第123話「遠くに見える幻の街」

 流れる景色は、夜の街並みだ。

 郊外を走る高速道路からは、遠くに工業団地も含む街のエリアが眺める。

 俺は車の助手席に身を沈め、視線を窓の外に向けながらカーステレオから流れるオルタナティブロックの名曲を聴いていた。


「悪いな、付き合わせちまって」

 ジョニーはハンドルを握りながら、運転席の窓を少し開け、隙間からタバコの煙を外へ吐き出した。

「いいや、相談したいのは俺のほうだし」

 俺はジョニーにバンドのことで直接会って相談がしたいと持ち掛けると、彼も今日は用事があるとのことで移動中の車内でよければ話をしようということになった。

 

 そうして彼の実家の軽自動車に拾ってもらい、隣町まで行ってジョニーの用事を済ませた後の車内である。

 出発した時間も遅かったが、時刻はもう夜になっていた。


「ちょっとパーキングエリア寄ってくか」

 そう言うと、車は側道を入った。

 


 パーキングエリアの簡易的な展望台から見下ろした先は、俺たちが住む街だ。

 街灯やビル、車の灯りで輝いている。


 以前、クリスマスイブの夜に駅前の展望台から見た景色とは少し異なっている。

 あの時は、身の回りを全部囲うような煌びやかな明るさだったが、今は遠くに見える幻の街のような感じだ。

 まるで、俺たちはどこか別の異世界から現実世界を眺めているような気がする。


「俺も、色々考えがまとまらなくなると、こうやって1人車を飛ばしたもんだ」

 ジョニーはタバコに火をつけながら、俺と同じく遠くを眺めている。

「そうなんだ……」

 俺は彼の言葉にうなずいた。


 俺が先ほど車内でジョニーに相談した内容は、ネクスト・サンライズ最終審査で演奏する曲のことである。

 今まで、第一候補として練習を積み重ね、楽曲としてのクオリティも極限まで高めているのは『Jellyfish』だった。

 春頃から作成し、バンドでの練習期間も十分である。

 だがしかし、俺はつい先日の夏まつり後に降って湧いた曲名未定の仮曲の存在が気になっていた。

 なぜだか、まだ曲の一部、メロディしか存在しないはずの仮曲をここ数日俺は一人でずっと練習していた。


「どうだ、お前も一本吸うか」

「いや、俺はまだ未成年だろ……」

 至極当然な返しをすると、ジョニーはニッと口の端を曲げた。

「ああ? そうか。今時の若いヤツはタバコの一本も吸ったことねえヘタレなんだな」

 あえて挑発するような言い方だ。

「わかったよ、一本くれ」

 俺は何故かムキになってそう言った。

 ヤケになって、が正しいかもしれない。


 そう言うとジョニーはフフッと笑って一本よこしてきた。

 俺はそれを見様見真似で咥え、火をつける。

 オレンジ色の灯りが眩しい。

 火がついた瞬間、喉元に煙が入ってきて俺は思わず咽込んだ。


「ハッハッハ、やっぱまだガキだな」

「うるせえ」

 そう言いながら、俺はタバコに対抗すべくプカプカ煙を吸って吐く。

 喉に入ると咽せるので、口の中で誤魔化している感じだ。


「結局、どうするんだよ。最後の一曲」

「……。どうすればいいんだろうな」

 俺の中で、答えが出せずにいる。

 本来なら、迷う理由の必要も全くないはずなのに。

「絶対にやったほうがいいのは『Jellyfish』なんだ。慣れつつあるし、やり心地のいい曲だ。出来たのは新しいが、ずっと昔から知っていたようなそんな感覚すらある」

「でも、迷ってんだろ」

 ジョニーは俺の言葉をさえぎって、突きつけるように言った。

「ああ、仮曲の方は……。なんか、まだよくわかんないんだ」

 歌詞も出来てないし、メンバーにもまだ聴かせていない。

 今からバンドで練習をするのだから、きっと本番までの完成度も足りないだろう。

 それでも、この曲は何か特殊な感覚で生まれてきた。

 これまでの曲作りとは全く違う、降って湧いたあの感覚だ。


「まあ、俺はお前たちのバンドメンバーでもプロデューサーでもねえ。結局はお前たちが好きにしろとしか言えん」

 ジョニーは吸っていたタバコを地面にこすりつけ、もう一本を箱から漁りながら言う。

「だがな、お前らは所詮高校生だ。プロのミュージシャンでもなんでもねえ。さらに言い換えれば、俺ら大人にはもう一生足掻いても、今のお前らのようにはなれない……別になりたかねぇけどな」

 火をつけると、フッと息を吐きだして続ける。

「若え時に、タバコの一本でも無理して吸ってみたほうがいい。カッコつけて似合いもしねぇ高い革ジャン買ったり、美味くも無いブラックコーヒーを我慢して飲んだり。そういうのを出来るうちにやっとかないと、大人になってから”物事の良し悪し”ってのがわかんなくなるんだ」

 ジョニーが遠い目をして、まばゆい夜景を眺めながら締めくくる。

「俺が言えるのは、もうそれだけさ」

「……。そうかよ」

 なぜか、普段の俺ならジョニーの助言の意図も分かった上で、ありがとうと言えた気がする。

 でも、今日は素直にお礼を言う気になれなかった。

 

「実は俺もお前に話があったんだ」

 そういうと、ジョニーは俺のほうに向きなおした。

 俺はとっくに吸うのをやめたタバコを地面に押し付けて、吸い殻をジョニーに返す。

「俺、来月から上京することにしたよ」

「ええ!? どうして?」

 俺が驚いた声を出すと、ジョニーは苦笑する。


「ああ? お前が言ったことじゃねえか。……昔の伝手があってな。東京時代に交流のあったやつが、いま向こうでライブハウスを立ち上げたらしい。そこにはスタジオも併設してあって、昼間はギター教室なんかもやってるんだ。最近はオンラインでの講習や動画コンテンツなんかも作ってるらしくて、人手が要るんだと」

 ジョニーと一緒にライブステージに立った夜のこと。

 もしも俺たちがRISE ALIVEの舞台に立つようなら、再び音楽にかかわる仕事を考えるという約束をしたんだ。

 ジョニーは、ちゃんと再び歩き出す決意を、一人でしていたんだ。

「……ミサキも、向こうで元気にガキを育ててるらしい」

「そうなんだ。それは、おめでたいな」

 その言葉に、彼の迷いはもうなくなったのだと悟る。

 

「まあ、もしもお前たちが東京に来ることがあったら、いつでも歓迎してやるからな。よし、もう帰ろうぜ」

 そういうと、ジョニーは俺の背中を力いっぱい、乱暴に叩いた。

 バシンという景気のいい音がして、俺は前につんのめる。

 文句を言い返してやろうと思うと、先を行くジョニーの背中が大きく見えて、なぜか何も言えなくなった。


「……痛てえな、まったく。みんな、勝手に先に行くなよ」

 俺は聞こえないように、1人つぶやく。

 それは多分、もしも親父が生きていたら、こんなやり取りもあったかなと不意に思ったからだ。


 俺はそのまま、少しの間一人でその場に立った。

 スマートフォンで、雑に夜景を撮影する。

 さすがに技術が進んだとしても、なんの工夫もせずに撮る夜景の写真は、どこかぼやけていた。


 俺はそのまま、アプリを開き、あの二人に向かってメッセージを送った。

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