勇者は逃げ出した!

坂巻

勇者は逃げ出した!

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 ユウシャは勇者の末裔である。

 王都の外れに1人住む普通の青年であったが、その事実だけは今は亡き両親から伝えられていた。

 世界を恐怖に陥れた存在、『魔王』。それを封印し平和をもたらした『勇者』。これはそんな魔王と勇者の戦いから215年後の創世大陸ツィクルでの、新たな勇者の物語だ。


「今日は空気中の魔力が騒がしいな」


 神の視点を気にした完璧な角度で、ユウシャは髪をかき上げる。常人にはわからないかもしれないが、彼は自宅の窓越しの風景に異常を感じ取っていた。

 それからのユウシャの行動は早かった。代々受け継いできた勇者の剣を携え、最低限の食料や装備を整え、部屋を飛び出した。おそらくこの場所には戻ってこられない、と理解しての旅立ちだった。


 ユウシャの勘の発現から数時間後、彼の部屋に数人の兵士が踏み込むことになる。


「勇者の末裔さまはどこだ?」

「いねーぞおい!?」

「魔王が復活したからユウシャを呼んで来いって王様に命じられたってのに」

「王様になんて報告する?」

「とりあえず王都に住む勇者パーティだった神官さまの末裔にも声かけないといけないから、そこ行ってからにしよーぜ!」

「賛成!」


 兵士たちが全て説明してくれたが、緊急事態を伝え王城へと招こうとしていたユウシャはすでに出発した後。そして兵士たちの次なる目的もユウシャは先回りしていた。

 教会近くの洗練された雰囲気の漂う『陽光通り』。白い建築物ばかり並ぶその場所で、目的の家のドアをユウシャは強く叩いた。


「はい~、なんですかあ、こんな朝早くに~」


 ピンクの寝起きの髪を直しながら現れた少女。彼女の纏う長いローブは身の丈にあっておらず、床を引きずっていた。


「神官の末裔、久しいな。突然で悪いがすごく嫌な予感がするから旅に出るぞ。今すぐ用意してくれ。うんありがとう、じゃあ表で待ってるから」

「確かに神官の末裔のシンカンですけど~。初対面で知り合い面してくるし、何も言ってないのに旅に出ることになってるし何こいつ~誰~」


 神官の末裔のシンカンという名の少女は、代々伝わる神官の杖の先端部分の石を覗き込んだ。石には伝説の勇者パーティの仲間の位置を知らせる迷子捜索機能が付いている他、シンカンの知りたいことをぼんやり教えてくれる便利機能も付いている。


「うわ~こいつ勇者の末裔だ~。ええと『不吉すぐに発つべき』?」

「そうだ、すぐに逃げ……旅立たないと、めんど……良くないことが起こると俺の勇者の勘も告げている!」

「は~、疑わしいけど杖も言ってるしまあいっか」


 こうして、ユウシャの情報位置を把握できるやばめスキルを持ったシンカンを確保したユウシャは安心して王都を出たのだった。


 その数時間後。


「おい神官の末裔さまもいねーぞ!」

「いなくなったユウシャさまを探してもらおうと思ってたのに!」

「王様にこれ報告するの?」

「おれやだ~!!」

「オレもやだ~!」

「じゃあ全員で言いに行こうぜ!!」

「賛成!!」


 魔王復活からの伝説の勇者たちの末裔の招集。それが叶わぬことを王の間にて知らされた国王は、この国の兵の仕事のできなさに頭を抱えていた。

 しかし、兵の能力の低下は平和の証であると喜ぶ。緊急事態に対応できない民たちは、今の王にとって歓迎すべき堕落であった。


「とは言っても、勇者の末裔は必要じゃからさっさと探してこい! それにまだおるんじゃろう!? 伝説の勇者ぱーていの末裔どもは!?」

「はい陛下! 勇者の末裔、神官の末裔、戦士の末裔、騎士の末裔がこの国に住んでいます!」

「ならばはよいけ!」


 こうして兵士たちはユウシャを追うこととなる。

 他にも各地の大きな町に「勇者の末裔探しています」という王命は便利通信アイテムツゲルくん(遠話意思疎通爆音石)により伝えられ、ユウシャの自由に動ける範囲は確実に狭まっていた。


 そのことを知らないユウシャは、王都を出たところにある『はじまりの森』でシンカンを連れて初めての戦闘に挑んでいた。


「うおおおお!!」

 高速で低レベルの狂気ネズミラットの動きをかわすユウシャ。

 素早い彼の動きについてこられず、モンスターは攻撃を外しまくっていた。だが時折勇者が攻撃しても狂気ネズミラットは倒れることはなく歯向かい続ける。

 それを後方で見守っていたシンカンはとうとうしびれを切らし、手に持った杖を振り下ろした。ドゴォという鈍い音がして地面が少し割れる。狂気ネズミラットだったものが飛び散っていた。


「俺がやるから見ててくれって言ったのになかなか終わらないじゃないですか~」

「え、ちょっと待って、シンカンなにそれ、え?」


 自分より背の小さいピンク髪少女の圧倒的な暴力の前に、戸惑うしかないユウシャ。


「その~私回復とかできないので、殺られるまえに殺れ精神で生きてきたので~」

「シンカン回復魔法使えないの!?」

「ユウシャさんは使えるんですよね?」

「使えないけど!?」


 相手に想定していた能力がないと知り、お互い黙り込む。手っ取り早く回復できる手段は近場に生えていた薬草しかなかったので、擦り傷を負っていたユウシャは複雑な表情で草を食べた。味はどう足掻いても草だった。

