第2節 千雪が行くー月本国編ー

@anyun55

第1章 千雪,月本国に戻る

第1話 カロック,サルベラ,メーララ,月本国に行く

月本国。


 それは,日本国とは異なる。日本国が存在する世界を表の世界とすれば,月本国が存在する世界は裏の世界だ。両者は,同じような文化言語を持っているが,政治体制が大統領制であったり,首都の名前が東都であったり,自衛隊ではなく,月本国の『軍隊』を有しているなど,かなり様相が異なっていた。


ーーー

 ーーーー


 東都郊外には,いろいろな豪邸や屋敷が並んでいる。その一つに飛びきり超豪華な豪邸あった。その豪邸に向かって走っている1台のリムジン車があった。


 ゴゴゴゴゴーーーー!!


 運転手が後部座席に座っているお嬢様に声をかけた。


 運転手「お嬢様,天気がいいのに,雷が鳴りました」

 お嬢様「そう?声をかけるのはいいけど,きちんと前を見て運転しなさいね?」

 運転手「はい,お嬢様」

 

 運転手は,そう返事して,前を向き直した。


 その時だった,目の前に,男が立っていたのだ!!


 ドーーーン!!(男とリムジンの衝突音)


 バン,バン,バン,バンーー!!(エアバックが膨らんだ音)


 キキキキーーーー!!(急ブレーキの音)



 その男は,リムジンに突き飛ばされて,10メートルも後方に吹っ飛んでしまった。急ブレーキを掛けたショックと,衝突の衝撃で,エアーバックが,運転手席,誰も乗っていない助手席,さらに,後方に乗っているお嬢様の顔にもエアーバックが膨らんで,衝突のショックを緩和させた。


 さすがは,高級車というべきだ。


 車が急停車して,運転手は,自分がほとんど無傷であることを確認した。その後,車からすぐに降りて,後方の後ろドアを開いて,お嬢様の状況を確認した。


 運転手「お嬢様!!お嬢様!!おけがはありませんか??」

 お嬢様「私は大丈夫よ。いったい,何と衝突したの?」

 運転手「どうも,急に男の人が現れたようです。今から状況を確認します」


 運転手は,急いで道ばたに倒れている男のもとに急いだ。


 運転手は,その男の奇妙な服装に違和感を覚えた。その男は,スカーフを首に巻いていて,あたかも中世の北欧貴族が着るようなアビ・ア・ラ・フランセーズのような制服を纏っていた。


 運転手「もしもし,そこのお方,お怪我はありませんか?」

 追突された男は,ゆっくりと起き上がった。彼はこの国の言葉を理解しなかった。


 彼は魔族語しか話せなかった。ただ,「あ,あああーー」とだけしか言えなかった。


 彼は,魔界からやってきたカロック隊長だった。


 お嬢様が,リムジンから降りて,カロックの元にやってきた。


 お嬢様「状況はどうなの?」

 運転手「はい,どうも,外見から見るだけでは,外傷はないようです。ですが,何を言っているのか皆目見当がつきません」


 お嬢様は,カロックを見て,少し顔を赤らめた。カロックはそれなりの美男子だった。


 お嬢様は,名をアカリと言った。アカリは,カッロクにさらに近寄って,カロックの手をとった。


 アカリ「一度,お医者様に見てもらう必要があります。車に乗りなさい」

 

 何を言っているかわからないカロックだったが,カロックに対して敵対している様子もないので,アカリの手に引かれるままに,リムジンに乗って,アカリの住む屋敷に行くことにした。


 - アカリの屋敷 ー

 アカリの屋敷に着いたあと,屋敷で常駐している医師と看護婦がカロックの体を検査した。意思疎通ができないカロックではあったが,状況判断から,身体検査をするもの推定して,自分から裸になった。


