光門戦士エタァナル
満井源水
光門戦士エタァナル
ヒーローなんて、大嫌いだった。
悪者を倒すのに、あんなに派手な恰好をしなくていいじゃないか。警察に入って制服を着て、警察官の職務の一環として戦えばいいじゃないか。ニュース番組で活躍するヒーローを見るたびに、胸のうちにモヤモヤしたものが湧き上がるのを感じた。ただ今にして思えば、社会において5%……クラスにひとりふたりいる、冴えない無能力者であるがゆえの僻みだったのかもしれない。
世の人間の多くは能力者とはいえ、その大半は地味な能力だ。それでも「無能力者よりはマシ」とされるため、無能力者はなにかと肩身が狭い。マッチングアプリでも婚活でも就活でもクレジットカードの審査でも超能力の有無や種類を訊かれるし、無能力者だと述べた途端、何かを察したような顔をされるか、場合によっては露骨に嫌な顔をされる。
そのため、
──だからといって、悪質な金融業者、いわゆる闇金に頼ったのが間違いだった。
いま小門は廃墟となったビルの屋上で、鉄柵の上に立たされて道路に向かっていた。あと一歩踏み出せば10m下の地面へ真っ逆さまの状況で、背後には黒服の男たちがずらりと並び、みな一様に小門へ銃を向けている。
「オトシマエや。借りたモン返さへんからこうなるんやで」
ヤクザのドスの利いた声で、思わず全身が縮こまる。
俺は、このまま死ぬのか。自分は何も成し遂げられないまま、何者にもなれないまま、惨めに朽ちていくのか。これから訪れる、肉体の苦痛と自我の消失の恐ろしさに小門は目をぎゅっとつぶった。
「ケツの穴増やしたらぁっ!!」
黒服たちが引き金を引いた。鼓膜が破れそうな音を立てて、鉛の弾は様々な角度から小門の尻へ向かう。
途端に、異変は起こった。小門の尻が光りだしたのだ。中年男性の肛門が放つ光は時空をわずかに捻じ曲げ、弾丸は小門の尻穴へ吸い寄せられていく。
「なっ……なんや!?」
黒服たちのリーダーが後ずさる。小門にも、何が起こったのか理解できなかった。
「こいつ……能力者かいな!?」
黒服がどよめいていると、強風が巻き起こった。突然、上空に人影が現れる。
「──悪いな。遅れちまった。なんせヒーローなもんで」
男が手で空を薙ぐと、強風が黒服の男たちを吹き飛ばした。
「ぐわぁっっ!!」
紙くずのように吹き飛んだ黒服たちは、鉄柵やお互いの身体、地面などあちこちにぶつかって、気絶した。
「オッサン、ケガしてねぇか?」
ヒーローの男はゆっくり降りてくると、小門の肩を掴んで揺らす。
「しかし面白ぇ能力してんなオッサン!ケツが弾吸い込んでったぞ!」
しかし、小門はかぶりを振った。
「いや、……今のは俺の能力じゃないと思う。俺は、無能力者だから」
「マジ?」
ヒーローの男は首を傾げた。そして、一つのことに思い当たった。
「あー、もしかして、能力検査受けてないのか。若い奴は学校で受けるけど、オッサンはオッサンだもんな」
そして、ポケットからしわくちゃの名刺を2枚差し出した。一方は病院の名刺、もう一方は「風使いヒーロー ウインド」と書かれており、かなり美化された似顔絵が印刷されている。
「これ、俺がケガしたときに行ってる病院。ここで能力の検査できるからさ、一回見てもらえよ」
「……いや、いいよ。尻で銃弾を吸い込む能力なんて、何の役にも立たないだろ」
ウインドは面白くなさそうな表情をした。
「えー、ヒーローやったらいいのに」
何を言っているんだ、この男は。小門は唖然とした。
「お、俺が、ヒーロー?」
「オッサンの能力、ぶっちゃけ強くねーけど、人を守るのには向いてるなって思ったから」
そして、ウインドは遠くを見つめた。
「ヒーローって、楽しいんだよ。助けた人に『ありがとう』って言ってもらえるしな」
