夏の海に落ちてくしずく
水波形
夏の海に落ちてくしずく
次に私が目覚めたとき、世界は荒廃していた。
………………………
………………
………
「んん~~~~!!」
太陽がもうすぐ真上に来そうなその時刻。
私はジリジリと世界を温めて来る光に顔をしかませながら伸びをした。
見回しても人がいない。
それもそうか。
土台が折れて倒れたビルに苔が繁茂し、ツタが絡まっている。
崩壊したビルが河をせき止めて溢れ出し、歩道だったところは薄っすらと水が流れている。
人が長く住んでいないので、水は透き通っていた。
「ねー、Dock(ドック)ぅ……本当に人なんているの?この世界に……」
ピチャピチャとこの薄く水の敷かれた道を歩く理由となった、
クラゲ型のドローンに向かってぼやく。
宙に浮き、触手を地面に這わせながら私の隣を進んでいる。
「ピピッ…ツウシン カノウ ナ エイセイジョウホウ カラ セイゾンシャ ヲ キャッチ デキマス」
独特の機械音で返答してくるDock。
これだけ荒れた世界でも、私以外に生存者がいるのかがはたまた疑問である。
「ぅうぅ……あっついなぁ」
太陽がほぼ真上にいることで影になるものが殆どない。
廃ビルの中に避難してもいいが、ここで時間をロスすると夜がしんどい。
奇形動物もいるので野宿はできるだけ避けたいところではある。
安全そうな廃ビルがあればそこで寝ることはできるが、基本的に抗眠剤を飲んで歩き続けている。
しかし、極力身軽を意識しているが、どうしても必要物資はあるわけだ。
肩掛けのカバンと防衛用のバタフライナイフ、銃を腰に回している。
なんだかんだ重いので体力がより削られる。
「ピピッ…オヒル ノ ジカン デス」
Dockが時間を通知してくる。
「あいよー」
私の体調管理をDockはしてくれているので、基本的に私はDockに従う。
水に濡れていない階段に座り、肩掛けのカバンから錠剤が入ったビンを取り出す。
完全栄養剤だ。3粒飲む。
次に抗放射能剤。これは1粒。
今のところ、もう放射能は残っていないようだが、念のためにいつも飲んでいる。
錠剤を飲んだところで、水筒の中の水がなくなった。
なので、Dockの触手の一本をその辺の水につけ、別の触手を水筒に入れた。
「ピピッ…チュウシュツ ヲ カイシ シマス」
Dockが水を吸い上げ、蒸留された水が水筒に溜まっていく。
その作業が終わるまで私は目の前の景色を眺めた。
低地の部分は水没しており、崩れたビルの半分以上が見えずに沈んでいる。
風化したもの、破壊されたものが入り混じっている。
何があったのかはこの目では見ていない。
しかし、破壊痕が何があったのかを物語っている。
創造と破壊、どちらも美的センスを刺激するのであろうが、
破壊によって犠牲になった人々の無念は計り知れないだろう。
「ピピッ…チュウシュツ ヲ シュウリョウ シマシタ」
水筒が満タンになったので、Dockの触手を取り出し水筒の蓋を閉めた。
水筒と栄養剤などのビンをカバンに戻して立ち上がる。
「よっし!探索開始しますかー」
汗を拭い、私は再度歩き出す。
「ピピッ…エイセイ カラ 5フンゴ ニ アメ ガ フル トイウ ヨホウ ガ テンソウ サレマシタ」
Dockが雨の予報を出す。
空を見上げるものの雲ひとつない。
「あーらら。メンテも何もないし、衛星さんバグっちゃったかなぁ」
なんせ人がいないのだ。
町がこの有様で復興する人すら見当たらない。
それならなおのこと、宇宙にある衛星の修繕など無理だろう。
……そもそも宇宙ステーションに人はいるのかな?
