第116話「そんな世界に独りぼっち」
いよいよ、春藤祭の当日を迎えた。
あたしたち『LoL』の記念すべき初ライブは、曇り空の下、藤山高校の体育館で行われる。
あたしは期待に胸を膨らませていた。
学校には登校するが、普段のようなHRは無く、時間になり次第体育館に集合し開会式が始まる。
その後は各教室に分かれ出し物を開始する。
あたしたちのクラスの出し物は、フラッシュ映像展になった。
具体的には、ネットでよくあるおもしろ動画など、例えば教室の端から適当に投げた物が綺麗にゴミ箱に入る、みたいなスーパープレイチャレンジ動画のマネを放映するというものだ。
つまり、事前収録と編集さえ頑張ってしまえば、当日は店番もほどほどに他所のクラスの出し物をゆっくり堪能できるという魂胆だ。
「スズ、せっかくだしライブまで他のクラスの出し物でも見に行く?」
「そうっすね。みんなも一緒に……ってあれ? そういえば市来さんや田辺さんは……?」
スズはお祭りにざわめく教室を見回すが、バンドメンバー2人の姿は見えない。
今日は朝のホームルームも無いため、クラスメイトが集合する機会も無かった。
確かに顔を見た記憶が無い。
「まあ、適当に楽しんでいるのでしょう。あたしたちも行こっか」
「……そうっすね。あとでメッセ送っときます」
そう言い、スズと2人で春藤祭をみて回ることにした。
*
今年の春藤祭は、実行委員を押し付けられずに済んだため、準備に奔走する必要は無かった。
三年生になると進路別にクラス分けも決まってしまい、俺はスパコンやランボー、そしてサラとも別なクラスとなっていた。
「朽林、そこの粉取って」
「おう」
俺はたこ焼き粉を柊木に手渡すと、視線を再び目の前の鉄板に落とした。
丸い窪みがいくつも開いた鉄板には、香ばしい匂いと共に油が爆ぜる音が響いている。
俺のクラスの出し物は、たこ焼き屋台を教室内で出すことになっていた。
そして、俺のクラスメイトの中で唯一の知り合いである柊木和希が、今年のクラス実行委員を請け負っていた。
彼女のテキパキとした采配により、当日のシフト表も決まった。
通常なら3人一組体制だが、この時間は人数の都合で俺と柊木の2人となったため、忙しなく手を動かしていた。
「ごめんね、朽林。人数少ないとこにいれちゃって」
「まあ、大丈夫だ。そろそろ人の波も落ち着いてきたしな」
昼頃は腹を空かせた学生が押し寄せていたようだが、ピークが過ぎた今では雑談する余裕も出てきた。
「後で、どこかのクラスのご飯を何か奢るよ」
「すまんな、ありがとう」
柊木は申し訳なさそうに言うので、ご厚意に甘えることにする。
「そういえば、今年の有志バンド発表は後輩の子が演奏するんだよね」
「そうだな。もうじき始まるころか……」
「……シフト終わったら様子見に行く? 途中で何か買って」
柊木には雑談程度に、後輩である橘たちのバンドが俺たちの曲をやることを話していた。
柊木も同じバンドマンとしてやはり演奏は気になるのだろう。
「そうだな。あとで一緒に観にいくか」
シフトの予定時間はあと5分だ。
交代の生徒が教室に顔を見せたので、俺たちは引き継ぎを行い、エプロンを脱いだ。
そんな時、スマホにメッセが届いた。
『クチナシ、大事な話がある。緊急だ。屋上に来てくれ』
差出人は、ランボーだった。
その緊迫した様子に、ただ事ではないことを悟る。
「すまん、柊木。ランボーから緊急の用事があるらしい」
「えっ、蘭越から? う、うん。急いで行った方がいいよ」
柊木にはそう言い残し、俺は屋上に急いだ。
*
「んで、何の用だってばよ」
俺の先にスパコンも屋上に呼び出されていたようで、腕を組んでランボーを見ていた。
当のランボーは俺たちに背中を向け、屋上のフェンスに指をかけ、どこか遠くをみていた。
普段から立ち入り禁止の屋上は、俺たち以外に人は居ない。
眼下に広がる校庭では、運動部による屋台がグラウンドいっぱいに展開されているのが見えた。
「ああァ、実はお前らに大事な話があるんだァ」
重苦しく言うランボーの口調は、深刻そのものだった。
俺は思わず、嫌な想像を膨らませてしまう。
「待て、それは俺たちの今後に関わる話なのか?」
俺が口を挟むと、ランボーはゆっくりと振り向き頷いた。
「そうだァ。オレたち三人の関係が、大きく変わっちまうかもしれねェ。でもよォ、秘密になんかできねェんだ」
ランボーは俺たちに向き直って息を吸い込んだ。
俺とスパコンは、固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「実はァ……」