にかっ、という擬音がふさわしい笑みを見せた。
自分が、最後にこんなふうに笑ったのはいつだったか。そう思うと、小門は少し寂しさを感じた。
◆
「小門さんの肛門は、異次元に繋がっています」
医者がこんな事を言うとは思わなかった。そして、それが自分の話であると思えなかった。あと、ちょっと言葉の響きが漫画のタイトルみたいだ。
病院の能力検査を受けた小門は、少しだけそわそわしていた。なんだかんだいって、能力は無いよりある方がいいとされる世の中の風潮には、不承不承に同意していたのだ。
「それでは、試験についてですが」
医者が何やらA4サイズの封筒を取り出した。
「……試験、ですか?」
小門は目をぱちくりさせた。
「はい。明日のヒーロー資格試験の事前検査にいらっしゃったんですよね?」
医者は首を傾げる。もしかしてウインドという男、ものすごく大事なことを言わなかったのではないか。
ヒーローなんて、生まれ持った能力にかまけて浮ついた奴らじゃないか。資格試験なんて受けてやるものか。そう小門は机の下の拳を握りしめる。
「小門さんの受験番号ですと……ウインドさんのアシスタントとして、実際に戦闘を行ってもらいます」
……しかしウインドの名前が上がって、小門は考えを改める。彼はヒーロー活動を楽しそうにこなしていたし、何より小門の能力が人助けに向いていると言ってくれた。
彼と一緒なら、受けてみるだけやってみてもいいか。そう思った。
──試験当日。医者に渡されたインカムや受験票などを持って、小門はのこのこと待ち合わせ場所にやってきた。
先に着いていたウインドが、小門を認めるなりひらひらと手を振る。
「おー、オッサン。オレのとこに来たのか」
ウインドは小門の肩を叩いた。
「まあオレに当たったの、ハズレだと思うけどな」
「え、ハズレ……?」
小門がぎょっとする。ウインドは笑うと、ペロリと舌を出した。
「だって、全部俺が倒しちゃうもん」
右耳に装着されたインカムから、警察による報告が流れる。
「テロリストが人質を取ってビルを占拠している。そしてテロリストの能力は吹雪を起こす能力だ」
それを聞くと、ウインドは自らと小門の身柄を風の力でビルの上まで軽々と飛行させる。
「よし、行くか」
◆
「──来やがったな、ヒーロー!!」
テロリストはビルの窓から顔をのぞかせると、吹雪を巻き起こした。氷の礫の混じった巨大な風の塊は、ウインドと小門へ襲いかかる。
「風のぶつけ合いで、オレに勝てると思うなよ!!」
ウインドが吹き下ろす風を起こした。
相反する2つの風は押し合っていたが、やがてウインドの起こした風が吹雪を押しのけ、ビルの屋上を吹き飛ばした。
「な、何……!?」
押し戻された氷の礫に乱打され、テロリストは気絶した。しかし、行き場を失った吹雪が天高く舞い上がる。このままだと、人質の上に落ちてくることは必至だ。
「チクショウ、風の起こしあいで俺と張り合えるヤツがいるなんて……」
ウインドはふらふらと降下すると、膝をついた。
「ウインドさん、大丈夫ですか?」
小門が心配そうに訊ねると、ウインドは精一杯笑ってみせる。しかし汗だくの顔は色が悪く、すっかり疲労しきっているようだ。
「やべぇな。もう力が残ってねぇ……」
そこで、ウインドはなにかの可能性に気づいた。すると、期待するようにいたずらっぽく笑って小門の顔を見上げる。
小門はウインドの意図に気づいて、頷く。
「ここは、俺に任せてください」
そう言って、小門は尻を丸出しにした。
「頼んだぜ……!」ウインドは最後の力を振り絞って、風の力で小門をビルの屋上へ持ち上げる。
浮かぶ小門は尻を天へ向け、太陽の光を反射して輝いた。
「あれは……ウインドと一緒にいたヒーロー……?」
人質たちが見上げる中、小門の尻へ、氷の礫が集中する!