それから数時間歩き続けているが、雨は一切降る気配はない。
廃墟だらけの町を出て、今はもともと畑や田んぼだったであろう田舎道を歩いている。
このあたりは水はなく、完全に干上がっているようだ。
「あーあ、ここで野宿は嫌だなー」
何もない。
なにもないがゆえ、寝たりすると危ないのだ。
「ピピッ…セイメイ ハンノウ アリ……コウソク デ セッキンチュウ」
Dockが警戒音を発する。
この様に、野生化した動物が襲ってくる事があるから、こういう地帯での野宿は嫌なのだ。
私は銃をホルダーから取り出し、警戒態勢に入る。
「ピピッ…4ジ ノ ホウコウ、キマス」
Dockの声に、120度体をひねる。
大型犬のような動物がこちらに向かって突進してきている。
「っ!」
私は躊躇なく引き金を引いた。
銃声がこだまする。
6発あたったところで対象は動かなくなった。
「ピピッ…セイメイハンノウ ガ トダエマシタ」
ホルダーに弾を込め直し、ゆっくりと近づいていく。
「う…うええぇ……」
近づくにつれ、強烈な腐敗臭が漂った。
鼻を摘みながら近づくと、おそらく目が腐っているのだろう。物理的な意味で。
眼球が変色し、取れかけていた。
最初は慣れなかったが何度かこういう風に遭遇するうちに慣れては来た。
が、やはり見るに耐えないものはある。
「……ごめんね」
念のため頭に弾丸を1発入れておく。
弾を補充し、私は先に進んでいった。
………………………
………………
………
それからまた数時間歩くと、街が見えてきた。
青色の道路看板を見つけ、手で砂を払う。
「これが、東京……だった場所かー」
夕日に染まった背の高い廃ビルたち。
今まで見てきたビルより幾分も背が高いが、それでも途中で折れていたり苔が繁茂していたりする。
ひとまずスーパーだったものであろう建物に入ってみる。
「いやー……食べられるものはなさそうだよね」
飲み物や肉、野菜などはまあ無理だとしても、缶くらいは残っててほしかった。
栄養剤じゃ、栄養補給はできるが食事ではない。
たまには美味しく料理を食べたいものだ。
……まあ、缶詰が残っていても放射能汚染されているものがほとんどだろうが。
建物を出る。
そして暫く歩くとまたスーパーだったものであろう建物を見つける。
「……ん?」
中に入ろうとすると、ホコリの上に薄っすらと足跡が残っていた。
「これは……人の足跡!?」
獣の足跡は何度も見てきた。
しかし、人の靴形の足跡は旅路の中で初めて見る。
「う~~ん、嬉しいような、怖いような……」
気持ちは高ぶる。
しかしこの人間が「善人」であるか、はたまた「悪人」であるか。
そこが問題なのだ。
「寝込みを襲われても嫌だしなー」
空を見る。
ラズワルドに染まっている。
もう夜がすぐそこまで来ているのだ。
「うーん……抗眠剤飲むかなぁ?」
どこかでゆっくり寝るつもりでいたが、人の気配があるのであればその人を見定めたい。
抗眠剤はあくまで眠気を消すだけであって、疲労は消えない。
栄養剤のビタミンである程度は疲労感は消えるが、疲労自体は蓄積はされる。
「一旦夜になるのを待つか」
人の足跡。
まだ人を見てはいないが、そもそも私と同じように生きているのか、それともあの獣たちと同じ様になってしまっているのか……
出会えたとしてもすぐに警戒はとけないだろう。
しかし、自分以外に生きているであろう人間がいるという事実に希望を持てる。
私は近場にある極力高度が残っている廃ビルの屋上に登った。
数時間がたった。
「……東京タワー?」
人が暮らしているならどこかで明かりが灯ると思った。
それを見つけやすい様に高いビルに登ったのだが、遠くに見える東京タワーが光っているように見えた。
明かりのない街は暗く、昔首都であった面影はない。
ここでも星が明るく見える。
「う~~ん」
遠いので星の光がそう見えている可能性もあるが、それにしても塔が明るい。
……気がする。
私は廃ビルを降りた。
また数時間歩き、東京タワーの真下に到着する。
あたりは真っ暗だが、上の方は明るい。
東京タワーは錆びてはいるが、破損部分は少なく立派に立っていた。
「これ、登るかぁ?」
600段の階段。
まあ、20分もあれば登りきれるだろう。
しかし今日も結構歩いた。
……ぶっちゃけ疲れている。
「まあ、いっちゃうか」
しかし、生きている人間がいるかもしれないのだ。
私は階段に足をかけた。
東京タワーの階段はほぼ野ざらしだ。
フェンスのようなものはあるが、錆びておりところどころフェンスが破損している。
おそらく足を踏み外したらそのままフェンスごと外に放り出されるだろう。
「……ふ~……」
半分くらい登っただろうか?
