人の成り

夜猫

第1話 芽生え

 湿り気のある岩肌を引きずるようにして進む。辺りはひどく暗いが、この暗がりに慣れた目のおかげでなんとかぼんやりと見ることが出来た。そんな中、眩しい程の光を放っている場所を見つけた。ここは酒場で、ボクが洞窟で集めた苔を渡すと、マスターが一杯の飲み物と面白い話をしてくれる。ボクはそのために、毎日洞窟を這いずり回っていた。

「ほら、これが今日集めた分の苔だよ。これを渡すから早く昨日話していた続きを話しておくれよ。もう気になって夜も眠れないんだ。」

「元々眠らない癖によく言うよ。まあ苔を持ってきてくれてるんならいいけどさ。」

 それじゃあ、と言ってマスターが話し始めたのは昨夜ボクに話してくれた話の続きだった。


 この世界には僕たちのような魔物と、人間が居るのは話したことあったよね。君には関係のないことだけど、魔物は人間を食べることによって力を強める性質がある。勿論、元々の種族差はあるけれど、その性質はどんな魔物でも共通している。そして何故か強い力を持つ魔物ほど、姿かたちは人間に近いものになる。生物としての理想形が人であるという証拠なのか、それとも力の礎である人間に存在する何らかの要素が、姿を人間に近づけているのかは分からないけどね。弱い魔物たちが人間の街に行かないのように教えられるのは、人間に紛れたい、人間と生きてみたいと思う魔物程人を喰らっているということだ。とはいえ僕はキミのような魔物ほど、人間の姿かたちを知っているべきだと思うんだよ。だって力の強い魔物に近づくに越したことはないし、人間と魔物はお互いにとって天敵に値するからね。まあ本当は魔物が人間の天敵であることだけが本来決められている形なのだけれど、詳しい話はまた明日。


 ボクはマスターの話に聞き入り、いつもならとっくに飲み干しているはずの飲み物をなみなみとコップに残していた。

「ほらほら、聞き入って飲むのを忘れちゃもったいないよ。折角出してるんだからちゃんと飲んでくれないと。」

マスターにそうせかされて、コップの中身を勢いよく飲み干す。初めてこれを飲んだ時はこれほどまでに美味しいものがこの世にあったのかと驚いた。マスターに聞くと、これよりも美味しい食べ物がこの世には存在しているらしい。いつか機会があれば食べてみたいな、なんて。

 ボクはそもそもこの洞窟から外に出たことはないし、人間の街に行きたいとも思わない。だから今日の話はボクにとって何ら関係のない話なのだけれど、それでもどこか心躍るような気分になるようなものだった。そして、今夜もマスターは次の話の予告をしてくれた。意思も持たず、ただ洞窟の中を這いずり回るだけだったボクに話をしてくれて、考えるための知識を与えてくれた。そのおかげでボクはこんな風に話を聞くために苔を集めるという目的が出来た。ボクはマスターに感謝しているし、ボクはマスターの事が好きだ。

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