第125話「泣いても笑っても、これが最後」

 八月某日。

 真夏の日差しが勢いを極める頃、俺たちの地元の街から離れた海岸付近の広大な土地に、一つの街が出現する。


 大小さまざまなステージが、本来何も無い荒野に組まれ、周辺には飲食や雑貨を販売するテントが立ち並び、居住区画のようなキャンプサイトの仕切りが施される。


 RISE・ALIVEは国内でも有数の規模で開催される音楽フェスだ。

 その歴史は古く、このフェスをきっかけにスターダムをのし上がっていくバンドも数多い。


 その本番の開幕が後数時間後に迫っている。

 今は直前ミーティングということで、『ネクスト・サンライズ』上位三組に選出されたバンドメンバーも招集され、まだ日も登り切らない早朝にステージ裏の控え室に集合していた。


「おい、あっちのステージで『ペパロニ・クワトロ』のメンバーがリハしてたぞ……さっきはトイレで『ルサンチマン』の斉藤とすれ違ったし」

 俺は、フェス本編の参加者も同時に会場でリハをしている状況に興奮していた。


「はえー、そいつはすっごいのか? ワイはよくしらねンゴ」

「君子三日会わずは迂闊に近寄らずってなァ。あんまりはしゃぐと迷惑になるぜェ」

 一方のスパコンは相変わらず音楽シーンには疎く、ランボーに至っては冷静に叱られてしまった。

 俺は肩から脱力しながらも、本来の調子を取り戻す。


 そうだ。

 俺は別に観光に来たわけじゃない、出演者なんだ。

 気持ちを入れ直し、改めて控室を見回す。

 

 俺たちコンテスト出場枠の三組は勢揃いしていた。

 簡易的なプレハブハウスに、事務机とパイプ椅子が並ぶほか、各々の機材が所狭しと積まれている。


 『Hello! Mr.SUNSHINE』の面々はリラックスしながら談笑している。

「あそこの屋台で豚串が売ってるみたいだぞ! あとで買いにいこうぜ!」

「ちょっと大洋、まずはライブ本番でしょ」

 日向と佐伯が夫婦漫才をいつものように繰り広げ、瀬戸がそれをガン無視してベースを触っている。

 霧島はこちらの視線に気がつくと、流石に緊張しているのか、それでもこちらを煽るように引き攣った表情で口の端を上げた。

 

 その時、普段は寡黙に立っているだけの高千穂(兄)がのっそりと動き出した。

 身長190メートルはありそうな彼は、威圧感を持って俺の前に立った。

 何事かと、一同は静まり返り、彼を見守る。


「……妹が、世話になった。……カオナシ先輩」

 高千穂は、バリトン声で俺に向かってそう言った。

 というか、兄妹揃って俺の名前間違えないでね?


「今日は、お互い頑張ろう」

「お、おう。よろしくな」

 そういうと、俺は彼から差し出された手のひらを握り、熱い握手を交わした。


「み、みたか……! 隆が喋ったぞ! 大変だ、こりゃ明日は雪が降るぞー!」

 その様子を見た日向が大騒ぎをする。

 そんな大袈裟な……と思っていると、瀬戸が目を見開いて驚愕している様子を見て、これは只事ではないのだと知った。


「夏なのに、雪が降る。これまさに……幸の降る季節。そう、これは真夏に咲く幸の花なんだ」

 鬱陶しいポエムが聞こえる方角は、もはや見なくてもわかる。

 『友達異常、コイビト欺瞞』のリーダー、成田ゆとりが相変わらずの真っ黒装束を纏ってボソボソ呟いていた。


「はい、皆さん揃ってますね。それでは説明を始めます」

 溌剌とした声と共に、早崎さんが控室に入ってきた。

 それに合わせて、出演者一同は身を正す。

 誰しもが、本番前の緊張を抱えている。

 表面上はいつも通りでも、どこか普段とは違う様相を醸し出していた。


「……いよいよですね、みなさん。泣いても笑っても、これが最後です。悔いのないよう、頑張りましょう」

 まるで引率の先生のような前口上の後、早崎さんは説明を行う。


 今日の最終審査は、RISE・ALIVEのオープニングアクト兼ネクスト・サンライズ最終審査としてお客さんの前で行われる。

 審査方式は、二次審査と同様で審査員3名と会場票、加えてインターネット配信されたライブ中継の中で視聴者投票が行われる。

 各持ち点が10あり、合計50点満点で審査される。

 ちなみに、審査員三名はレコード会社の代表、RISE・ALIVE主催者代表、そして現役ミュージシャンとなっている。


 最も点数が高かった優勝バンドには、レコード会社からメジャーデビュー確約と副賞として賞金が授与される。

 説明の途中で、ちらりと瀬戸がこちらを見た気がする。

 既に、『Hello! Mr.SUNSHINE』にはレコード会社から接触があったようだが……俺はもうその辺りは気にしていない。

 

 そして、ライブの出演順は二次審査の順位が低いバンドからとなる。

 つまり、俺たちがトップバッターである。


 その審査ライブの後に、審査員として参加した現役ミュージシャンによるパフォーマンスがあり、ネクスト・サンライズという高校生参加型イベントは終了する。

 審査結果は、集計の後本日の夕方ごろに公式アプリ上で公開されるそうだ。


「開演は二時間後です。一番目の出演者である、『Noke monaural』さんは本番三十分前に準備をお願いします」

 早崎さんがそう締めくくる。

 開演時刻は午前十一時。巨大な規模の夏フェス、『RISE・ALIVE』の幕開けでもある。

 おそらく、今頃入場ゲートには長蛇の列を成した全国の音楽ファンが、この開場にやって来る大物ミュージシャンを目当てに大挙して押し寄せることだろう。

 俺たちは、そんな大舞台でこれからライブをする。

 夢にまで見た、この日だ。


 俺は、最終リハーサルまでの時間で、やらなければならないことがある。

 スマートフォンを取り出し、ある人へメッセージを送る。

 今日のライブ前に、どうしても、伝えなければならいことがあるからだ。


 開演よりも少し前、ゲートが開場した頃に返事が来る。

 この後、楽屋付近の森で落ち合う約束を交わした。


 俺はメンバーにその旨を伝え、控室から一人、足を踏み出した。

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