第1話 結婚
私の夫は、ちょうど一回り年が離れている。
今でこそ珍しくは無いとは思うけれども、所謂【歳の差婚】というもの。
そんな夫との出会いは、私がまだ10歳になるかならないかくらいの頃、らしい。
『らしい』というのは、私はその頃まだ、夫を認識していなかったから。
私の父は大学病院に勤める心臓外科医で、夫はその病院の付属の大学の学生だった。
父はよく、目を付けた優秀な学生を自宅に招いては、勉強会と称して食事を振る舞っていた。
その中の1人に、夫が居たのだ。
「美織は子供の頃からとても可愛かったよ」
結婚してからも時折、夫はそんな事を口にする。
「成長するにつれてどんどん綺麗になっていって、僕はもう美織以外は目に入らないくらいだった」
冗談とも本気ともつかない口調でそう言いながら夫は私の頬にそっと触れ、そして耳元で囁くのだ。
「愛しているよ、美織」
夫が-
結婚後1年であれば、誰もがまだ新婚期間内という。
新婚期間に甘い夫婦生活を送ることは、そう珍しい事でもないだろう。
けれども、3年が経ち、もう『新婚』と言われる期間は過ぎている今でも、貴弥さんとの甘い夫婦生活が変わることは無かった。
貴弥さんは、ずっと変わらない。
私に交際を申し込んでくれた、あの日から。
いえ。
おそらく、貴弥さんが私を見つけた、その日から。
そして私は、貴弥さんに命を救われて、今ここに生きている。
あれは、大学3年の時。
軽い貧血だろうと、日ごろからのフラつきや眩暈を軽く考えていた私は、大学構内で倒れ、父の勤める病院に救急搬送された。
検査を受けたところ、心臓に問題があるとのこと。
丁度そのころ、父の右腕となっていた貴弥さんが、私の心臓の手術を執刀してくれた。
父の強い推薦があったとのことだったが、貴弥さん自身も執刀を強く希望したらしい。
「美織さんの命を、是非僕に守らせてください」
と。
手術前には不安な気持ちを、手術後には胸に手術痕が残ってしまった私の精神的ショックを、貴弥さんは包み込むような優しさで癒し続けてくれて。
退院後、私にプロポーズをしてくれた。
「この先もずっと、あなたを僕に守らせてください」
と。
最初私には、それがプロポーズであることに気付けなかった。
ただ、この先もずっと貴弥さんが私の主治医でいてくれるのだと、そう思ったのだ。
けれども、貴弥さんがその後差し出したのは、輝くダイヤがついたプラチナリング。
「僕の、妻になってください」
大学は卒業すること。
それ以外に、父と母が反対する理由は何もなく、むしろ諸手を挙げて貴弥さんとの結婚を後押ししてくれた。
私は。
それまで、身近な人に片想いをしたことはあったけれども、お付き合いをした事はなく。
貴弥さんがとても優しくて誠実な人であることは分かっていたし、何より私をとても大切に想ってくれている事はよく分かっていたから。
その後、学生の間は貴弥さんと交際をして、大学卒業と同時に、貴弥さんと結婚をした。
貴弥さんは、変わらずに私を見守り続けてくれていた。
いつでも。どんな時でも。
私だけを。
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