第8話「おい、ちょっとツラ貸せよ」

 次に、うちのバンドのフロントマン。

 ランボーと初めて出会ったのは、スパコンとなんとなくつるむようになった後、六月頃のことだった。


 その頃の俺たちは、放課後は繁華街の方へ出向きゲーセンで須原がドラム(ゲーム)を叩くのを眺め、俺は楽器屋をうろつくのが日課になっていた。

 須原は意外にも楽器屋に興味を示し、俺の後ろを付いてきていた。


 俺がベース、須原がドラムとしても、あとギターとボーカルは最低限必要なんだよな。

 しかし、悲しいかな俺たち二人にはそんな人脈は持ち合わせていなかった。

 楽器屋の掲示板スペースには、バンドメンバー募集の張り紙があるのだが、不用意に踏み込みまた霧島のような地雷を引き当てるのも面倒である。

  

 そうこう考えている間に、あっという間に時間は過ぎてしまう。

 先日には、わが校の伝統的なイベントである春藤祭が行われた。

 そこでの有志バンド発表に、霧島は参加していた。

 俺はそれを客席から指をくわえて見ていることしかできなかった。いつか、俺もあのステージに立ち、霧島にリベンジしてやる。

 目下の目標はそれになっていた。

  

 しかし、どうすればメンバーを見つけることができるのだろうか。

 ぼやぼや考えながら、繁華街からの帰路に就いたときだった。


「おい、あれうちの制服じゃね?」


 須原が指さす先、繁華街の裏路地側で、学生たちが揉めあうような声を上げている。

 そこは大通りから外れた場所で、今は俺たち以外に通行人の気配もない状況だった。

 

 そして、よく見るとうちの学校の制服を着た生徒が一人、他校の奴ら四、五人に囲まれている。

「やべぇな」

 そうは言うが、俺たちは遠くから眺めることしかできない。

 基本的に、弱者の立場である俺たちは、喧嘩の仲裁なんてできるはずもない。

 

 喧嘩の様子は、怒号のような声を上げ、他校の生徒達が一方的に一人を袋叩きにしている。

 腹をどついたり、首元を掴んで壁に押し付けたり、ガチの暴行というほどまではいかないが、それでも十分に痛々しかった。

 俺は何とかしなきゃとうろたえ、本格的にヤバそうなら警察を呼ぼうか悩んでいると、一団の一人と目が合った。

 やばい。

 だが、一団は少しこちらを警戒するような目つきをして、俺たちの反対方向に歩き出し、その場を立ち去った。

 どうやら、第三者に見られるのは都合が悪かったらしい。

 

「お、おい。大丈夫か……?」

 俺は、残されたボコられた側の生徒に歩み寄る。

 ぐったりと壁にもたれかかっているそいつに手を貸す。

「あ、アァ……すまねェ」

 男子生徒は、髪を逆立て、左右を刈り込んだイカツイヘアースタイルをしている。制服もだらしなく着崩し、耳にはピアス、首にはドクロのネックレスが光っている。

 顔は一見男性アイドルのようにシュッとしているが、いかんせんその荒々しい恰好から、一昔前のヤンキー漫画のキャラクターのようだった。

 

「あの制服、海寒高校の奴らだろ? 学校に通報しようぜ」

 須原が、当人たちが去ると生き生きとした顔で提案した。

 まったく、卑怯な手段が似合うやつだぜ。

「いや、ヤメロ。こいつはオレの戦いなんだ」

 そういうと、ヤンキーは俺たちに一瞥し、その場を立ち去った。

 