ゴクリ。
生唾を飲み込む音だけが辺りに響いた。
「オレに彼女が出来たんだァ」
ランボーの言葉に、俺たちは声を失った。
そして、しばらくの沈黙を経て、スパコンが口を開いた。
「それだけかよ! どんだけ大袈裟なんだよ!」
……全くだ。
てっきり、バンドの将来に関わるような重大案件かと思ってしまった。
しかし。
「でもランボーに彼女だと!? それもそれで大問題だぜ!? 相手は?」
スパコンは冷静に考えた末、事の大きさを理解した様子で喚いた。
「……やっぱり、川上理科か?」
俺がそう聞くと、ランボーは耳を真っ赤にしながらコクンと頷いた。
まあ、そりゃそうだよな。去年のあの雰囲気からして、気持ちはすでに決まってたようなもんだろう。
「ちくしょう、羨ましくなんかないもんね! ワイには二次元に嫁がいっぱい居るもんね!」
スパコンは口角泡を飛ばしながらまだ叫んでいる。
……やっぱり、バンドの未来に関わる問題だったのかもしれない。
「すまねェ、お前ら。オレは先に大人の階段を登っちまうぜェ。実はこの後……」
「まさか……?」
「2人で春藤祭を見て回るんだァ……その時に、手を繋ぐつもりだァ」
ランボーは、キリッとキメ顔でそう言った。
そして、もはや返す言葉が見つけられない俺たちに向けて親指を立てながら言った。
「上で、待ってるぜェ」
俺とスパコンは、キレるフリをしながらランボーに襲いかかり、揉みくちゃにしながら彼を祝福してやった。
学校祭に沸く屋上で、俺たちはくだらない男子学生たちの一幕を演じた。
◇
「……そろそろ、リハの時間っすよね」
「どこ行ったんだろ。トイレかな?」
体育館には、春藤祭有志バンド部門に出場する生徒たちが集合していた。
あたしとスズは適当に春藤祭を散策した後、集合場所である体育館準備室にて市来たちと会えると思いこの場に馳せ参じたが、結局ここにも2人の姿は無かった。
生徒会会長の女子が参加者の点呼を取っている。
あたしたちの出演順は、なんと最初である。
あたしたちは生徒会長に、あと2人のメンバーが来ることを伝えるが、遅れている参加者と連絡を取るように言いつけられた。
「……、エミリ、ウチちょっと探してくるっす」
「うん、あたしもここで待ってるから来たら連絡する」
あたしは、どうせ何処かで油を売っているんだろうと、まだ事を楽観視していた。
その間に、あたしたち以外の参加者は楽器の準備であったり、アンプの調整を行ったりしている。
あたしは一人、その様子を手持無沙汰に眺めるしかなかった。
スズが探しに行ってから10分ほどが経過した。
その時、スマホにメッセが届く。
差出人は市来から。
グループではなく個人宛に来ていた。
『……エミリ、ゴメン。やっぱ私ら、ライブできない』
突然の宣告に、あたしはすぐに返事を返す。
『どうして? 具合でも悪い?』
『うん……昨日からずっと吐き気がおさまらなくて……マジで、私たち。演奏できるほどのレベルじゃ無いから……』
『いまどこにいるの? 大丈夫?』
市来はどうやら、自身の技術の足りなさから緊張と不安のあまり、体調を崩してしまったようだ。
彼女がギブアップしてしまったことで、田辺も欠席することを決め込んだらしい。
あたしは、とりあえずスズにその旨を転送すると、再び市来に向けてメッセージを送った。
『本番までには、何とかなりそう?』
『ゴメン、怖くて、家から出れてない』
あたしはここにきて、事の重大さにようやく気が付いた。
そもそも、ダウンしている市来を無理やり引っ張ったところで、まともに演奏などできないだろう。
それに、彼女がまだ家にいるというのなら、時間的にステージに間に合うはずがない。
あたしは、震える指で通話ボタンを押すが、着信に応えることはなかった。
それきり、彼女からのメッセージは途絶えてしまった。
体育館準備室には、ほかの参加者たちが談笑する声が聞こえる。
緊張してお互いを鼓舞しあったり、本番で演奏する曲をイメージトレーニングしていたり。
本来であれば、あたしたちもそうするはずだったのだろう。
準備室の外、体育館本体の方からは観客として詰めかけた大勢の生徒たちの騒ぐ声が聞こえてくる。
既に開場しており、ステージの上で行われる演奏を心待ちにしている様子だ。
スズに送ったメッセージも既読になるが、彼女からの返事はない。
もしかしたら、もうライブをあきらめてしまったのかもしれない。
あたしはそんな世界に独りぼっち、取り残されたような気がした。
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