第60話「げっ、ここにも変質者」

 この夏休みに、レコーディングの他にもやらなければならない事がもう一つある。

 それは、バイトだ。

 別に遊ぶ金が欲しいわけではない。俺の新たなる相棒、『ミュージックマン・スティングレイ』を入手するためである。

 ジョニーが懇意にしている楽器屋の店長の計らいで、8月末までは取り置きしてもらえることになった。

 それ以降は、普通に店内に陳列し販売するとのことだ。


 かつて中学生の時、初めてベースを手に入れた時のように、俺は短期バイトにより軍資金を調達することにした。

 

 高校生になると、中学生の頃よりもアルバイト先の選択肢が増える。

 しかし短期バイトなので、コンビニやファーストフード店はなかなか募集しておらず、必然的に肉体労働系かイベントスタッフが候補に挙がる。


 という訳で、俺が選んだのはイベントスタッフだ。

 根暗でコミュ障の俺の選択は意外に思われるかもしれない。

 確かに、同じくアルバイトにやって来る連中は俺と喋る言語圏が異なるようなパリピが多いが、業務内容としてはイベント物販の資材搬入や陳列、販売がメインで、いざ仕事が始まってしまえばお客さんと業務的なやり取りをするだけで済むのだ。

 それに、昨年も同じバイトを行った経験もある。

 俺としては無難な選択肢といえるのだ。


 今回は、夏に開催されるアートと音楽のコラボのようなイベントのスタッフとして募集があった。

 美術館を内包する大きな公園のような施設で、コンサートが出来る広場もある。

 俺の業務は主に、その脇に開設されるグッズ売り場の裏方である。

 この日は夏の曇り模様で、やや蒸し暑いが直射日光が無い分まだマシだ。


 朝九時に集合し、イベントが終わる夕方六時までの間、基本的には購入希望のグッズを後方の棚から運び販売するというイベントスタッフの雑用をこなしていく事になる。

 おざなりな朝礼と業務説明の後、さっそく荷ほどきの仕事に取り掛かる。

 他のスタッフは大学生を中心とした若者が五、六名おり、雑談をしながらの緩い雰囲気だった。


「あれ、君は前にも一緒に働いたことがあるよね」

 その時、同じくアルバイトとして働いている高校生ぐらいの女子に声をかけられた。


「え、あ、ども……」

 俺は急に馴れ馴れしく話しかけられたことに戸惑い、急激に語彙力が失われる。

「ほら、去年も確かここで働いてたでしょ? 私、海寒高校の佐伯七瀬さえきななせっていうんだけど」

「ああ、そういえば」

 俺はそんなことを口では言ってはいるが、内心では遠めに見かけた時点で、この子去年もいたなと思っていた。

 が、そんなことを言うと気持ち悪がられるかと思い黙っていようとしていたのだった。

 我ながら配慮の出来る男であると思っていたが、この子はあまり親しくない男子にもサバサバと接するタイプの様だった。


 艶のある黒髪ストレートは綺麗なおでこが見える前分けとなっており、優しげなたれ目が印象的だ。

 女子の中では背が高い方だろう。モデルのようにすらっとした体躯で、今はイベントスタッフ用のTシャツを着ているが白いワンピースなどを着ていれば深窓の令嬢のように映えるだろう。

 佐伯七瀬という女子は、進学校である海寒高校の生徒会だかをやっているそうで、いかにも学校の人気者という事実に裏付けられた自信にあふれた振る舞いをしていた。

 

 俺の身近にもお嬢様はいるが、あっちはかなりアグレッシブな雰囲気だ。

 一方の佐伯はかなりおしとやかで、これはこれで癒される空気だという俺の評。


「えっと……」

 佐伯は俺の顔をマジマジと見つめて言葉に窮する。

「ああ、藤山高校二年の朽林っす」

 名前を聞きたいのだろう。そう察した。

 首からぶら下げたスタッフ用の名札を掲げながら自己紹介をする。

「ああそうそう! 珍しい名前だよね」

「アハハ……でもあんまり他人から名前覚えられないんですよね」

「そうなんだ……てか、私たちタメだよね? 敬語とか変だよー」

 あはは~という優しい笑みに、俺もつられて、うえっへうえっへと気味の悪い笑みを浮かべる。

 いかんせん、日常生活を特定の人物たちとしか過ごさないものだから、こういうまだ親しくないけど友好的に誰かと円滑に会話をするという機会に乏しいのだ。しかも女子相手にはなぜか敬語が出てしまう。


「よーし、じゃあ今日も一緒にがんばろ!」

 ポンとナチュラルに肩を叩かれ、俺はさらにへどもどする。

 しかし、この佐伯七瀬という女子はコミュ力オバケと言っても過言ではなく、去年もバイトを共にしたが、年上の大学生やイベント会社の社員さんとも対等に話をすることができ、俺が手持ち無沙汰になれば、すかさず上に掛け合い新たな業務をひっさげてくる出来る同期なのだ。

 ……俺としては暇な方がありがたいのだが。

 

 それはともかく、誰にでも柔らかい物腰で接する彼女がいれば、多少パリピ達が騒いだとことで俺が迫害されるような目には遭わず、今回も問題なく仕事を終えられそうで内心ではホッとする。