「すげぇ!」「かっけぇ……?」「なんで尻なんだ!」
歓声を浴びながら、尻穴はひとつ残らず礫を吸い込む。小門は着地すると、ズボンを上げ尻をしまい、立ち上がった。
見下ろすと、地上のウインドは親指を立てて笑った。小門もお返しにサムズアップした。
◆
およそ試験と呼ばれるものを受けたあとで、ここまで清々しい気分だったことがあるだろうか。
ヒーロー庁より送られた合否通知の手紙は、満面の笑みを浮かべた小門によってダイレクトメールのたまった郵便受けから引っ張り出された。
小門はリビングへ戻ると、そのままハサミを取り出す手間を惜しんで手紙を大雑把に破く。
結果は合格。ヒーロー庁を管轄する厚生労働省のトップ、厚生労働大臣のハンコも押されている。小躍りしながら同封された書類に目を通していると、合格通知の封筒にもう一枚手紙が重なっていたのに気づいた。
差出人はソエジマコーポレーション、誰もが知る大企業だが……小門はひとつ、初めて知ったことがあった。
「副島……って、もしかしてあの副島か?」
取締役と書かれていたのは、かつての同級生の名前だった。
小門が、手紙で指定された住所にやってきた。入ることを躊躇ってしまうような巨大なビルに入り、受付を済ます。長い長いエレベーターを何度か乗り換えて最上階へたどり着くと、かつての同級生の姿があった。
「ソエジマコーポレーションの社長って、副島だったのか……」
驚く小門に、副島は頷く。
「ああ。そして、私は君のヒーロー活動を支援したい」
「どうして俺に……?」
「同級生のよしみだ。君は私について、アイツは金持ちだから、とかそういった損得勘定抜きに接してくれたからね」
現に君はずっと私が社長であることを知らなかっただろう、と副島は笑って付け加えた。
「そして、コレが君のスーツだ。使い方は送った手紙に書いてあった通りだよ」
渡されたアタッシュケースを開くと、銀色に黒いラインが入ったボディスーツが入っていた。
まさか、自分が派手なコスチュームを着て戦うことになるなんて。
そして、小門がヒーローになることを想像していなかったのは、副島も同様らしかった。
「しかし……君がヒーローとは、意外だな?」
小門は少々恥ずかしそうに、はにかむ。
「離れて暮らしてる娘に、見てもらえるかもしれない。そう思ったんだ」
「なるほど──」
副島が頷いた。そのときだった。
突如、爆発音が聴こえた。音の鳴る方へ見やると、大きな窓ガラスの向こうでは小さな爆発が起こっている。
小門の携帯には、出動を命じる電子音がけたたましい大音量で流れ出した。
「行ってくる」
小門はスーツをひっつかんで、ドアを飛び出した。見上げると、小さな岩の塊のようなものに乗って飛んでいる男がいた。
上空の男を見据えて、小門はスーツの脇腹部分についたドローンを取り外した。4機のドローンは自動操縦で、小門の両手両足を支えるようにして持ち上げた。
「ヒーローだ、大人しくしろ!」
爆発の犯人と思しき男の近くまで飛行した小門は、男を指差して叫ぶ。
「メテオ様と呼べ……って、何だ貴様は」
岩に乗って浮かぶ男は、小門を睨みつけた。というより、ただ眉をひそめた。
小門は、昨晩徹夜で行ったシミュレーションの通りにセリフを発する。
「俺の名前は、光門戦士エタァナルだ」
メテオが訊ねたかったのはどちらかといえば名前ではなく、スーツの尻部分を開放して飛行する男の素性だった。
「まあいい。邪魔者には消えてもらおう」
メテオの手のひらから、炎が放たれる。炎はエタァナルを包み込むように広がった。
しかし、エタァナルは一切の動揺を見せないまま、くるりと振り返って尻を突き出した。
「はぁッッ!!」
エタァナルが気合を入れると、炎は尻穴に吸い込まれた。メテオはおちょくられたように感じて、苛立ちの籠もった舌打ちをする。
「なるほど、ムカつく能力だ。だが攻撃面に難アリとみた。お前に俺は倒せねぇ」