 その裸を見て,アカリと看護婦は顔を真っ赤にした。その鍛え上げられた体は,ミケランジェロのダビデ像の裸体よりもはるかに美しく健康的だった。


 医師「なんと,鍛え上げられた美しい体だ」


 医師は,外傷を検査することもなく,その裸体の美しさにほれぼれした。だが,一番早く我に返ったのは,アカリだった。


 アカリ「コホン,お医者様,鑑賞はそのへんでいいと思います。ところで,この方に外傷はないのですか?」

 医師「ああ,そうだな,そうだった。久しく,こんなきれいな裸体を見たことがないものだから」


 医師は,カロックの裸体を注意深く診ていった。


 医師「外傷はまったく無いようだ。内出血もしていない。大丈夫だ。もう,服を着ていい」


 カロックは,魔界語で返事した。

 カロック「すいません。あなた方の月本語は理解できません」


 医師たちは,カロックが何語を話しているのか,さっぱりわからなかった。


 執事が,携帯にインストールした200カ国語の自動翻訳機能を起動した。そして,その携帯をかざしてカロックに言った。


 執事「あの,すいませんが,もう一度言ってもらえませんか?」


 カロックは,状況から推定して,もう一度同じことを言えばいいと思った。


 カロック「すいません。あなた方の月本語は理解できません」(魔界語)


 執事は,自動翻訳機能を見た。


 『今の言語は,200カ国語以外の言語です。翻訳不能です』



 執事「お嬢様,残念ですが,200カ国語以外の言語のようです。コミュニケーションをとることができません」


 アカリ「困ったわね。でも,このまま放り出しても彼も困るでしょう。まあ,これも何かの縁でしょう。ここにしばらく住んでもらって,月本語を勉強してもらいます。至急,月本語の先生を採用しなさい。月本語を理解してもらいます」


 かくして,カロックは,名を『マサ』と名付けられ,臨時的にアカリの護衛として採用された。マサの仕事は,アカリのお嬢様学校への行き帰りの護衛だ。それ以外は,月本語の習得に集中することになった。


 数週間が過ぎるころ,マサは違和感を感じた。体内の魔力が回復しないのだ。空気中に魔素がないのが原因だ。


 魔素とは,魔力の元になるものだ。魔界では,空気中に存在している。だが,この月本国ではその魔素は存在していなかった。このままの状態では,いずれ魔力が使えなくなってしまう。


 体内に魔素を取り込ませる必要がある。マサは,周囲を歩き回って,どこかに魔素が漏れ出ていないか,探すことにした。


 数日ほど,動き回っていると,この屋敷内のある場所に魔素が漏れ出ているところを発見した。そこは,マサがこの世界に来てすぐリムジンに突き飛ばされた場所だった。


 どうやら,その地下に,魔鉱脈の一部があるようだ。車の通行の邪魔にならない場所を選んで,そこから,直径30cmほどの穴を掘っていった。1メートルほど掘っていくと,魔素濃度が濃くなってきた。この濃度なら,魔力指輪をそこに放置しておけば,魔素を吸収してくれる。


 マサは,亜空間から魔法石を頂いた数本の魔力指輪を取り出して,その穴の底に放置して土を被せていった。1週間もすれば,ある程度も魔素を吸収してくれるだろう。


 魔力問題を解決したマサは,兎にも角にも,月本語の習得に集中することにした。


 ーーーーー

 ーーーー

 東都郊外は,何も高給住宅外があるだけではない。運隊の演習場もあるのだ。ちょうど,陸軍の戦車部隊が,実弾射撃訓練をしているところだった。


 ドーーン,ドーーン,ドーーン


 豪快に実弾射撃訓練をしていた。分隊長が,双眼鏡で実弾の軌跡を追っていた。


 ゴゴゴゴゴゴーーー


 この時,晴れなのに,雷がなった。


 分隊長「え??何?」


 双眼鏡で実弾の軌跡を追っていた分隊長は,雷の雷鳴と合わせるかのようにして,実弾の当たるところに,少女が現れたのだ。


 白のマフラーをして,襟の立った派手な北欧の貴族が着るようなアビ・ア・ラ・フランセーズ風の正装をしていた。


 その実弾は,確実にその少女にヒットした。ヒットしたはずだった。なのに,その少女は,平然として,そこに立っていた。


 分隊長「打ち方やめ!!」


 戦車の射撃が止まった。


 分隊長は,部下5名と一緒に,その少女のいるところに駆け寄った。


 その少女は,いったい,どのような状況なのかを探った。急に,私に攻撃してきたのだ。でも,私が,ここに出現することなど,予測不可能なはずだ。ということは,この攻撃は,偶発的なものだったのか?それに,月本国では,魔法を使えるものはいない。白兵戦では,圧倒的に少女が有利だ。