地面が真っ暗ですでに何も見えない。
「ピピッ…セイメイ ハンノウ アリ……ジョウクウ デス」
Dockが生命反応を示す。
タワーの上らしい。
私は息を整え、最上階を目指した。
最上階……メインデッキの扉は鍵はかかっておらず、普通に開いた。
窓ガラスは割れていない。
しかし生活感はある。
窓際にマットが敷いてあり、近くに飲み物用のボトルなどが置いてある。
薄っすらと明かりが灯っているので、まだここは使われているのだろう。
「あら?」
トイレマークの敷居から声がし、振り返る。
ハンカチで手を拭きながら女性が出てくる。
「ひ、人だ……!」
警戒をしつつ、しかし生きている人に出会え、歓喜する。
「……あなたは、何しにここに?」
彼女は黒く長い髪をなびかせ、顔をこわばらせる。
私より少し身長が高い。
警戒した顔は大人びているがゆえの威圧感があった。
一体型のワンピースのスカート部分にゆっくりと手をやる彼女。
それを見て私は自己紹介を開始した。
「あぁっと!はじめまして、美澄 夏凪(みずみ かな)と言います!」
「美澄さん……あなたは……生きているのね?」
素っ頓狂な質問だろうが、この荒廃した世界に長くいるとそれすらも疑いたくなる。
ましてや自分以外の人間と出くわすとは、探していたが期待はしていなかった。
「はい、生きてますよー!あ、こっちが相棒のDockです」
「ピピッ」
Dockを紹介すると、彼女は少し警戒を解いた。
「あなたも研究所の生き残りなのね。私は高海 理子(たかみ りこ)。よろしくね」
「はふ~~」
それと同時に私はぺたんと地面に座り込んでしまう。
それを見て高海さんは苦笑し、手を差し出してくれた。
「ここまでロクに食べ物もなかったでしょう?」
「はい、そうですね……基本、栄養剤で過ごしてました」
私は手を掴み立ち上がる。
「じゃ、ご馳走してあげましょうか?」
「えっ!?」
「と、言っても缶だけどね」
にっと、高海さんは笑って缶詰を私に見せる。
「そ、それは……!人気でなかなか買うことのできない"焼きそば缶"!?」
「そ!今日たまたま見つけてねー。さすがトーキョー、シェルター用にたんまり備蓄してあったわ。まあ、あんな事があったから無意味だったけどねー」
「あんな事?」
「……私達しか生き残っていない理由、知らないの?」
「え、あ、はい……目が覚めたときにはすでに誰もいなかったので……」
「目覚めたのはいつ?」
「3ヶ月ほど前ですね」
「そっか……」
高海さんは遠い目をする。
そしてポツリポツリと話し始めた。
「そうね、今からおよそ200年前。世界は核の炎に包まれた」
私もその世界を途中まで見ていた。
巻き込まれなかった国がないほどの大戦争。
おそらくこれを"第三次世界大戦"と呼ぶのだろう。
放射能が止むことのない中、シェルターで暮らしていた人々。
しかし、核戦争がいつ終わるかもわからない。
シェルターの中にいるので外の様子はわからない。
だから"私達"が目覚めさせられた。
唯一「抗放射能剤の効果を得られる」生命体として。
戦争が始まる前、予め緊急招集され国の管理するシェルターの中で睡眠カプセルに入れられ時を止められる。
「私が目覚めさせられたとき、6人の同志がいたわ。
カプセルに入ったのは14歳。
目覚めさせられたのは18歳。
4年間、私は眠っていたのよ」
カプセルに入れられるのは、戦争がいつ終わるかわからない。
その際に年老いて動けなくなったり、逃げられてしまうのを防ぐためだ。