メテオの言を聞いて、エタァナルは不敵な笑みを見せる。
「俺の能力が、尻穴にものを入れるだけだと勘違いしてるのか?」
そう言って、エタァナルは臀部をメテオへ向けた。
「尻はものを入れる場所じゃない。出す場所だ。そうだろう?」
エタァナルの尻から銀色の、銃口のような筒がにゅるにゅるとひり出される。
「レーザーキャノン、起動──!!」
エタァナルが叫ぶ。筒に光のようなエネルギーが収束し、発射される。一筋の光が、メテオの胸を貫いた。
「なん、だと……!?」
赤い血が流れ出す。メテオの顔は苦痛にゆがむ。
「チクショウ、こうなったら……街の奴らを道連れに……!!」
メテオは全身の力を振り絞って、足場にしていた岩へ力を流した。岩は巨大化し、炎を纏い始める。
「どうだ!隕石は尻に入らねぇだろ!」
エタァナルは隕石の下へと滑空すると、そのまま尻を隕石へ向けた。
「レーザーキャノン、カッターモード!」
エタァナルの掛け声にあわせて発射されたレーザーは縦横無尽に走り、隕石を細切れにした。
「レーザーキャノン、解除!」
銀色の筒がエタァナルの尻へ戻っていく。続いて、
「観念しろ」
エタァナルが言い放つ。
「クソ……」
メテオは力なく降りてきて、投降した。
こうして、光門戦士エタァナルは初陣で華々しい勝利を上げた。
──帰路で、小門は携帯電話を開いた。電話の相手は、離れて暮らしている娘だ。
「父さんさ、いまヒーローになって、悪者をやっつけたところなんだ」
浮ついた声で、小門は娘に報告した。
「へー、そう」
思春期の娘は、別居している父親に対して冷たい反応をとった。
エタァナルはなんとか明るさを取り繕って、アプローチを試みる。
「そのうちテレビでも放送されると思うから、楽しみにしててくれ」
「んー」
暖簾に腕押し、感情の籠もっていないテキトーでそっけない返事だ。
「もしかして、信じてないか?」
「親父って、そういうしょーもない冗談いっつも言って、よくママと喧嘩してたじゃん」
パパと呼んでくれなくなった娘は、ピンポイントに過去のトラウマをえぐってくる。
うっ、と小門は脇腹を突かれたような声を漏らした。
「で、でも、今回は本当なんだ」
「リストラされたことだって、ずっと隠してたし」
もう片方の脇腹も突かれたような衝撃が走る。
「それは……」
小門が言い淀んでいるうちに、電話の向こうから溜息と小さな舌打ちが聞こえた。
「いま彼氏といるから、後にしてくんない?電話切るね」
てろん、とさみしげなメロディを立てて、通話アプリによる通信は遮断された。
──華々しい勝利を収めた光門戦士エタァナル……もとい小門は、暗い顔で副島のもとへ帰投した。
「おかえり小門くん。早速だが、いいニュースと悪いニュースがある」
小門は、オフィスに備え付けられたソファへだらしなく座った。
「……悪いニュースはたくさんだ。いいニュースから頼む」
「君の活躍が認められた。自治体が感謝状をくれるそうだよ」
感謝状どころか賞状の類を貰ったことのない小門は、少しだけプライドが潤う気分だった。とはいえ、娘によってもたらされたダメージを完全に回復させるほどではない。
「そうか。それで、悪いニュースは?」
「──君の活躍は、テレビで中継されなかった。放映できないと判断されたらしい」
副島はスマホの画面をスリープモードにして、つまらなさそうに呟く。
小門は驚いて、ソファから起き上がる。
「何が問題だったんだ?」
少し、副島は言い淀んだ。
「……君は戦う際に、尻穴が丸出しになるからだ」
「そんな……鉄腕アトムだって尻からマシンガンを撃つじゃないか」
「鉄腕アトムに尻穴は無いし、彼は中年男性ではない」
「アンタでも、どうにもできないか?」
思わず、小門は旧友へ縋るようなことを言ってしまった。
「世論が味方してくれないだろう。君に協力したいのは山々だが、さすがにお茶の間に君の下半身を曝け出すのは、個人的にもちょっと、な」