 その少女は,そう考えて彼女に向かってくる隊員たちを見つめていた。


 その少女は,サルベラ長官だった。少女というには28歳なので,とても少女とは言えないのだが,それでも若作りのためか20歳前後にしか見えなかった。


 サルベラ長官は,明らかに巨乳だった。12㎏ものQカップをしていた。だが,いつものようにサラシをきつく巻いていたので,見た目ほどには,巨乳は強調されていなかった。でも,お尻周りは120cmもあるので,ひと目見て欲情をそそる体つきをしていた。そしてなによりも,かなりの美人なのだ。


 サルベラ長官のそばにやってきた分隊長は,その美貌とあまりに性感的な体つきに,性欲を覚えたものの,その気持ちを少しも表に表すことはなかった。


 分隊長は,敬礼の姿勢を示した。


 分隊長「大変,失礼しました!ここは,陸軍軍隊の射撃訓練場であります!申し訳ありませんが,この場所から退避していただきたくお願い申し上げます」


 サルベラ長官「やっぱり,そうなのね。そうだと思ったわ。わかりました。どちらに行けばいいのですか」


 サルベラ長官の月本語は,かなりスムーズに話すことができた。だが,明らかに,外人が話す月本語だった。すぐに,月本国の国民ではないことがわかった。


 分隊長「では,こちらにどうぞ」


 分隊長たちは,サルベラ長官を連れて射撃訓練場の管理棟へと移動した。


 分隊長は,道すがら,サルベラ長官に聞いた。


 分隊長「あの,失礼ですが,戦車からの実弾があなたに直撃したと思うのですが,大丈夫でしたか?」

 サルベラ長官「ああ,あの実弾ね。あんなの,中級レベルの爆裂弾よりも劣るわ。あんなので,やられるわけないでしょ」


 この話を聞いた分隊長と5名の部下たちは,お互いの顔を見合わせて,ぽかんとした。いったい,この女性はなんなのだ???



 ー 管理棟の会議室 ー


 分隊長は,この女性がただならぬ身分であることを考慮して,霞ヶ関の陸軍本部の大将,中将,さらに,人事部門の管理部門長らとネットで繋いで面談を持ってもらうように手配した。

 

 大将「私は,この国の陸上の防衛を担当する陸軍大将だ。そして,隣にいるのが,中将,そして,こちらが人事部門の管理部門長だ。背後にいるのは,それぞれの部下たちだ。さて,すまんが,あなたも,自己紹介をしていただけないかな?」


 サルベラ長官「私の名前は,サルベラよ。28歳。まあ,年齢は,どうでもいいわね。私は,この世界の人間ではないの。魔界から来たのよ。もっとも,魔界と言ってもわからないでしょうけどね」


 大将「魔界!??」

 中将「大将,魔界って,あのα隊のいる,あの魔界ですか??」

 大将「中将,待て,早まるな。もっと,話を聞こう。サルベラさんとか言ったね。その魔界の詳しく聞きたい。その世界では,魔法が使われているのかな?」

 サルベラ長官「そうよ。魔法の国と言ってもいいわ」

 大将「そうか。それで,その魔法の国の国王の名前はなんというのかな?」

 サルベラ長官「パルザン国王」

 大将「では,その国王の弟の名前はご存じかな?」

 サルベラ長官「ピアロビさんよ。この世界にちょくちょく来ているわ。私の月本語は,そのピアロビさんの奥様から習ったのよ。この国の習慣常識もね」

 大将「なるほど,嘘を言っていないな。ところで,ほかにこの世界に来た人はいないのかな?」

 サルベラ長官「詳しく話してもいいけど,協力してくれないと話せないわ。協力していただけますか?」

 大将「あなたの身分が分かった以上,ほっとけない状況になった。全力で協力してもらう」

 サルベラ長官「実は,わたしたちは,4名でこの世界に来ました。ですが,どうもばらばらになってしまったようです。


 私以外の3名は,千雪,メーララ,カロックというものたちです。


 千雪は,もともとこの世界の人間です。16歳,女性。美人です。胸が私以上に大きいです。千雪のことは心配しなくていいです。いずれ,どこかで大きな問題を起こしますからほっといていいでしょう。


 次に,メーララ,25歳。彼女は,私以上に月本語が達者です。彼女はこの世界で金儲けをするために来ました。彼女のこともほっといていいでしょう。なんとか自分でやりくりできると思います。