「そして抗放射能剤を飲まされ、放射能が飛び散る外の世界に放り出されたわ」
防護服はすでにストックがなく外に出れる人間がいない。
最終手段として私達が利用された。
「じゃあ、なんで6人いた人間が私一人になっていると思う?」
「…………」
私は顔をそむけた。
抗放射能剤が効いているのだ。
死因は放射能ではない。
「お察しの通り、ヒトに殺されたのよ」
降ってくる爆弾、高性能の殺戮AIロボ。
死ぬ理由などそこにはいくらでもあった。
「そして、事件が起こったの」
世界が静かになり、放射能も基準値を下回り、外に出れるようになった。
街の復興が始まり、人々は壊れたものや軍事物の片付けを開始していた。
やはりAIは賢い。
復興作業中の人が集まる中、殺戮兵器自身に仕込まれた核を分裂させたのだ。
そう、街中に「壊れたもの」としてあった兵器のAIはこの時を待っていたのだ。
「街中の人が放射能を浴び、亡くなっていったよ。
そこから私はずっと一人。」
たまたま自分は抗放射能剤を飲んでいた。
だから私には放射能は効かなかった。
死に行く人を見ながら自分の無力さを呪う。
気がつけば自分の周りに生きている生物はいなかった。
「私は何も考えられなくなり、カプセルに戻った。」
これは夢、そう夢なのだ。
夢の世界で寝れば、現実に戻れる。
そんな儚い希望を持ち。
「目が覚めると何も変わらない現実が私を襲ったわ」
遠い目をする高海さん。
「自分で死ぬ勇気のない私はひとまずここで5年間生きてるわ」
「…………」
想像を絶する話に私は言葉を出せなかった。
「あなたは、どうやって生きていたの?」
高海さんの言葉に、私は答えることを躊躇した。
しかし
「私は裕福な家系でした」
隠し事をせず、正面からぶつかろうと思った。
………
男勝り、ボーイッシュ。
美澄 夏凪という少女はエンジニアの父に育てられた。
彼女の父は人工衛星を作成する、いわゆる宇宙開発技術者だった。
宇宙開発には最先端の技術が有され、天才かつ有能だった夏凪の父はほとんどの権限を許可されていた。
夏凪は片親育ちということもあり、たくましく育った。
友達を泣かせた年上の男の子に普通に喧嘩で勝ち、泣かせるなんて日常茶飯事だ。
天才の父を持っていたので、知的好奇心は人一倍多かった。
サバイバル術、勉強、料理、そして実銃の扱い訓練、彼女は何でも知りたがり全てを吸収したのだ。
裏表なく、正義感が強い。
そんな彼女を父は誰よりも愛し、誇りに思っていた。
――――だから、彼女の父は夏凪が抗放射能の体質を持っていることを隠していた。
抗放射能の体質を持っていると国に知られると、その後の人生がどうなるか彼は知っている。
実の愛娘をそんな危険な目に合わせたくはない。
彼は自宅にある研究室の最奥に、睡眠カプセルを用意していた。
何気ない一日が終わる。
夏凪は大学に通っていた。
ボーイッシュだった彼女は、おしゃれをし年相応の楽しみを満喫していた。
バイトから帰ってきて、夕飯を食べ、テレビを見て笑い、お風呂に入り、夏凪は眠りについた。
そして、彼は夏凪が眠っている間に睡眠カプセルに閉じ込めたのだ。
「Dock、安全が確立したら夏凪を起こしてくれ」
彼は最後にそう言い残し、研究室を出た。
そして、月日は流れる。
「ピピッ…エイセイ ノ ジョウホウ カラ アンゼン ヲ カクニン チュウ……」
