第79話「己が選んだ道」

 今回の後日譚。

 とは言っても、今回の話のメインは俺ではなくランボーと委員長こと川上理科だろう。


 ライブで演奏を追えた後、ランボーは楽屋に戻るなりぶっ倒れた。

 一通りの後片付けはスパコン他に頼み、ランボーを連れてすぐに病院に行った。

 付き添いで、俺とサラ、そして川上理科が同行する。


 診察の結果は、骨には異常はなく縫合も不要とのことで、ちゃんと消毒と手当をしてもらい、点滴を打って暫く安静にした後に帰されるという内容のメッセが、病室のランボーから送られてきた。

 俺とサラは消毒液のツンと来る匂いが充満する病院の待合室のベンチでその処置を待っていると、俺の隣に川上理科が座った。


「……あの、蘭越君は?」

 今にも倒れてしまいそうなほど顔を青くして、心配そうな川上に俺はランボーの容態を告げる。

 まあ、あいつはたぶん丈夫だからどうってことないと思ってはいたが。


「そっか……よかった。ごめんなさい、私のせいで」

「いいや、いいんだ。それにお礼を言わなきゃいけないのはアリサだしな」

 あのまま、ギター無しでライブを続行していたら大惨事になっただろう。

 俺たちはもうそれで割り切るしかなかったが、それをきっかけに俺たちのバンド名に汚名が一生ついて回る可能性もあった。

 結局は解散と同じ目を辿ることになったとも考えられる。

 しかし、アリサがあそこまで俺たちの曲を弾けるとは思ってもいなかったが。


「私、蘭越君の歌を聞いて、決めたんです」

 

 川上は、俺に向かってその決意を口にしようとする。

 俺じゃなくてランボーに言うべきじゃないかとちらりと思ったが、おそらく俺はその辺の木か何かのようなもので、独り言よりはマシぐらいの感覚なのだろう。

 傍らのサラも腕を組みながら、けれども静かにその話を聞いている。


「私、やっぱり国立理系を受験する。本気で、勉強する」


 彼女の言葉は、少し意外だった。サラも驚いて息を吸うのが伝わる。

 まあ俺も、当事者ではなく経緯を聞いただけの分際なので、「そうなのか」と頷くだけにする。


「絵はあきらめるの?」

 思わず、口をはさんだサラに、川上理科はにっこりとする。


 この騒動の発端。

 川上理科の好きな絵の道に進むか、または堅実な人生といえる親が決めた大学受験へ進むか。

 俺もなんとなく先送りにしているような問題の答えを、彼女自身はもう決めていた。


「ううん、諦めない。絵もこれからもっと描いていく。もっと、上手になりたい」

 彼女は、素朴ながらも眩しい笑顔で言った。


「そう。どっちもなのね」

「うん。どっちも」


「……蘭越君の歌、言葉、魂に触れて、考えたんだ。私、勝手に選択肢を狭めていたって。どっちかを選べばどっちかをあきらめなきゃいけないって、勝手に決めつけてたのは私自身」

 彼女は、ライブでランボーが放ったメッセージを確かに受け取り、そして彼女なりに熟考して出した答えがそれだったのだろう。

「それに、絵の道へ進むことは、辛い受験勉強や将来の事から逃げる言い訳にしていたのかもしれない。現実から目を背けたくて、大義名分が欲しくなっちゃってたのかも。お父さんやお母さんが示す進路は……決めつけられたような気がして不服ではあるけど、私にとってもいい挑戦だと思う」


 それを聞いて、俺も少し考える。

 

 夢を追いかけるのは美しい事だ。

 歌や絵、芸術に限らずスポーツでも、その道の分野のプロを目指すというだけで、キラキラして美しい物語のように扱われる。

 そしてなぜか、堅実な進学や就職という選択肢は、灰色で負けたような選択として捉えられる気がしてしまう。

 

 けど実際はそんなことは無い。

 勉強を頑張って、偏差値の高い大学へ行ったり。

 厳しい面接を乗り越えて志望企業へ就職したり。

 現実に立ち向かって日々あくせく働くこともまた、ありふれているかもしれないけれど、立派な物語なんだ。

 

 ただ現実から目を背けたいがために、芸術に打ち込むフリをする。

 辛い日常は芸術の糧になると言い張り、その実では怠惰な暮らしをする。

 そんな人にはなりたくないと、川上理科は考えたんだろう。


「絵の道がウサギなら、進学の道はカメ。辛く地味で、一歩一歩進む道と、停滞する時もあるかもしれないけれど、成功すれば華やかに他を圧倒する芸術の道。でも私は、一歩一歩堅実に歩むウサギなの」


「でも、どっちもなんて大変じゃないか?」

 俺は思わず、当たり前の事を聞いてしまう。

「うん、きっと大変だと思う。でも、私は一人じゃないから。辛いときには、蘭越君の音楽を聴いて、ちょっとだけ背中を押してもらったり、今日のこの気持ちを思い出すことにするよ」