 ですが,問題は,カロックです。24歳,男性。彼は,まったく月本語を解しません。おまけに一文無しです。彼は,魔界でもトップクラスの魔法使いです。彼が怒れば,この町のひとつやふたつは火の海になるでしょう。彼を至急に探して保護してほしいと思います」


 大将「なるほど。まずは,そのカロックという男性を探せばいいのだな?了解した。ところで,メーララという女性は,金儲けでこの国に来たと言ったが,あなたは,何が目的でここにきたのかな?」


 サルベラ長官「私は,別にこの国に来たくて来たわけではありません。カロックもそうです。千雪にむりやり連れてこられたのです」

 

 大将「ほほう。では,千雪は,あなた方をこの世界に連れてきて,何をしようと考えているのかね?」


 サルベラ長官「千雪の思考回路は,よく理解できません。直感で動くタイプですから。私たちは,魔界でもかなりの魔法使いです。多分,私たちを使って,新しい宗教でも創って,贅沢三昧を考えていたんでしょう。千雪は,魔界でも宗教を創って金儲けをしていましたから」


 大将「フフフ。まあ,人間,誰しも金儲けをして贅沢三昧したいものだよ。別に,千雪さんやメーララさんが特別というわけではないと思うがね。わかった。では,あなたのことは,魔界に理解のある部隊に任す」


 中将「ということは,通称『α隊』,治安特別捜査部α隊に任すのですね?」

 大将「そうだ。よろしく手配を頼む」

 中将「了解しました。分隊長,あとで,治安特別捜査部α隊の隊長から連絡をとってもらう。後のことは,α隊に任せなさい」

 分隊長「了解しました」


 かくして,サルベラ長官は,治安特別捜査部α隊に席を置くことになった。そこで,サルベラ長官は,『十和子』と呼ばれることになった。というのも,10番目の隊員だからだ。一番下っ端で,女性ということもあり,お茶汲みの仕事からスタートすることになった。



 ー 治安特別捜査部α隊 ー


 治安特別捜査部α隊とは,組織上は,警視庁の下部組織に位置する。だが,それぞれ部員は,陸上軍隊出身が2名,海上軍隊出身が2名,航空軍隊出身が2名,警視庁特殊部隊出身が2名,海上保安部隊出身が1名からなる混成組織になっている。それぞれが出身部隊のすべてのデータベースにアクセルできるという強力な特権を与えられている。そのため,ここへの出向は,出世コースのはずだった。


 この組織の任務は,通常の常識の範囲では解決することのできない事件などの調査を行う。調査をするだけで,犯人逮捕などは行わない。例えば,幽霊とか,妖怪などが引き起こす事件だ。というのも,魔界という別の世界が存在することが数年前から判明したので,魔界がらみの事件を調査するという名目でこの組織が立ち上がった。だが,まったく魔界がらみの事件が起きなかったので,やむなく,幽霊とか,妖怪??など,わけのわからないような事件も扱うようになった。


 今では,警視庁内部でも,α隊は暇そうにしているという噂が流れてしまったので,ちょっとでも変な事件が起きたら,ダメもとで,その調査をα隊に押しつけてやれ,という風潮ができてしまった。所詮,調査しかしないので,α隊に期待するものは,トップの連中は別にして,ほとんどいなかった。


 治安特別捜査部α隊の事務所は,逗子海岸沿いにある4階立て住宅の中にあった。一階部分が事務所になっていて,2階部分は,会議室,トレーニング室,倉庫となっており,3階と4階は居住区だ。十和子は,4階の一番奥の部屋を陣取ることになった。1LDKで,10畳の大きなリビングの部屋だ。一人暮らしでは充分に贅沢な部屋だ。


 なぜ,このような都心から離れた場所に事務所があるかというと,理由は簡単だ。隊長が横須賀の海上軍隊出身だったため,そこからあまり離れたくなかっただけの理由だ。もちろん,警視庁本部にもα隊の部署はある。だが,現時点では,分署扱いになっている。


 十和子は,今の身分にまったく不満はなかった。α隊のみんなは,魔界出身の十和子に理解があり,優しくしてくれた。毎日,朝早く起きて,事務所の清掃は少々面倒くさいが,他の隊員もよく手伝ってくれるので,助かっている。なんせ10名というこぢんまりとした組織なので,和気藹々として楽しい職場だった。