「ピピッ…アンゼンセイ フカクジツ……ピピッ…スイミンカプセル ノ イジエキ ノ キゲン ニ ヨリ、ジンタイ ヘノ エイキョウ ヲ カクニン……」
「ピピッ…スイミンカプセル ヲ テイシ シマス」
何もない真っ暗な空間。
そこにグレースケールのノイズが入り交じる。
白黒の世界は徐々に色を帯びていく。
「んんっ……?」
目が覚めると、私は朽ち果てた部屋に這いつくばっていた。
とても長い間、私は何もない空間をさまよっていた……ように思える。
「……何……?昨日、私はバイトに行って……あれ?」
あたりを見回しても薄暗く、何も見えない。
自分はぐっしょりと濡れている。
立ち上がり、状況を把握しようと部屋を歩く。
「ピピッ…コチラ ヲ ゴラン クダサイ」
「うわっ!?ど、Dock!?」
父の研究の副産物として生まれたDockが近くにきた。
それで少し安心する。
しかし、Dockが見せてきた動画がその安心を破壊した。
発射される核ミサイル、放たれる殺戮AI兵器、逃げ惑う人々、死にゆく人々……
そして――
復興作業中にいきなり街中の人が血を吐き倒れる。
「なに……これ……」
「ピピッ…コチラ ハ エイセイ カラノ エイゾウ ニ ナリマス」
「ピピッ…オウトウサマ カラ ノ メッセージ モ オアズカリ シテオリマス」
頭の整理がついていない中、父の映像と言葉が流れる。
世界中が核戦争になり、混乱が発生。
可能な限り住民は地下シェルターに移動。
抗放射能剤が開発されたが一部の属性の人間にしか効果がない。
抗放射能剤が効く人間は軍事をさせられる。
そして私もそうだ。
しかし、父は自分の権力を利用しそのことを隠蔽。
なるべく生存率を上げるために私をここで、ハイパースリープ……いわゆるコールドスリープ状態にした。
目覚めるまで歳を取らず、現状を未来へ託すために。
しかしそれから数百年。
Dockがハイパースリープ用の薬剤の期限切れを察知し私を目覚めさせた。
Dockが研究室内の電気をつけてくれる。
放置されているが、そこまでひどいことにはなっていなかった。
薬剤で服や体がびしょびしょになっているので、着替えようとする。
服を脱ぎかけたところでふと鏡が目に入った。
そこには紺色の瞳、明るい茶色のボブ、少し年齢にしては幼く見える女性。
あの頃の私が映っていた。
そこで私は初めて、声を上げて泣いた。
それから数十分泣き続け、ひとまず現状を確認するために外に出た。
絶句した。
通っていたコンビニやスーパーには倒れたビルが食い込んでいる。
壁や屋根、床は苔むしている。
目に映るもの全てが荒廃した世界だった。
「ピピッ…キケンセイブツ ガ マダ イマス ノデ ソレイジョウ ススムノハ オヤメクダサイ」
Dockの忠告ですぐに研究所にもどる。
Dockの案内で武器、完全栄養剤、抗放射能剤、水筒など必要最低限の物資を持ち、
私は研究所を後にした。
………
「そして今に至ります」
私は高海さんの目を見る。
「……ごめんなさい。私は優遇されていました」
そして頭を下げた。
「……ふふふっ……」
高海さんが笑う。
「そうね、羨ましい限りだわ。でもね」
高海さんがこちらに歩いてくる。
そして私を抱きしめて
「あなたが生きていてくれたおかげで私は一人にならなくて済んだ。ありがとね」
と言った。
私の肩が湿っていく。
同じ感覚を高海さんも味わっているだろう。
生きている人間がいた。
絶望の中から少し抜け出せた気がした。
頬を伝うものが暖かいと感じるのはいつぶりだろうか?
