第3話 怪我 2/2
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「もうちょっと待っててね。もうすぐできるから」
「うん」
帰宅後、シャワーを浴び終えてリビングで寛いでいる貴弥さんにそう声を掛けながら、私は急いで夕飯の支度をしていた。
出来たてアツアツの、美味しいご飯を食べて貰いたい。
そう思って時間を逆算して計算していたのだけれども、ちょっと間違えてしまったらしく、貴弥さんを待たせてしまっていることに焦っていたのだと思う。
(何か彩りが足りない・・・・そうだ!トマト!トマトを乗せよう!)
ほぼ完成していたサラダに彩りとしてトマトを追加しようと、冷蔵庫からトマトを取り出して水道水で表面を軽く洗う。
包丁でトマトをカットしようとした、まさにその時。
オーブンが料理の完成を告げる音を鳴らした。
(そうだ、せっかくだから、貴弥さんにはこちらを先につまんで貰って・・・・)
元からそう器用ではなく、同時にいくつもの工程をこなすことが不得意な私は、オーブンの中の料理に気を取られてつい、手に包丁を持っている事を忘れてしまっていた。
「いたっ!」
気付いた時には、トマトを押さえていた左手の人差し指の指先から、鮮血が滴り落ちていた。
「美織っ!どうしたっ?!」
リビングで寛いでいた貴弥さんが、血相を変えてキッチンへ駆けこんでくる。
「ごめんなさいっ、大声だして。大丈夫、ちょっと包丁で切っちゃっただけ」
「見せてみろ」
「でも、ちょっと切っちゃっただけだから」
「いいから見せろ」
有無を言わさぬ口調に、おずおずと差し出した私の指を診る貴弥さんの真剣な眼差しは、夫というよりはむしろお医者さんの顔。
せっかく仕事から帰って来た貴弥さんに余計な仕事をさせてしまったと、申し訳無さで一杯の私に、彼は言った。
「ここを強く押さえて、このまま高く上げていて」
「・・・・はい」
一度キッチンから離れた貴弥さんは、救急箱を手にすぐに戻って来ると、手早く私の指の手当てを始める。
「そんな、大げさな。絆創膏でも貼っておけば」
「雑菌が入って化膿でもしたらどうする。初期の手当てが悪ければ、傷跡が残ることだってある。・・・・僕はもう、美織の綺麗な体に傷が付くのは見たくない」
「貴弥さん・・・・」
怪我をした私よりもずっと辛そうな顔で、貴弥さんはそう言った。
貴弥さんさんはずっと、私の心の傷を共に負ってくれているのだと思った。
私の胸元にクッキリと残された、傷跡と共に。
だから、その後の驚くべき提案を、私には拒否することなんて、とてもできなかった。
「もう、美織は料理なんてしなくていい。家政婦さんを雇うことにしよう」
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「・・・・ほんっと過保護な、お前の旦那」
「うん・・・・」
「人間、生きてりゃ怪我のひとつやふたつ、当たり前だろ」
「うん・・・・」
「まぁ、なんつーか・・・・愛されてるんだろうけど、さ」
「そう、だね」
自分自身を納得させるように頷き、私は怜ちゃんが追加注文してくれた生ビールをグイッと飲む。
隣では。
怜ちゃんが小さく呟いていた。
「愛され過ぎってのも・・・・怖ぇけど、な」
同時に。
私のスマホがメッセージを受信する。
“あまり遅くならない内に帰るんだよ”
貴弥さんからのメッセージだった。
貴弥さんには、今日出掛けることは伝えていなかったはずなのに。
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