 カロックの捜索については,すでに手配済みだ。似顔絵も提供したし,これ以上,十和子にできることはなかった。


 だけど,十和子にとって,千雪と一緒にいるほうが楽しいと思った。千雪は,破天荒だが,それだけに刺激が多かった。今のα隊は,まったく重要な仕事がなく,退屈な仕事ばかりだった。


 十和子は,仕事が終わって,自分のベットにつくと,いつも千雪,メーララ,カロックのことを思い出す。かれらは,今ごろ,何をしているのだろうかと。いつになったら,彼らに合流できるのかと,,,,


 十和子は,まだ,この時には,魔力問題に気がついていなかった。



 ーーーー

 ーーーー

 東都の郊外には,ある特殊な場所がある。イタコと呼ばれている連中が住む地区だ。そこは,富士山の山麓に位置していて,しかも,周囲が絶壁で囲まれている。年中霧がかかっていて,それが一層,神秘さを醸し出している。


 この世界のイタコは盲目ではない。厳しい修行の末に,あの世の霊魂を呼び寄せる能力を身につけるのだ。1回の相談料は1時間3万円が相場だ。単に,死者との会話ができるだけでなく,死者から未来予知的な言葉が聞ける場合もある。そのため,有名なイタコともなれば,相談料は,天井知らずの価格になることもある。


 世の中には,そこに目をつけて,詐欺まがいの商売を行うものが出てくる。というのも,一般人にとって,死者と会話するということが,ほんとうに死者と会話しているのか嘘なのかを見極めることなどできないからだ。


 この地区で,最近,キクと呼ばれるイタコが名をはせており,連日,行列ができるほどの人気になっていた。

 

 キクは,もう70歳を超えるほどの高齢だった。そのため,身の周りの世話をするものが3名ほどいた。


 ゴゴゴゴゴゴーーー!!


 雷の雷鳴とともに,ひとりの少女が天から降ってきた。少女というには,ギリギリセーフかもしれない。その少女は,メーララだった。年齢は25歳。ちょっと少女というには,おこがましいが,美人の上,若作りのため,少女と呼ぶにふさわしかった。


  行列を組んで並んでいた人々は,一同に,唖然とした。


 「え???雷で人が降ってきた!!」

 「見て!!そこは,崖よ!!」

 「落ちたら,もう,助からないわ!!」

 「あ,あぶない!!」

 「落ちる!!」


 ズルッーー


 メーララ「え?滑った??」


 メーララが,立っていた場所は,ちょうど絶壁の崖っぷちのところだった。体を起こしたところ,足を滑らしてしまった。


 メーララ「キャーーー」


 メーララは,崖から落ちてしまった。崖といっても180度の直角ではなく,100度くらの急斜面の崖だ。


 ダンダンダン!!


 メーララは,崖から落ちていった。メーララは落ちる際に,体全体に防御結界を張った。だが,結果的には,そこまでする必要がなかった。というのも,底面には草むらが茂っていて岩石などの硬いものはなかった。そのため,防御結界を張らなくても,20メートル先の崖の底面に直撃したとしても,致命傷になる可能性は低かった。致命傷にさえならなければ,メーララの卓越した回復魔法であれば,いくらでも完全に治すことができた。


 行列を組んで並んでいた人々は,イタコであるキクの付き人に,状況を説明して至急助けを呼ぶようにと訴えた。


 キクの付き人は,カエデ33歳の女性,ソウマ36歳の男性,タクミ22歳の男性だった。彼らは,この地が僻地であることを知っており,救急車を呼ぼうが,2,3時間もかかることを知っていた。そのため,まず,自分たちでなんとかすることを考えた。幸い,カエデは,看護婦の経験があるので,多少の医療技術を有していた。


 カエデ「ソウマ,タクミ,崖に落ちたという女性をここに運んで来てちょうだい。ここなら,多少の医薬品があるから,応急措置くらいはできるわ」

 ソウマ「了解した。タクミ,いくぞ!」

 タクミ「はいはい。詐欺の勉強をしに来たのに,人助けとはね,,,」

 カエデ「タクミ,人前でそんなこと言う者ではありません!!」

 タクミ「へえへえ,,,」


 ソウマとタクミは,非常用のロープを下ろして,崖の底面に向かった。


 底面では,メーララが,大の字になって青空を見上げていた。月本国の青空は,魔界と違って透明度が低いと感じた。『これが,スモッグというものか,,,』


 メーララは,感慨深げだった。千雪やサルベラ長官,カロック隊長らとはぐれてしまったものの,ぜんぜん不安はなかった。というのも,自分の月本語のレベルに自信を持っていたからだ。それに,亜空間には豊富に金貨がある。それを換金すれば,一生この世界で生活して,やっていけるだけの資産はあった。