私たちは喜びに暫くの間涙を流した。
数十分涙を流し、落ち着いてきたところで高海さんが「ご飯食べよう」と言ってくれた。
焼きそば缶を皿に出し、古びた電子レンジに入れる。
高海さんのDockに電子レンジのコンセントをさし、温めを開始する。
器にうつし、割り箸を割って、一口。
「おいし~~~~!!」
栄養剤以外の食べ物を口にしたのは何日ぶり、何ヶ月ぶり……いや、何百年ぶりか。
私の顔を見て高海さんが優しい目をして笑っていた。
………………………
「ごちそうさまでした~!」
ぺろりと焼きそば缶をたいらげ、私はドサリと寝転んだ。
「食べてすぐに寝転ぶと、牛になるわよー」
「あははは~、昔、よく言われましたー」
私はそのまま、東京タワーの窓から星空を見つめる。
Dockが明かりをともしているが、その明かりは小さいため星は見える。
むしろ外に明かりがないので、星が目立つ。
「昔……と言っても、栄えてたときの技術はすごいわね」
高海さんがポツリという。
「……どういうことです?」
「これよ、こ、れ。」
高海さんは焼きそば缶の空き缶を持っていた。
「その昔は3年とかが限界だったらしいわよ、缶詰って」
「あ~」
「今、これが800年保つんですもんね」
「まあ、そのおかげで今こうやって食べれてるんですし」
「そうね~」
高海さんが私の横に座る。
「ねえ、美澄さん」
「夏凪でいいですよー」
「あら…では、夏凪さん」
「なんですかー?」
「明日、缶詰集めを手伝ってくれない?」
「お、いいですよ!」
「助かるわー!じゃあ、明日の朝イチで始めるわよ」
「はーい!」
「後、私は"理子"って言うの。そう呼んでくれると嬉しいわ」
「はい!」
その後、私と理子さんはDockに警備を任せて睡眠に入った。
私は久々の睡眠で、意識は一瞬で遠のいていった。
………………………
「あー、理子さーん、こっちにも保存されていた物がありました!」
家やスーパーなどの跡地。
そのシェルターの中に備蓄されている缶詰をひたすら集めていく。
中には汚染され食べれないものもあるので、Dockに検査してもらう。
「ピピッ…コノ カンヅメ ハ セイジョウチ デス」
Dockの検査が通ると袋に詰め、外に持ち出す。
「そろそろ休憩しましょうか?」
袋を外に持ち出すと、理子さんが待っていた。
Dockの充電は太陽光だ。
太陽光での急速充電はできるが、しばらくは日に当てておきたい。
「はい、フルーツ缶」
理子さんが缶を渡してくる。
「お昼にしましょうか」
「そうですねー!」
真夏の日差しで、重たいものは食べたくない。
そんなときにフルーツ缶はいい。
「わー!桃だー!」
久々の果物に私は目を輝かせた。
「いっただっきまーす!」
私は桃にかぶりつく
「あまーーい!!」
「ふふ、いい食べっぷりねー」
私の食べ方を微笑ましく見てくる理子さん
「あ、あははは……つい、昔の癖で……」
「いいのよいいのよ。食事は楽しくしないとね」
「すいません」
と言っても、昔からの癖を治すことは難しい。
私は二口目をかぶりつく。
しばらく私たちは休憩をした後、再度食料を探しにあるき出した。
………
「そういえば、あなたのお父さんは人工衛星を作っていたんだよね?」
集めた缶詰を安全な位置に置きながら理子さんが質問をしてくる。
この缶詰は持ち帰るには重すぎるので後日取りに来ようとなったものだ。
「はい。父は、様々な人工衛星を作成していました。」
私は空を見上げる。
空はすでに茜染まっていた。
「人口密度、森林監視、大気汚染測定、天気予測、疫病監視……」
