三題噺「空」「猫」「最後のかけら」

はちみつプログラム

それは大きく、黒く、ふさふさした何か。

 命惜しくば、外に出るな。


 傷だらけの第一食糧班が、食糧調達作戦から帰還してきて開口一番に出た言葉を思い出す。

 建物の陰で待機していた我々第二食糧班が、第一食糧班の生き残りに駆け寄ると、その傷痕から壮絶さを物語っていた。

 背中には、二本線に皮膚を引き裂かれた跡が走る。横っ腹にはぽっかりと円状の穴が空いており、鮮血が溢れ出し奥では骨が剥き出しになっているなか、か細い生命の糸が繋がれいるが長くはない。

 俺は何があったのか尋ねるが、だんだんと呼吸が途切れとぎれになってきて、とても言葉が出せる状態ではなかった。にも関わらず、彼は最後の力を振り絞って声上げた。


「て、てきはひとつ。それもおおきくて、おっかない。おいらたちはちらばって、そいつからにげようとした」

「そいつのみためは?」

「とてもおおきい! おいらたちのなんじゅうばんめかわからないが、そのくらいだ! よっつのあしでたっていて。けがふさふさはえていた。いろはくろだ。めがまんまるで、きいろいろだった。そして……」

「そして?」

「そ、そし、て………」


 体を揺さぶり、彼の意識を呼び起こそうとするが、やがて息を止め、俺はそれ以上彼に触ることをやめた。

 第一食糧班は、長男の一番から七つ子の七番で構成され、さらには訓練された精鋭部隊であった。毎日美味しい食べ物を持って来ては家族や親戚に配っていた。

 そんな彼らだったのに、帰還できたのは奥に運ばれていった死体だけだ。

 俺はすぐさま第二食糧班に召集を呼びかけた。

 リーダーである八つ子の八番の俺は、逃げるべきか危険を犯してまで食糧を調達するべきか輪になって議論した。

 結論は一向に出ず、時間だけが無駄に過ぎていた。現状、意見は半々に分かれており、リーダーである俺は心では行きたくないの一択だった。

 しかし外は冷え、そろそろ空からふわふわとした白い氷が降る時期なる頃だった。俺らはその時期になると外に出れなくなる。体が言うことを聞かず震えが止まらない、意識が薄れ体からは熱がなくなってしまうからだ。

 しかし、第一食糧班が向かった先には、班を全滅させるほど脅威が存在する。

 行かない選択肢はない。行かねば家族や親戚、なにより子どもや赤子が餓死してしまう。

 怒った班の仲間が抗議する。それでも、だ。


 お前の言いたいことはよくわかった。だが。すまない。俺はどうしてもそこを通りたいのだ。いや通らなければならないのだ。


 ならん、行ってはならん!


 では、作戦をたてよう。


 相手がわからないのに、どんな作戦をたてる気だ?


 簡単だ。これはどんな生き物であろうと、必ず成功する作戦だ。


 ほう、それはどんな?


 俺が敵を引きつけて、お前達はその間に食糧を取りに行け。そうすれば、お前達は飢え死にしないですむ。


 お前はどうする、死ぬ気か!?


 陽動だから当然その覚悟だ。


 正気か?


 正気だ。


 それから黙り込むと、仲間達は納得したようでまだ納得できていないの思いのまま、俺らは向かった。

 狭い隙間から建物の陽の下に姿を出す、第二食糧班。我々の家は、布がはみ出た木箱の裏に隠れた穴の空いた壁にある。

 建物の内に出ると、部屋は広く温かい。居心地は良くつい眠気が来る。外は冷えるというのに、なぜなのか。見上げれば空はない、建物と同じ色をした壁があるだけだ。

 我々は四本脚で立つ木の家具がどんと置かれた下を通り抜け、何段もある階段を降りると、最初の障害である透明な壁にぶつかる。

 我々は壁を登り、金色の曲がった棒に乗っかると、一斉に飛んで体重を乗せた。

 すると透明な壁から、僅かに空気の通り道が出来上がり、そこを通る。


「みえてきた、みえてきた」

「たどりついた」


 我々が辿り着いた場所は、外は温かく内は今日の季節のように冷えていた。

 そこはよく開かれており、あまり閉ざされている所を見たことがない。

 よく冷えたそこには沢山の食糧が入っており、俺らはそれらを運ぶのが仕事だが、そこへ……。


 しゃー、と鳴く音がした。


 仲間の九つ子の九番が班に急いで運べと命令する。俺は外に出て、広い場所へ向かった。


 何か、何かの視線を感じる。

 だが、どこを見てもそれが見当たらない。

 姿を隠しているのか、俺はその時恐怖で足が震えていたが、途端にどこからか物音がした。

 おいしい匂いが鼻腔をくすぐり、匂いが強い方へと顔を向ける。するとそこにはさくさくとおいしい食糧があった。

 それはよく巨人が床に溢れ落とす、食糧の最後のかけらだった。


 俺は死ぬ最後の晩餐をしようと、食糧に向かって走り出したその時だ。


 横から黒い何かが、目にも止まらぬ速さで口……大きく……開け……あ……。


「チュー……」


「んーー」

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