両の掌を天井に向けて、肩をすくめた。文字通り、お手上げということらしい。
「娘に見てもらえないな」
「まあ、気にするなよ。テレビに映らないのが何だ。困ってる人を助けるのがヒーローだろ」
わかっていたが、小門は溜息をつかずにはいられなかった。
──悪いことは重なる。次の日、小門が事件現場にやってくると、なぜか犯人と思しき男が警察に捕縛されていた。
「もう解決したのか……?」
さらに、近くには人だかりがあった。
見ると、銀色の髪をした二枚目の青年が、ファンの女性たちにせがまれてサインを描いている。
「コラプサー。巨大なブラックホールのようなゲートを作り出すヒーローだ。……尻からではなく、手から。ゲートは入れたものを永久に閉じ込めておくことも自由に吐き出すこともできるし、複数作ることだってできる。そして若くて見た目もあんなものだから、いま人気急上昇中、ってところだ」
通信機越しに、副島が丁寧な解説をする。
コラプサーはエタァナルの姿を捉えると、華麗なウインクを投げた。まじまじと見つめていたため、ファンの一人だと思われたのだろう。
「戦い方は似てるのに、何もかも俺とは真逆だな」
自嘲混じりに、小門は口にした。
「おいおい。気を悪くするなよ」
「気にしてないさ」
強がりではなかった。本心だった。
「俺の代わりは山ほどいる。無能力者だった頃からわかってたことだ」
小門はトイレの個室に入ると、スーツのベルトについたボタンを押した。スーツは一瞬でベルトの中に収納され、小門は冴えない中年然とした姿に戻った。
◆
二日酔いから覚めた朝。メールに入っていた出動要請を見て、急いで小門はスーツをひっつかんで部屋を出た。というのも、出動対象となっている隣町には娘が住んでいるからだ。
走ってきたはいいものの、犯人も犯人がもたらした損害も見当たらない。
それはおろか、街には人っ子一人おらず誰に訊ねるあてもない。
「どうなってる……?」
携帯を取り出した。すると、さっきまで気にも留めていなかった最新のメールには『【重要】避難経路について』とついている。すると、通信が入った。副島の声がする。
「小門くん、今すぐそこを離れて指定されたポイントへ行くんだ」
「離れろって──どういうことだ?解決したのか?」
「ああ。犯人は戦うことなく逮捕された」
戦うことなく、とはどういうことなのだろうか。小門は耳を疑った。
街中の
「その街に、誤射された核ミサイルが落ちるからだ」
携帯に地図データが送られる。赤い円はここら一体を覆っていた。そして指定されたポイントには、『時空移動ゲート』と書かれている。おそらく、ヒーロー・コラプサーが作ったものなのだろう。
通信機からは、副島の部下の声が漏れ聞こえる。
「スーパーヒーロー、ウインドやコラプサーの尽力により、爆発予定地の住民はすべて避難が完了しております!」
「……とまあ、こういうわけだ。ホットラインのおかげで核戦争も回避されたようだし、君は安心して、そのまま避難してくれたまえ」
なるほど、小門が二日酔いから覚めないうちに、風で物を運べるヒーローや時空を繋ぐ門を開けるヒーローが住民を退避させたらしい。小門は不甲斐なさを覚えた。
「……そうだ、そのウインドさんやコラプサーくんはミサイルをどこかへ飛ばせないのか?」
小門は気を取り直して訊ねた。
「ミサイルは音速をゆうに超える速さで落ちてくる。彼らの能力にも限界がある以上、かなり分の悪い賭けだね」
副島はなんとも苦しそうに言った。それを聞いて、小門はひとつ決心をする。
「……なるほど、じゃあ俺が行くしかないな」
「どうしてそうなるんだ」
「イケメンでいい能力を持った将来有望のやつらじゃなくて、パッとしないナリで尻が異空間に繋がってるだけの中年なら、賭けに使っても問題ないだろ」
言っている内容こそ自暴自棄になっているエタァナルだが、口調には諦めからくる妙な冷静さがあった。