「そして全ての人工衛星の情報を管理できるインフラとして、私のDock……まあもともと父のなのですが、この子が生まれたんです」
「ピピッ」
Dockは誇らしそうにくるりと回った。
「ああ、だからあなたのDockだけ人工衛星の情報を受信できていたのね」
「はい。ただ、最近は人工衛星の調子も悪いようで、誤った情報ばかり受信するんですよね」
「……まあ、この状態だもの。メンテナンスなんてする人はいないわよね」
「ほんと、進んでるんだか退化してるんだか……今となってはあの頃の技術はある意味、先史時代の技術ですよ」
「そうね、Society 5.0(第5社会)が一気に滅んでしまった。時代的には今も先史時代よ」
そんな冗談を言い合っているときに、お台場の海に差し掛かる。
太陽が海に沈みつつあった。
「……ここも、本来は人で賑わっていたんですけどね」
お台場海浜公園には人影がない。
ランニングする人、はしゃぐ子供、笑いながらついてく親、アホみたいな会話をする学生。
今はそんな面影が一切ない。
苔はむし、劣化した手すりや階段。
ただ、海はきれいになっていた。
汚す動物がいないからだろう。
「ピピッ…エイセイ カラ 5フンゴ ニ アメ ガ フル トイウ ヨホウ ガ テンソウ サレマシタ」
唐突にDockが雨予報を受信する。
空を見ても雲ひとつない晴天だ。
「ふふっ、これが”誤った情報”ね」
理子さんが笑う
「はい。東京に入るまでの道中、何度聞いたか……」
私も苦笑する。
「昔は本当に正確だったんですよ」
戦争が始まる前、私はよくDockに天気を聞いていた。
「1分単位で予報を出して、98.27パーセントの確率で当ててくるんです」
「……その細かな数字は何?」
「交差検定のために、予測と結果を記録してたんです。雨予報をだして本当に雨が降ったかー?みたいな」
「こうさ…けんてい?」
「あ……」
私は理系育ちで、かつ、人工知能分野にも関わっていた父を持っている。
だから理子さんには聞き馴染みのない言葉だったのだろう。
「いわゆるAIが正しく情報を出せるかをテストするための教師データですね!
100個のデータがあったら、70個を学習に使って30個をテストに使う、みたいな!」
「ふ、ふぅん?」
あ、やばい。
理子さんの目にはうずまきが見える。
「ま、まあ、そんな感じでAIって作られてて~……この話はやめましょう!」
「め、面目ない……」
シュンッとする理子さん。
ちょっとかわいいじゃないかおいおい!
なんて思っていると
「ピピッ…エイセイ ガ イジョウチ ヲ ハッセイ サセマシタ」
Dockがアラートを出す。
「あっ!!」
そして理子さんが声を上げる。
目線の先を追うと。
「あ……」
空から火の塊が流れてきた。
「ピピッ…エイセイ トノ セツゾク ガ トダエ マシタ」
Dockが通知を出す。
私は少し固まった後、ふと顔が緩んだ。
「お疲れ様、しずく」
最近はずっと誤情報を発信していたしずく。
最後の力を振り絞っていたのであろう。
それも役目を終えたかのように流れていく。
父の力作だった。
完成したとき、子供のように喜び無邪気に説明をしていた。
あの頃の私も一緒にはしゃいだ記憶がある。
そんな大切な思い出を持つ、
天気予測人工衛星"しずく"が、海の彼方に落ちていった。
夏の海に落ちてくしずく 水波形 @suihakei
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