 青空では,トンビが優雅に旋回していた。


 メーララ『これから,この世界で生活していくのね。魔界では達成できなかったことをしてやるわ。まず,そうね,,,この国の富を独占しようかな,,,超ハンサムを何人も侍らして逆ハーレムを作って,,,,』


 メーララの空想はそう長くは続かなかった。


 崖の底面に着いたソウマとタクミは,大の字で横たわっているメーララを見た。メーララの美貌もさることながら,服の上からでもわかるその巨乳に目が奪われた。


 

 メーララは,白のスカーフに,中世の北欧貴族が着るようなアビ・ア・ラ・フランセーズの服装を纏っていた。ただし,千雪に負けず劣らずの20kgもの胸をしていてたので,その部分だけが,異様に出っ張っていて,かつ,お尻周りも120cmもの大きさなので,その性的なアピールは,半端ないレベルだった。おまけに,メーララも,かなりの美人だった。


 ソウマ「あの,,,お美しいお嬢様,,,」


 ソウマは,あたかも媚薬中毒になったかのように,顔を真っ赤にして,言葉を口にした。


 メーララ「何かしら?」

 メーララは,何事もなかったかのように返事した。

 ソウマ「お美しいお嬢様,,,お怪我はありませんか?」

 メーララ「そうね,,,腕に怪我をしてしまいました。どうしましょう?」

 ソウマ「そうですか,では,お美しいお嬢様,私どもの同僚が医術の心得が多少ありますので,彼女に見てもらってはどうでしょう?こちらに,迂回道があります。15分程度かかりますが,道はさほど急な坂ではありません」

 メーララ「そうね,そうさせていただこうかしら。ご迷惑をおかけします」

 ソウマ「滅相もない。では,どうぞ,こちらに」


 ソウマとタクミは,メーララをキクの屋敷まで道案内した。



 ー キクの屋敷 ー

 

 キクのいる屋敷は,屋敷と言っても一階平屋建てで,さほど大きな建物ではない。それでも屋根が瓦葺きで,大きな梁を使って建てられた歴史のある家なので,屋敷と呼ぶにふさわしかった。


 ソウマとタクミは,メーララをキクの屋敷の一室に案内した。それを見たカエデは,客のさばきを一時中断して,メーララのいる部屋に移動した。


 カエデ「あら?あの崖から落ちたのに,服が全然汚れていないわね」

 メーララ「ええ,幸い,草むらの上に落ちたものですから,汚れませんでした」

 カエデ「そう?まあいいわ。怪我したところを見せてちょうだい。応急措置をしてあげましょう。ソウマとタクミは,この部屋から出ていきなさい」


 ソウマとタクミは,渋々この部屋から出ていった。


 カエデはメーララが怪我した腕に赤チンキを塗りながら,メーララに根掘り葉掘り問いただした。

 

 カエデ「あなた,名前はなんていうの?それに,この国の人ではないわね?」

 メーララ「メーララといいます。遠い国から来ました」

 カエデ「この国に何しに来たの?」

 メーララ「お金をいっぱい稼ぎにきました」

 カエデ「あなたのその美貌と体だったら,銀座のママでもやっていけるわよ」

 メーララ「体を売る仕事はいやです。売るなら100万円以上でないと,,,」

 カエデ「なるほど。でも,メーララさん,こんなところで金儲けしに来たの?」

 メーララ「実は,ここがどこかわらないのです。すいませんが,掃除でも料理でもなんでもしますから,しばらくここに住ませていただけませんか?」

 カエデ「ここの主は,キクのババアだけど,問題ないと思うわ。実質,私が仕切っているようなものだからね。ここで,どんなことやっているか,理解するのも,金儲けのヒントになるかもしれないわよ」

