インプロヴァイジングポエトリー
牧野大寧
トレースボックス
トレースボックスはヒトを入れるための箱である。トレースボックスはいつもは透明だが、中に入っているヒトの状態によって様々な色を帯びることができる。しかしほとんど全ての瞬間において透明であると言って差し支えない。色を帯びているときでさえ透明性は保たれているのだ。トレースボックスは柔らかさを持つ。それは物理的な柔らかさではない。トレースボックスを研究するポーランドの哲学者コミュニティ(スタニスワフ・ユグレヒト、アントンブリューキンら)によって”柔らかさ”と呼ばれる別の概念的特徴である。”柔らかさ”は”変化に関わる特性であり、変化のし易さは”柔らかさ”の一部を表現している。「タイル」という長方形の断片によって構成された立方体空間を「パネル」と呼ぶ。複数のパネルの相互透過的で位相差を持った重なりが作り出す光学的な綾がトレースボックスの物理上の構成要素だ。トレースボックスに入ったヒトが他者とコミュニケーションを取る際は独特で込み入った位相幾何学的な処理が行われる。いくつかの(特にどれが選ばれるかと言うのは本質的には無意味な)パネルが綾の最遠部へと剥き出しになり、同様の行為が準備されている他者のトレースボックスと触れあう。この接触は神話的審級の内、日常性の奇跡においてのみ意味を見出すことができる。すなわち、ミクロネシアの島々へのマイグレーションを賭けた命懸けの挑戦である。トレースボックスがある種の監獄ではないかと見る向きもある。トレースボックスに入った女性が子を出産すると、その子供は生まれながらにトレースボックスの内部に閉じ込められる(あるいは、祝福を内在したゆえの呪い)。トレースボックスに一度でも入ったヒトは、原理的にトレースボックスの外側に出ることは不可能だ。畳み込まれた世界内存在が無限に延性を持つ避妊具を突き破ることはできない。
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