第10話

 湖水のほとり  3


 こうしてオリオン星座での健太の生活が始まりました。ある夜明け、健太はひとり、湖水のほとりを歩きました。そこには小さなやしろがあって、社の前には五つばかりの石段があるのです。健太は、その石段の一つに腰を下ろして遠くの方を見つめます。湖水の向こう岸の山の端あたりだけがほのかに明るくなって、でも、健太の真上の空にはまだ幾つかの星が白くきらめいています。健太は、なぜか時間のたつのも忘れて夜明けの湖水に目を落としていました。


 やがて湖水の面に朝焼けの空が染まり、山並みの輪郭もはっきりとし、砂原も野原も丘も谷間も一日の息吹の鼓動を開始すると、周囲は一段とにぎやかになってきました。健太は、ふっと我に返りました。周囲はいつの間にか明るくなっています。大きな太陽が左手の山の端に昇っています。そして、小鳥たちの鳴き声が聞こえてきます。背後で、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、との囀りがします。振り向いて右手をかざして真上を仰いでみると、ヒバリが二羽、高く低く浮遊しながら、小躍りするかのように互いに飛び交っていました。


 日差しの当たり始めた周囲の草むらでも、幾種類もの小鳥たちが、鳴き声を競い合っています。チュ、チュ、チュと鳴いているのは、メジロでしょうか。チュン、チュン、チュンとせわしく鳴いているのはスズメでしょう。一段と高く、ツツピン ツツピンと鳴いているのは、これは、まさしく四十雀です。姿は見えぬが、そんな嬉しそうな小鳥たちの鳴き声の競演が、健太の耳をうちます。


 するときじが一羽、健太の前を右手から左手へすっと横切っていきました。雉は、当初、右手の下草の向こうに姿を現し、ちょこちょこ歩いてきて、下草すれすれに飛びあがって低空飛行で健太の前を左手に飛んでいき、水の引かれた砂地に着地しました。そこにはすでにもう一羽の雉が、小刻みに頭を振り振り地面の虫をついばんでいました。その砂地に、二羽一緒になって仲良くついばんでいる様子を見、二羽の雉は、つがいなのだなと健太は思いました。

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