 メーララ「はい,ありがとうございます」


 カエデは,赤チンを塗ったあと,包帯を巻いて応急措置を終えた。



 ー キクの部屋 ー


 キクの部屋では,客がイタコのキクを待っていた。カエデは,メーララを部屋の隅に座らせて,カエデ自身は,キクが来るまで客と世間話をしていた。


 キクは,別室で待機していた。その部屋には,モニターがあり,カエデと客が話している内容も正確に聞くことができた。


 ソウマとタクミもキクのそばにいて,客の個人情報を正確にピックアップして,キクに何度もインプットさせていた。


 キク「ありがとう,だいたい覚えたわ。客の名前は,佐々木美枝子。亡くなった方は,ご主人で,3年前に交通事故で死亡。今年,娘さんの妙子さんが難関大学に合格したので,その報告にきたわけね。うん,覚えたわ」


 ソウマ「では,がんばってください」


 キクはニコッとした。キクは,齢70歳だが,実は38歳だ。特殊化粧方法で70歳に見えるようにしている。完全なサギだ。


 キクが客の前に姿を現した。


 キクの場合,15分で2万円が相場だ。カエデが客から2万円を受け取って,領収書を渡した。


 キク「お客様,どなたの霊魂をお呼びになりたいのですか?」

 客「はい,亡くなった私の夫です。佐々木辰巳といいます。45歳でなくなりました」

 キク「では,その佐々木辰巳さんの霊魂を呼んでみます」


 キクは,お祓い棒で,なんども左右に振って,それらしいボーズをした。


 キク「えい!やーー!えい!やーー!」


 さらに,ブツブツと小さい声で何かをいった。こうしている時間も15分の中に含まれる。そうこうしているうちに,5分が経過した。


 キク「おおおおーーーえい!!えい!!えい!!!!」


 キクは,眼をつむって,半分体を倒した。20秒間その姿勢で停止した。


 それから,ゆっくりと体を起こした。


 キク「え?ここは,どこだ?ん??お前は,,,美枝子か?美恵子なのか?」

 客「はい,はい。美恵子です。美恵子です。あなたなのですね?あなたー--」


 客は,キクの体を少し抱いた。


 キク「美恵子か。元気にしていたか?妙子も元気にしているのか?」

 客「はい。妙子も元気にしています。今年,念願の東都専門大学校に無事合格しました。あなたのおかげです」

 キク「そうか,無事に合格したか。美恵子,頑張ってくれたんだな。ありがとう。美恵子,もう,私のことはもう忘れてもいい。もし,いい人がいれば再婚しなさい。美恵子も新しい人生を歩んでもいいのかもしれん」

 客「あなた,そんなこと言わないでください」

 キク「もう,そろそろ戻る。美恵子,無理に再婚はしなくてもいいが,もしいい人がいれば,自分の幸せを優先しなさい。もう,元の世界にもどる。元気でな」


 キク「うっ,うっー--」


 キクは,何度かうなったあと,再び叫んだ。


 キク「えい!えい!!えー--い!!」


 キクは,態勢を整えた。


 キク「お客様,お望みの方とお話になりましたか?」

 客「はい,夫と話ができました。ありがとうございます。ありがとうございます」

 キク「それはよかったです。では,これで失礼します」


 キクは,また,別室に戻った。


 カエデが客のそばに寄ってきて,客を出口まで見送った。客は,カエデにも何度もお礼を言ってから去った。


 この『劇場』をメーララは,部屋の隅から見ていた。メーララは,霊体を見ることができる。かつ,オーラも見ることができる。あのキクというババアは,けっして70歳ではない。30歳そこそこの女性だと見破っていた。それに,霊体が憑依した現象もまったく見られなかった。完全な詐欺と言っていい。だが,客はすごく納得して帰っていった。


 はたして,ほんとうに詐欺と言っていいのだろうか?客に満足を与えるという意味では,決して詐欺商法ではないのかもしれないと感じた。


 メーララは,おもしろい商売があるものだと思った。その後,2名の客を迎えたが,同じような手法で客は満足して帰っていった。


 キクの仕事が終わったあと,カエデは,メーララをキクに紹介した。


 カエデ「キク,こちらのかたは,しばらく居候をしていただくメーララさんです」

 