 そんな佐伯七瀬と雑談ををしながら、荷ほどきを終え、そろそろ開場時間に合わせて物販スペースをオープンさせようかという頃、「すみません、遅れました」という声と共にやって来る人影があった。

 俺は視線をそちらに巡らせると、真赤な髪の毛が視界に入った。


「げっ、ここにも変質者」

「……おう、また会ったな」

 

 優木アリサは俺を見つけるなり、半眼で睨みつけてくる。

 コイツと会うのは夏祭りライブ以来だったか。

 しかしこの日は以前とは異なり、大きな丸眼鏡を鼻の上に載せている。

 スタッフのタグを首から下げているので、俺たち同様アルバイトとしてやってきたのだろう。


「あれ、知り合いなの?」

 そんな様子を横で見ていた佐伯が、俺たちの顔を交互に眺めて言う。

 一方のアリサは、「また違う女連れてるし」とぼそりという。

「まあ、確かに知り合いというのが一番正確な表現だな……」

「そうよ! こいつとアタシはライバルなのよ。同じバンドマンとしてのね!」

 アリサはムフンと言わんばかりに、腰に手を当て、ややつつましい胸を反らしながら言った。


「へえ! そうなんだ! 朽林くんも音楽やってるんだ」

「え、まあ……」

 佐伯はパッと顔をほころばせて、両掌を合わせて驚きを表現した。

 その後すぐにアリサに向きなおして言い直す。

「ああ、そうだ、自己紹介がまだだよね。私は海寒高校2年の佐伯七瀬。朽林くんとはバイト仲間ってとこかな……えへっ」

 なぜか共犯者っぽく佐伯は俺を横目に微笑んだ。

 確かに、まだ会うのは二回目なのでバイト仲間っていう表現はちょっと誇張気味で冗談交じりにはとらえられる。でも悪い気はしない。

 それも含めて少しテレを含んだ意味での、語尾の『えへっ』なのだろう。でも悪い気はしない。


「ふーん、アタシは北稜高校の優木有紗。……まあ、今日はよろしくお願いします」

 アリサはしずしずと真赤な頭を下げて挨拶をした。

 何かとこいつには文字通り振り回されたりしているのだが、誰彼構わず暴れるという訳ではない様だ。

 ちなみに、北稜高校はまあ、あんまり勉強を頑張っていない学校だ。

 この真赤な頭が許されるあたり、結構緩い感じの校風であろう。


「というか、『も』って」

 先ほどの会話の流れで、気になる言い回しを佐伯に尋ねる。

「そう! 私も少し音楽をやっているのだよ。学校の友人と動画をあげたりしてるの。結構見てもらってるんだ」

「へえーなんて動画? あんたは何弾くの?」

 音楽の話題になると、急にアリサは食いついてくる。


「私はキーボードを弾いてて、友人に歌を歌ってもらった動画が結構バズってね。……でも、恥ずかしいからおしえなーい」

「ええ」

「そういうのイイから教えなさいよ!」

 三人でキャッキャとはしゃぐ。すると、「おい、学生たち。もうオープンだからお喋りは辞めなさい!」という社員さんの怒号で俺たちは静かになった。



 その後、俺たち三人は物販スペースでの販売や搬入などの業務をこなしつつ、何かと音楽の話題が盛り上がる。


「へえ! 二人とも『ネクスト・サンライズ』に応募するんだ!」

 佐伯はグッズの在庫を数える傍ら、俺たちのバンド活動について感嘆の声を上げる。

「そうよ! 目指すは甲子園!」

 アリサは再び胸を張って宣言した。

 なんだか言っていることがランボーみたいだ。


「そういえば、セイジはもう音源送った? アタシたちはもう送ったわ!」

 そんなことを考えていると、アリサ俺に向かってそんな言葉を発した。

「……お、俺か。あー、えっと、いや、まだレコーディング中?」

「ん? どうかした?」

 アリサは何の気もなく聞いたようで、俺の動揺に頭をかしげていた。

 なにせ、下の名前で呼ばれることなんて普段の生活では全くないから動揺してしまった。

 まあ、アリサにとっては名前で呼ぶのが当たり前なのだろう。嫌がる柊木をずっとカズキと呼んでいるし、彼女の中のポリシーなのかもしれない。


「佐伯は応募しないのか?」

 俺はなんとなく空気を換えるように、佐伯に話を振る。

 地元の高校生なら誰でも応募資格があるはずだ。佐伯がどんな音楽をやっているのかは分からないが、話の流れから聞いてみる。


「うーん、エレクトーンの弾き語りが多かったから、バンド演奏はどうかなぁ。オリジナル曲は幾つか作ってみたこともあるけれど」

「大丈夫大丈夫、応募するだけならタダなんだから! タダに勝る者はない!」

 アリサが言うとふざけているように聞こえるが、実際そうだ。

 応募すること自体に特にデメリットも無いだろう。


「そうだね! 検討してみるよ。期間はもうそれほどなさそうだけど」

 そんな会話をしているうちに、あっという間にバイトは終了した。

 俺たちは運営会社のスタッフから、賃金が入った茶封筒を受け取り、帰路に就いた。

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