「ま、待て小門くん!放射能除去や消火に適した能力者の支援も得られている!木やコンクリートを生み出す能力者だっているだろう。復旧だってそう時間はかからないはずだ!」
副島は必死で叫んだ。
「……消火や放射能除去が出来たって、物を直せたって、思い出までは戻らない」
ドローンのプロペラは回転数を上げ、小門は加速する。
「ここの娘の住んでる街なんだ。壊させてたまるか」
副島は怒鳴りつけるように叫ぶ。
「ダメだ、逃げろ小門くん!命あっての物種と言うだろう!?」
ダメ押しに、副島はもう一つ真実を突きつけた。
「それに、尻に核ミサイルは入らない!!」
確かに、副島の言う通りだ。先日のように、尻を丸出しにして戦う光門戦士エタァナルの活動はテレビで放送されない。
だから、仮にミサイルを止められたとしても娘に活躍を認めてもらえないかもしれない。それに、核ミサイルを尻に入れるのは、ラクダが針の穴を通るより難しいだろう。
しかし、そんなこと承知の上で、小門はミサイルの爆発予測点へ向かって上昇していた。
「俺は……世のため人のためにヒーローをやってるんじゃない。他より優位に立ちたいわけじゃない。ただ一人、娘のために戦ってるんだ」
臀部のみを露出した状態で、エタァナルは大気圏を突っ切っていく。
「ここで命を懸けないで、他に何に命を懸けるってんだ!!」
「バカ野郎……!」
地上に残された者にできることはひとつしかなかった。副島は、ただ手と手を組んで祈りを捧げた。
「高度5km……10km……!爆発予測ポイントまで、あと10秒です!」
通信機から、副島の部下の声がした。
10秒。無能力者であると思い込み、無為に、半ばやけくそに過ごしていた人生ではあっという間に過ぎ去った時間も、今となっては永遠に等しく感じる。
ドローンの助けを借りて、エタァナルは肛門を天へ向けた姿勢を固定する。
俺の尻が、ミサイルの着弾地点であってくれ。そして神様、俺に娘の住む街を守る力をくれ。エタァナルは願った。
──突如、エタァナルの全身に衝撃が走った。目にも留まらぬ速度で、巨大な質量が衝突する。強化スーツがなければ、身体が裂けていたことだろう。
「うおおおおォォォォッッッッ!!!!」
エタァナルの尻へ、超音速のミサイルが突き刺さる。
地上の副島は胸が張り裂けそうな思いで見届ける。
エタァナルは、尻が張り裂けそうな痛みを耐える。
全身を苦痛が覆う。このまま、死んでしまうのだろうか。ふとエタァナルはヒーローになる前、闇金業者に狙われたときのことを思い出した。
自分は、特殊能力の存在により実力主義と成果主義が色濃くなった世界で、何も成し遂げられないまま死んでしまう。それがたまらなく怖かった。
しかし、今振り返ってみると、何も成し遂げられないことよりも、成し遂げたいと思えることがないまま死ぬことが怖ろしかったのではないかと思った。事実、いまエタァナルの心のうちに死への恐怖はほとんどなかった。カッコ悪い自分でも、そっけない娘だったとしても、守りたいものがあったからだ。
──やがて沈黙が訪れる。オペレーターは画面の表示を恐る恐る確認した。
「ミサイルの反応、消滅しました──が、エタァナルの生命反応が非常に弱まっています」
副島は鬼気迫る表情で、オペレーターに命令する。
「救護班を向かわせろ!」
満身、特に肛門部分に創痍を負うエタァナルは、通信機へ語りかけた。
「副島、うちの娘に連絡してくれ。核ミサイルを止めたヒーローの祝勝会をやる、ってな」
「小門……ああ、任せてくれ……!」
通信機からの声に、副島は思わず涙をこぼす。
「……まあ、彼氏との予定を優先されるかもしれないが」
スーツは、激しい損傷により崩壊していく。
光門戦士エタァナル 満井源水 @FulmineMaxwell
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