「しかし、あんな奴うちの学校に居たんだな」

 俺は思わず、本音を漏らす。

 というのも、うちの学校は近辺の公立高校の中でそれなりの進学校である。地区トップというわけではないが、まあ真面目な生徒が多い印象だ。

 俺も受験の時には結構勉強し、ギリギリ合格できたくらいである。

 だからこそ、あの時代錯誤なヤンキー姿は非常に、浮いた存在になっていそうだ。


 そしてこれが、まさしく。

 のちに俺のバンドメンバーになるランボーこと、蘭越奉太郎との出会いだった。





「なあなあ、昨日のアイツ。わかったぜ」

 翌日の体育の時間。

 須原は俺に話を持ってきた。

「あのヤンキーのことか」

「そうだ。ワイが調べたところによるとアイツは1年C組の蘭越ってやつだ。なんでも、結構な問題児のようだぜ」

「まあ、あの感じじゃ、そうだろうなぁ」

 むしろあの風貌でめっちゃ優等生だったほうが驚く自信がある。


「入学初日からあの格好で登校し、からかう先輩とイザコザを起こしたとか。他校の生徒達からも目をつけられてるらしい」

「そうなのか……」

「しかも、アイツは殴られても一切反撃してこないらしい。だから他校の奴らなんかは、殴られ屋とか呼んでやがる。もっぱらストレス発散のサンドバックにしてるらしいぞ」

 俺はそれを聞いて心中で嘆息した。


 どこへ行っても、弱者をいたぶる連中が居るものだ。

 直接殴ってこない霧島がいいヤツに思え……ないな。うん。


 確かに、昨日見かけた海寒高校は私立高校でかなりの進学校だ。受験勉強のストレスをああいう形で発散していたのかもしれない。

 一応、世間体は気になるだろうから、通りがかった俺たちを見るなり逃げていったわけか。


「そうか……。ちなみに、らしい、らしいって、お前それどこ情報よ」

「ソースはインターネット。生徒達のSNSじゃそれなりに知れ渡ってるぜ」

 ああそう。

 まあ、こいつも俺と同類で、そんなにリアルの交友関係が広いわけじゃないからな。

 ちなみに、須原は偽名アカウントや捨てアカウントをいくつも所有し、生徒間の噂話を収集しているらしい。


「なあ、今日も街。いくよな」

 俺は須原に、半ば強引に同意を求めていた。



 昨日、蘭越を見かけたあたりに行くと、相も変わらずアイツはそこに居た。

 今日は、既に事は済んだのか、ぐったりと壁にもたれて座っている。

「なあ、大丈夫か」

 俺は項垂れて座る蘭越に声をかけた。

「ん……? 何だお前」

「昨日もいただろ、ここに」

「ああ」

 それでようやく、俺の顔を見上げて認識をしたようだった。


「お前、C組の蘭越だろ。俺らも藤山の一年だ、こいつが須原、俺が朽林」

 俺たちは、とりあえず自己紹介をする。

 須原は、ヤンキーにビビっているのか、俺の背後に隠れるようにして軽く会釈をするのみだ。

「なんか用かァ」

 蘭越は、疲れている様子で吐き捨てるように言う。

「あー……。月並みな言葉で申し訳ないが、殴られるなら逃げた方がいいんじゃないか」

 どのような言葉をかけるべきか、俺は逡巡し、なんとも無責任な言い方しかできなかった。

 そもそも、繁華街の方に来なければあいつらと遭遇することもないだろう。


「ほっとけ。オレは自分の意思でここにいるんだ」

「でも……」

 そんなボコボコにされて、つらくないのか。

 助けが必要なら俺に任せろ、ぐらいのことが言えればよかったのだろう。

 しかし、今の俺と蘭越には、そこまでの関係性はなかった。

 だから、無責任な忠告しかすることができなかったのだった。


「じゃあな」

 蘭越はすっくと立ちあがり、その場を立ち去る。

 俺は、その背中を見送ることしかできなかった。

 とがった頭の後ろ姿は街の暗がりの方へ、やがて消えていった。





 それから、数日の間に学校内でも蘭越を見かけることがあった。

 アイツはいつも、どこか痛そうに体を引きずるように歩いている。

 そんな奴を、周りの生徒は嘲笑するように見ているのだった。


 俺はずっと考えていた。

 少し事情は違うかもしれないが、あのヤンキーに入学当初の自分の姿を重ねていた。

 俺はベースを手にしただけで、弾けもしないのにミュージシャンを気取り、挙句霧島のような本気の奴にバカにされた。


 口先ばかりが先行して、本来の目標を見失っていた俺。

 もしも、あのヤンキーの攻撃的な外見が、何か意図のあるものだとしたら。

 アイツはさながら、俺が川の側でヤケになったまま時間が経った姿なんじゃないだろうか。


 ある日の放課後。俺と須原は、日課である街ブラへ向けて歩いていた。

 須原は並び歩く俺に言う。

「なあおい、あのヤンキーのことはしょうがないぜ。本人がああいうんだから気にしてもしゃあないだろ?」

 須原は、俺を慰めるように言う。

 それほど、俺も思いつめたような顔をしていたのだろう。

「ああ、うん」

 俺の口からは生返事しか出てこない。

「そのうち相手も飽きるだろうさ。とりあえずワイらは普段通りにしようぜ」


「……悪い、やっぱりアイツに話してくる」

 俺は柄にもなく、強い語気で言った。





 その日も、蘭越は他校の奴らにボコボコにされていた。

 繁華街の路地裏。

 どうやら、たまたま道で遭遇しているのではなく、蘭越は奴らに呼び出されているようだ。


 さすがに、俺も前回に顔を見られている。のこのこと出ていけば、俺も同じ目に合うかもしれない。二度も同じ手は通用しないだろう。

 俺は路地裏の脇から、「すみませーん、おまわりさんこっちです」と大声を出した。 

 案の定、蘭越をボコボコにしている奴らは、その言葉を察知するとそそくさとその場を去った。

 本当に警察を呼んだわけではない。ただ、ああいう卑怯な奴らは逃げ足だけは早いのだ。


 蘭越は、相変わらず背を壁につけ、辛そうに座り込んでいる。

 鼻からは鼻血が滴っていた。


「ん……、またお前か」

 蘭越は億劫そうに顔を上げる。

 そんな奴に、俺はこう言った。


「おい、ちょっとツラ貸せよ」



 蘭越を引き連れて、向かった場所は繁華街のほど近くの河川敷だ。

 赤い夕陽がさしこみ、川辺はキラキラ反射している。

 

 男同士が河川敷でやることはただ一つ。


「なんだァ……?」

 何もわかっていない蘭越に、俺は叫ぶ。

「おい、俺と喧嘩しろよ」

「はァ? お前何言って……」

 そう言いかけた瞬間、俺は拳を蘭越の頬に叩き込む。

 正直、殴った手の方が痛いんじゃないかと思うくらいだ。俺は生まれてこの方、殴り合いの喧嘩なんてしたことが無い。

「何すんだオラァ!?」

 蘭越は吠えるが、それだけだ。

「どうした、殴って来いよ」

「ぐっ……。殴らねぇ」

「どうしてだ。やってみろよ」

「殴らねぇぞ……」

 そういう間も、俺はポコスカ殴りつける。

「オラオラ!」

「う、うぅ……」

 俺の拳は肩やら顔やら、そこら中をポコポコ殴る。


「うぅぉぉぉぉあ!! 何すんじゃこらアァ!」

 ついにブチ切れた蘭越の反撃の一撃が俺の顎にクリーンヒットし、俺はその場に倒れこみ一発KOとなった。

 今、殴ったね……。ベンジーにグレッチでも、ぶたれたことなかったのに……。

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