 そう言い切った彼女は、ちょっと悪戯っぽく笑った。


「だって私、じつは欲張りな女なの」


 そういう川上理科は、晴れ晴れとした表情をしていた。

 それぞれ、己が選んだ道を行く。

 その選択に、後悔はあるかもしれないけれど、間違いなんて一つも無いのかもしれない。



 あと、ライブの結果の話。


 後日、あの時と同じファミレスに集合した俺たちバンドメンバーの三人とハロミスの五人は勝負の結果を確認することになっている。

 ランボーがぶっ倒れたため、結果発表は後日となっていたからだ。


 人気投票は会場の観客に配られたアンケート用紙によって行われ、当日は147枚の回答があった。

 その質問の中に、『もっともよかったバンドはどれですか』の項がある。

 

 集計結果は、一位はもちろんハロミスだった。票数は断トツの74票。

 その残りの票数を『ダイナソーゾーン』と『Noke monaural』で分け合うことになる。

 ハロミスの半分となると、37票。それが俺たちの解散のボーダーラインとなる。最低でも38票は必要ということだ。


 アンケート用紙を数え、集計結果を出した佐伯が発表する。

「結果は……」

 息をのむ。

 全力は出し切ったはずだ。


「34票。ね」

「ぶはっ、ダメじゃんか! 解散だ!」

 佐伯が言うと、霧島が盛大に吹き出す。


 俺はその瞬間、頭が真っ白になった。あとわずか四票。それだけで。

「マジかよ……」

「くッ」

 スパコンとランボーも、思わず悔しい声が漏れる。


 その時、隣のボックス席でドリンクバーのコーラを啜っていた瀬戸が立ち上がり、こちらに顔を出す。

「……待て。おい佐伯。アンケート用紙はまだあるか?」

「え、うん。白紙のは何枚か余ってるけど」

「そうか」

 瀬戸が真っ黒な瞳で手を伸ばし、佐伯が差し出すアンケート用紙を奪った。

 自席の方に戻り、メニュー表の傍らにあるファミレスの『お客様の声』を書くためのボールペンを掴み、何やら記入すると佐伯に手渡した。

「っておい瀬戸君、なにやってんの?」

 霧島が再び噛みつく。

 というか、このバンドでこの二人は絶対仲良く出来ないよね……。

 音楽性じゃなくて性格の方で方向性の違いがすごすぎる。


「別に。観客じゃなくてもアンケート投票する権利はあるだろ。自分自身には投票できないにしてもさ」

「だからってよ」

「俺が一番いいと思ったんだから、いいだろ」

 その一言に、やっぱりこの男は掴みどころがないなと思った。


「あ、じゃあ俺も入れるぜ! 七瀬! 紙くれ。隆もいれるよな!」

 そういうと、日向がワイワイとやってきて、高千穂もうんうん頷いてアンケートを書きだす。


「これで、37票ね……。まあ、いいわ。私もこんな感じで友達のバンドが解散してほしくないしね」

 そういうと、佐伯も一票、投じた。

 これで、38票。

 つまり、解散は免れたことになる。


「……ふん、まあいいさ。どうせ本番じゃ、こんなお情けはないだろうからさ。あの助っ人だって今回限りだろ」

 霧島はそういうと、興味を失ったように席を立ち、その場を去った。


「という訳で、これからもよろしくな!」

 日向が俺たちに握手を求める。


 ……というか、なんでこいつらがいい感じになっているんだ。

 こいつらはライバルであるはずなのに、俺たちを助けようとする。

 主人公補正のようなものを感じ、俺は心中で自嘲する。


 だが、まあいいか。

 俺はなんだか、毒気が抜かれたような気持ちで日向の手を握り返した。

「い、痛てて、やったなこんにゃろ!」

 そのまま握手をするのも癪だったので、思いっきり握ってやったら、むきになった日向がやり返そうとしてきた。



 そして、このライブには大きな反響があった。

 俺たちが最後に演奏した作曲スパコン、作詞ランボーの曲、『白昼夢中への疾走』のライブ映像を切り抜いた動画は、ハロミスの『僕らが居たいのは永遠』に続く再生数を叩きだしている。

 

 この曲を演奏した時には、ライブハウスが振動でぶっ壊れるんじゃないかと心配になるぐらい、大盛り上がりとなった。

 スパコンの癖になるビートに加え、新戦力となった俺のスティングレイによるスラップベース、そして馬鹿正直に思いをぶつけるランボーの熱いリリック。

 すべてが化学反応を起こし、会場を文字通り爆発させた。


 だが、そのすべてを上回る勢いで反響を生み出したのは、他でもない深紅のギタリストだった。

 俺たちのバンドの動画であるはずなのに、コメント欄では「この女の子のギターすげえ!」とか「この子誰? めっちゃカッコ可愛い」などなど話題を掻っ攫っている。

 八割はアリサに対するコメントで、残りの二割がランボーの主に包帯の腕に関するものだった。


 まあ、彼女のおかげでライブは無事終えることが出来たのだが、俺たちの名前が世間に広まることは無く、赤いギター少女の名前がバズることになったという。


 この時の俺は、またこんなオチかよとボヤキながらも、まあ俺たちなんてそんなものかと苦笑するまでだった。

 そうして俺たちは、またこれからも『Noke monaural』として活動を続けて行く。


 ……けれど、この動画がきっかけで。

 この先、あんな展開に陥ることになるとは、この時は全く想像できていなかったんだ。

 

第三章 END

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