 キクは,メーララを見た。


 キク「メーララさん?あなた,体つきもすごいけど,そのオーラ,半端ないパワーを持っているわね。あなた,人間なの?」


 カエデ「え?」

 ソウマ「え?」

 タクミ「なに??」


 カエデたちは,キクを使って詐欺まがいのことをしているのだが,キクが霊能力がない,ということではなかった。実は,キクは,れっきとした霊能力者だった。イタコのような口寄せはできないが,ヒトのオーラを見ることができた。そのため,ヒトの寿命を予測することができ,病気の原因を言い当てることもできる。それだけでも,そこそこ生活できるくらいの小銭を稼ぐことはできるのだが,キクとカエデが知り合ったことで,詐欺という道に大きく舵を切ってしまった。


 メーララ「私は,この世界の人間ではありません。その意味では,正しいです。でも,私のいた世界の人間と,この世界の人間は,性交して赤ちゃんを産むことができます。その意味では,同じ人間です」

 キク「この世界の人間ではない?」

 メーララ「はい,そうです。わかりやすくいえば,魔法のある世界から来ました」

 キク「魔法?あなた,魔法が使えるの?」

 メーララ「使えます。ですが,この月本国では,大気中に魔素がないので,魔法を使ってしまうと,もう魔力を回復する方法がありません。使えないのと同じです」

 キク「そう,残念だわ,,,」


 メーララ「キクさん,あなた,30歳そこそこの年齢ですね。そして,霊魂は,決して呼び寄せてなんかいない。うまく話を合わせているだけ。でも,お客さんを幸せな気分にさせて満足を与えているのですから,正当な商売ということができるのかもしれません」

 

 キク「メーララさん,あなた,霊魂を見ることができるの?」

 メーララ「はい,それが専門ですので」

 

 キク「そんなことができるなんて,初めて聞いたわ」

 カエデ「そ,それって,すごいことなの?」

 ソウマ「?」

 タクミ「??」


 キク「それは,すごいことよ。この世に除霊師はかなりいるけど,ほんとうに霊魂を見ることができるのは,ひとりいるかどうかね。他の人は,オーラが見える程度よ,私も含めてね。霊魂が見えるということは,悪霊,怨霊,幽霊の本体を見ることができるわ。それこそ,真に除霊する能力を有するのよ」


 カエデ「そんな話,初めて聞いたわ。でも,ほんとうに除霊ができるなら,もっとお金をふんだくれるわね。メーララを使って,いくらでも金儲けができるわ。メーララ,協力してね?」

 メーララ「それは,かまないけど,私にもメリットがほしいです。例えば,,,そうね,詐欺のノウハウを教えてもらうとか」


 カエデ「いいわ。詐欺,いや,洗脳術とでも言えばより適切かもしれないけど,洗脳術はすごいのよ。合法的に相手の財産をすべて剥奪することができるの。私たちは,そのための足ががりとして,こんなことをしているのよ。数ヶ月もすれば,新興宗教を興して,信者を集めるの。そして,信者の財産をすべて寄付させるという流れよ」


 メーララ「財産すべてを寄付させる?でも,その人は,活きていけなくなるんじゃない?」

 カエデ「信者は喜んで寄付するのよ。その後,食べれないで野垂れ死にしようが関係ないわ。それが洗脳術なの。まあ,おいおい,教えてあげるわ。ここに来る客には,すでに洗脳術を少しずつ施しているのよ。今は稼ぎが少ないけど,信者を集めるための布石なのよ。雌伏の時といってもいいわ。数ヶ月まてば,面白いものを見せてあげるわ」


 メーララ「では,よろしくお願いします」


 メーララは,この地でしばらく生活することにした。だが,数週間もすると,魔力が回復しないことが判明した。空気中に魔素がないのだ。それに気がついたメーララは,一瞬,焦った。


 だが,メーララは,この地に飛ばされたのには,何か理由があると悟った。何かに引かれたのだ。それは,魔石か魔鉱脈に違いないと憶測した。


 メーララは,周辺の探索をして,まもなく,空気中に魔素が漏れ出ている場所を発見した。そこを掘ると,魔鉱脈の一部が露出した。早速,亜空間から魔法石を頂いた指輪数本を取り出して,そこに魔力を移した。こうすることで,いつでも体内に魔力供給をすることが可能となる。


 魔力問題を解決したメーララは,集中的に,詐欺商法を習得していった。


 メーララを得たキクたちは,メーララを教祖に押し立て,夢現幸福教を設立して,新たな詐欺商法への道をまっしぐらに突き進むのだった。

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