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 集落には魚介料理の店が三つほどあった。私は食事がまだであるため、せっかくなので頂いた。不知火は何も頼まなかったが、私の食事風景をじっと見ていた。焼き魚には焼く必要がわからないと感想を漏らした。

「不知火の好物は踊り食いが良さそうやしな」

「踊り食い?」

「生きたまま飲み込む食い方や」

 そもそも悔恨は焼けないだろうし煮物も不可能だろう。

「でも、添え物というか……ほら、こういう、醤油で風味を変えて食うようなやり方は、合うと思う」

 不知火は頷き、緩みかけた布をきっちり巻き直す。

 出で立ちに不思議そうな視線は受けるが不審ほどではないようだ。安堵した。あまり怪しいと、話すら聞かせてもらえないだろう。

 焼き魚は新鮮で美味かった。山にいるとそう食べる機会がなかったため、旅に出て良かったと実感する。不知火がいつか湖でとってくれた魚も好きだったが、潮の香りごと楽しめるような海の魚も気に入った。

「ハルは、好き嫌いがないのか」

「なくはない。灰団子は美味くはなかった」

「あそこのは、全部腐っちまってるよ」

「茶の味は普通やったけどなあ」

 既に旅の思い出がいくつもある。なんだか嬉しくなり、にやけてしまったらしく不知火に指摘された。でも彼も、目元が緩んでいた。

 食事を済ませてからすぐに店を出た。家同士は密集しており、海辺の森を崩して作られた集落だからか、高低差がある。舟を作るならば移動の苦労が少ない海沿いだろう。

 坂道を降り、海の望める行き当たりまで進んだ。太公望の姿がいくつかあり、釣果はそれなりのようだった。海にほぼ隣接する形で並ぶ建物は予想通りに店が多く、金槌の音が聞こえてくる一角があった。

 不知火を伴って、工房らしき建物を覗いた。漁業に使っている舟の修理中で、職人が数名、作業に没頭していた。そのうちの一人が我々に気付き、近付いてきた。邪魔だと言われる懸念を吹き飛ばすような笑顔だった。

「旅人さん? そう面白いもんでもないだろうけど、見学は自由だよ!」

 工房の責任者のようだ。彼は喜三郎と名乗り、修理中の舟についてあれこれと説明をしてくれた。気持ちのいい人柄である。喜三郎は不知火を見てどう思ったのか、変わった形の布を持ってきた。耳に引っ掛けるような紐のついた、不思議な装飾品だ。

「そっちのお連れさん、海の匂いが苦手なんだろう? 偶にいるんだ、山沿いなんかで暮らしてると慣れないだろうしねえ。良かったらこれ、使ってくれ。この紐を両耳に掛ければいいだけだ、一々結び直すのは大変だろう」

「それは……すみません、気を遣っていただいて」

「いいよいいよ! せっかく観光してくれるんだから、いい思い出を持ってもらわねえとなあ」

 ありがたく頂き、若干不審そうな目をする不知火に布を外させる。

「おお、兄ちゃん男前だねえ」

「そうですよね。ほら不知火、これをこうやって……」

「不知火?」

 喜三郎が素っ頓狂な声を出す。同時にそうだったと、名前の由来ごと思い出した。

 説明するかどうか悩んでいると、布をつけた不知火が代わりに口を開いた。

「おれは、名前がなかったから、この人が決めてくれた。不知火ってのは、海の近くだと、よく見れるのか? 食い物ではないだろうけど、興味があるんだ。見てみたい」

「確かに食い物じゃあねえや」

 喜三郎はわははと笑い声を上げ、私たちを工房の外へと連れ出した。

「ほら、海岸線が見えるだろ? あそこが夜に、燃えて見えることがある。ま、滅多にないんだがね。余程運が良けりゃあ見られるんじゃないか?」

「じゃあ、ここじゃなくても海沿いなら、見られるかもしれないのか」

「そうだねえ、しばらく海近くを旅するんなら、いつかは出会すかもなあ」

 不知火は頷き、喜三郎に礼を言った。人間に礼を言う姿が珍しく、ちょっと驚いた。喜三郎はわかりやすく快活で、面倒見の良さそうな雰囲気だからか、不知火の癪には障らないようだ。

 聞きたい話も教えてくれそうだ。工房に戻りかけた喜三郎を呼び止め、

「先程砂浜で、変わったものを見たのですが」

 舟を送り出す群れについて問い掛けてみると、納得したように頷いた。

「そうかそうか、確かにあれはどこでもやってることじゃあないだろうねえ、旅人さんが気になるのは当然だ」

「ええ、俺は山沿い出身なので余計に。……端的に聞くんですが、あれは補陀落渡海ふだらくとかいですか?」

 喜三郎は妙な顔をした。違うのかと思うが、それはなんだと聞いてきた。

「ああ、ええと……苦行の一つです。南方にあるという極楽を目指すために行うんですが、それに使われる舟に似ていたもので。俺も絵でしか目にはしてませんが……」

 人の乗り込むための入り口は釘を打ち付けられ、生きて戻れる作りにはなっていないと書物で読んだ。餓死を待つのみの、苦行というよりは自害だろう。

 私の説明を聞いた喜三郎は苦笑しつつ首を振った。

「なら、ほとんど逆の理由だよ。あれは水子供養や、海難事故で戻って来ない奴の供養のためにやってるんだ。ついこの間、酷い嵐があってね。その時に一人流されて、そいつを弔うために流したもんだ。舟を頼りに戻ってきた魂が安らぐようにと小部屋もこさえるんで、その、ふだ? だと勘違いしたんだな」

 なるほどと合点がいく。喜三郎に礼を伝え、舟造りをもう少し見せて欲しいとお願いをした。喜三郎は笑顔で快諾してくれた。

 海の方向をじっと見ている不知火の袖を引く。彼は余程、海に浮かぶ不知火が気になるようだった。

「海沿い、しばらく進むやろ? せやったら、喜三郎さんの言うように見られるかもしれん。その時は、一緒にゆっくり、眺めさせてもらおう」

 不知火は頷き、今度は工房に視線をやった。

「ハル、おれあいつがいいな」

「ん?」

「その辺りにいる浮浪者で試すって言ったけど、喜三郎がいい。あいつ、食いたい」

 不知火の目がゆっくりと紅くなった。選んだ理由は判然としなかったが、拒否する理由はないため、頷いた。

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