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 完全に山を降り切る手前に、登山趣味のあるらしい人間に出会った。もうすぐ街道だと教えてくれた後、彼にすばやく捕食された。がつがつとうまそうに肉や感情を食らっている姿を見つめ、なんだか微笑ましくなった。彼は本当に悔恨が好きなのだ。

「なあ、名前がないと呼ばれへんから、つけたいんやけど」

 彼は頭を噛みながらこちらを向いた。肯定ととって、彼の全身をしげしげ眺めた。真っ黒で大きな体と、他の獣たちよりも獰猛な牙と爪。これらも特殊だが、私が一番気に入っているのは、赤い目だ。

 一面が真っ白な、煙の中での不安を思い出す。もう駄目かと思った時に浮かび上がった彼の瞳の赤色は、安堵ともに嘆息をもたらした。

 美しかった。この圧倒的な獣に食われるのであれば構わないと、心底思ってしまったのだ。

不知火しらぬい、でどうやろう」

 提案すると、彼はかじり終わった人間を吐き出した。べちゃりと地面に落ちた遺体は無残だったが、白骨化はしなかった。彼は人型に戻った。口周りを自分で拭い、しらぬい、と小さく繰り返した。

「そう、不知火。俺も実際には知らへんけど、夜に海と空の境界……水平線が燃えて光って見える時があるらしい。なんでそうなるんかはわからん。怨霊が燃えとるとか、漁火の亡霊やとか、色々言われとるらしいけど、それ自体は不知火と呼ばれとる。あなたに似合うと思う。呼べる方が便利やから、これからはそう呼ばせてもろてもええか」

「……なんでもいいよ、はるのすけ。おれもはるのすけだと長いから、ハルって呼んでもいい?」

「それこそなんでもええよ」

 数秒、顔を見合わせた。そのうちに彼、いや不知火が笑い出し、私も釣られて少し笑った。

 山はもう終わりだった。街道を進めば、食事処や休憩用の茶屋があるだろう。不知火は人間の姿のままで歩き出し、私も隣に並んだ。一度振り返って山の姿を確認したが、すっきり晴れた青空の方が目に馴染み、煙の気配は最早どこにも見当たらなかった。




(けぶる骨・了)

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