第2話 始まりのオフ会


 父ちゃんの会社に、島丘しまおかさんという20歳になったばかりの若い男の子がいる。


 島丘さんは、オンラインゲームで知り合った人がたまたま同じ山口県の人だと分かり、オフ会をしようという話で盛り上がったという。


 島丘さんのハンドルネームは[オカジ]、もう1人の人は[ゼットロス]。


 オフ会を募集したのは[ゼットロス]さんで、思ったより人数が集まった。


 山口県の開催に参加できる人の募集で、来られる人なら誰でもよかった。応募してきた人の中には東京の子も2人いたが、東京の子は年末の休みに旅行を兼ねて山口に来るということで、参加をオッケーした。


 島丘さんは初めてのオフ会だったけど、幹事をする事になる。


 もう1人の立案者である[ゼットロス]さんは、繁華街から随分遠くに住んでいて、お店の事は全然分からないということで、全部島丘さんにお任せにされた。


 島丘さんは20歳を超えたばかりだし、一緒に飲みに行く友達もいないので、それまで全く飲みに出たことがなく、どの店がいいかも分からず、しかも結構な人数でどうしようとすごく困ってる様子だった。


 そこで話を聞いた父ちゃんが、島丘さんを手伝ってあげる事にしたそうだ。


 父ちゃんがお店を選び、予約するのに島丘さんといろいろ話してたら盛り上がってきて、自分も参加したいと言い出した。


 島丘さんも父ちゃんがいてくれた方が安心するので是非にと、逆にお願いされた。


 父ちゃんのハンドルネームは[松下村しょうかそん]。父ちゃんが敬愛する人が、幕末に開いていた塾の名前の一部だそうで、パッと思いついたらしい。


 一応、島丘さんに教えてもらって、ゲームもしてみた。

 SNSでも皆に挨拶をして、晴れてオフ会のメンバーに入れてもらえることになった。


 東京からは女性2人、広島から男性1人、山口から島丘さんと、もう1人の主催者である男性と、もう1人別の男性と、女性1人と父ちゃんの計8人が集まる。



 整理すると、参加順で、

 ①主催者の男性 : ハンドルネーム[ゼットロス]

 ②サブ主催者で幹事の島丘さん : ハンドルネーム[オカジ]

 ③東京の女性 1 : ハンドルネーム[みけりす]

 ④東京の女性2 :ハンドルネーム[まいうい]

 ⑤広島の男性 : ハンドルネーム[モミジン]

 ⑥山口の女性 : ハンドルネーム[あいを]

 ⑦山口の男性 : ハンドルネーム[キシャル]

 ⑧父 : ハンドルネーム[松下村]




 オフ会は盛り上がり、父ちゃんはいい気分で程よく酔ってしまった。


 東京から来てた女の子[みけりす]がいつの間にか酔い潰れてしまい、ホテルに帰らせる事にしたのだが、一緒に来てたもう1人の女の子[まいうい]さんと島丘さんがいい感じになって、[ゼットロス]さんと広島の男性[モミジン]さんはゲームの話で意気投合していた。山口の[キシャル]さんと[あいを]さんは地元の話で盛り上がっていた。


 父ちゃんはもう帰る予定だったし、[みけりす]は1人で歩けないくらいだったので、一緒にタクシーに乗ってホテルの前まで送って行くことにした。


 ホテルの玄関前に着いたところで[みけりす]が突然泣き出したという。


 父ちゃんは突然のことで狼狽うろたえてしまい、タクシーの運転手もびっくりしてるので、とりあえずタクシーから降りた。ロビーでは人目もあるからと部屋まで送って、つい[みけりす]の部屋まで一緒に入ってしまった。

 そして[みけりす]をなだめて話を聞いた。


「どうしたの?大丈夫?あ、もしかしたら、こんなおじさんがホテルまで送ってきたから、嫌だったのかな?ごめん、ごめん。

 もちろん下心も何もないよ。もう帰るから安心して。」


「違うんです!すみません、突然泣いたりなんかして。実は…。」


 彼女は泣いた理由を話はじめた。


「私、彼が卒業したらなんですが、将来結婚する約束をした彼がいるんです。

 付き合いはじめてから特におかしいとも思ってなかったんですけど、ここにくる新幹線の中で、一緒に来た[まいうい]と話してたら、どうやら私の彼、詐欺師みたいだって言うんです。

 そんな訳ないと思って、山口に着いた時に電話したけど繋がらなくて、オフ会が始まってもう一回電話してみたら、“この電話はお繋ぎできません”ていうアナウンスで…。

 彼には、友達がどうしても山口に行きたいっていうから行ってくるね、って伝えてたんです。もしかしたらこのタイミングで逃げられてしまったのかなって…。

 帰って確かめようにも、東京まで行ける電車がもう無いし。

 実は、彼にお金を貸してるんです。お父さんの仕事のトラブルで、大学と下宿の仕送りがストップしてて、学費を払うお金が無いって言われて。私、お金も取られて逃げられてしまったのかも…。

 学生なのに詐欺なんて…まさかですよね?」


 と言って、また泣きだした。


 父ちゃんは、そんな酷いことするヤツがいるのかと同情し、[みけりす]が落ち着くまでしばらくそっとそばについていた。


 10分くらい経っただろうか、そろそろ泣き止むかなと思ったくらいの時、[みけりす]は突然「よし!」と気合いを入れた感じで言って、「ちょっとだけ飲み直し付き合ってもらえませんか?」と父ちゃんにお願いした。


 父ちゃんはすぐにでも帰りたかったのだが、泣いてる間、このまま置いていってもし思い詰めたりしたら…と心配していたので、少し一緒に飲んで、[みけりす]の精神状態が大丈夫な事を確認したら帰ろうと思い、「じゃあ1杯だけ。」と言って缶ビールをホテルの自販機で買ってきて飲んだ。


 すると、そんな深酔いもしてなかったつもりだったが、いつの間にか眠ってしまったらしい。


 目が覚めると朝になっていて、[みけりす]はいなくなっていた。


 テーブルの上に書き置きがあり、『話を聞いていただきありがとうございました。始発で帰ります。』と書いてあった。


 そして、『すみませんが、この部屋の支払いをお願いします。』とも書いてあった。


 「別にいいんだけどさ、起こしてくれればよかったのに…。」


 支払いを済ませて家に帰る時、父ちゃんは何してたんだろう…と脱力感に襲われた。

 でも、[みけりす]は無事に帰ることができたのだろうかと、気にもなった。


 そして家の玄関に着いた時、とてもマズい事をしたと気が付いた。


 いくら同情心とはいえ、家族でもない女の子とホテルに一緒に泊まってしまった!


 これは言い訳しても信じてもらえないだろうと、母ちゃんには「島丘さんが酔い潰れてしまったので、家まで送ってそのまま泊まった」と嘘をついた。

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