何でもないです。」


「そうね。ちゃんと会えてたんなら良かったね。じゃあお母さんによろしくね。」


と言っておばさんは自宅へ入っていった。


 麻智は近所の人に、母ちゃんが家を出ていったことは知られたくなかったので、嘘をついてしまったが、何とか知られずに済んだようだ。


 おばさんも根掘り葉掘り聞くタイプではないので助かった。


 ということは…母ちゃんは東京に行ったのかもしれない!


 私と入れ違いになって、もしかしたら私のアパートまで来てるかもしれない…!


そう思った麻智はすぐに東京へ戻った。

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