 このままだと戦闘行為を繰り返すたびに、口内を薬草まみれにしながら冒険を続けるしかない。まずいと思ったユウシャとシンカンは早々に森を抜けることを決断した。


「この森抜けたらどうします?」

「他の勇者パーティの末裔を回収されるとめんど……他の勇者パーティにも危険を知らせて共に旅をするのが一番いいと思うぞ!」

「何言ってるのか意味わかんねーですけど、まあ杖も異論なさそうなんでいっか。次に近い町が伝説の戦士の末裔いたはずなんで、そこ行きますか」

「戦士は回復技使えるといいな!」

「そうですね。少なくともこの草より美味しい回復手段持ってるといいですね~」


 ユウシャとシンカンが次なる目的を定め、急ぎ森を出たのは正解であった。


 もしまったり薬草食事会をしながら狂気ネズミラット等の初級モンスターたちで無駄にレベル上げをしていれば、王命を受けた兵士たちに捕まっていただろう。


 ユウシャとシンカンと同じ道を辿る王国の兵士たちは、時々襲い来るモンスターを薙ぎ払いながら進む。それはユウシャたちが『はじまりの森』を去る数分前のことだった。


「次の町に戦士の末裔いるんだろ。勇者の末裔もそこにいてくれるといいな~。そこで全員捕まえてお仕事終わりにして帰りたい」

「おい見ろよ! あそこに面白そうな館があるぜ!」

「もしかしたら戦士に会いに行こうとした勇者の末裔さまが休んでるかも!」

「どうする寄ってくか?」

「うーん効率考えて別れないか? オレらは先に森抜けるから」

「了解! 自分たちが探索してくるわ」


 こうして兵士の内数人は、突如として現れた森の館へと向かうことになる。しかし彼らは知らなかったそこで恐ろしくも貴重な体験を得てしまうことを――。

 のちに館へ向かった組の兵士は「図書室で急にぶつけられるブルーベリーパイは心臓に悪いからほんと勘弁」という奇妙な文言を戸棚の中でガタガタ震えながら喋るしかなくなるのだが、その謎はこの作中で特に判明しない。




 さて、森を抜けたユウシャとシンカンは、目指していた次の町にようやくたどり着いた。このまま戦士の末裔に会いに行っても良いのだが、薬草で回復してばかりの2人はまず宿屋で身体を休めたくてしかたなかった。


「こんにちはユウシャだ。一泊させてくれ、一部屋でいい」

「こんにちはシンカンです。一泊させてください~二部屋お願いします~」

「ユウシャだと!? 者どもであえであえ! 伝説の勇者の末裔だぞ! 確保だ確保!」


 ゆうべはおたのしみでしたね、の前に何故だか宿屋の主人に捕まりそうになったユウシャたちは慌てて建物を飛び出した。シンカンは途中で「なんで逃げてんの?」と疑問を持ちそうになったが少ない体力が彼女の思考力を奪っていたのでどうしようもなかった。


 こうなったら店の回復薬か何かで助かろうとしたユウシャだったが、入った道具屋でも同じような目にあうこととなる。


「王都から連絡あった勇者の末裔じゃねぇか!? ひゃっはあ、大人しく捕まりな! 爆音石でいかれちまったオレの耳の治療費になってもらうぜ!」

「くっ、道具屋の店主も洗脳されているだと!? 逃げるぞシンカン!」

「もう力でないんですけど~」

「食え! 草(薬草)だ!」

「うえ~まずい~」


 王命により国中のあらゆる場所で伝えられていた「勇者の末裔探しています」は、とうとうユウシャたちを苦しめだした。こんなところにいられるか俺は旅に戻らせてもらう、となったユウシャはシンカンの杖に従い、町のいい塩梅の場所にあった戦士の家に突撃訪問をきめた。


「久しいな、戦士の末裔! 今すぐこの町を出るぞ!」

「初対面でこのわけのわからなさっぷり、これが伝え聞いた勇者の末裔なのかゴブ。強引すぎるけどわかったゴブ。そろそろこの家からも逃げないと借金取――旅立ちの時だと戦士の末裔の勘も告げていたゴブ」

「さっすが戦士の末裔!」

「あの~この語尾がゴブのおじさんほんとに大丈夫なんですか~」


 王様が探しているのは勇者の末裔(そう言っとけば勇者パーティ全員探してるってわかるじゃろ)としか伝えていなかったせいで、奇跡的に無事だった戦士の末裔センシ。

 新たに加わった彼と共に、ユウシャとシンカンは次の町へと続く『こんわくの洞窟』へと慌てて逃げ込んだ。人々の交通のためにほどほどに整備された洞窟で、休憩できそうな空間を見つけた3人はようやく一息ついた。


「なあ、センシ。あんた回復魔法とか使えるか?」

「戦士の末裔に何を期待してるゴブ? そんなもん使えないゴブ」

「うげ~じゃあしばらくはじまりの森でとった薬草で生きないといけないんですか~。さいあく~」

「なんだ薬草があるのかゴブ。かしてみろゴブ」


 ユウシャとシンカンから、青臭くてちょっとだけ回復効果のある草を受け取ったセンシ。彼はその場で鍋を用意し、薬草と複数の粉を加えて煮込み始めた。そして背負っていた伝説の戦士の斧の柄でその鍋をかき混ぜる。


「この斧はすごく良いだしがでるんだゴブ」

「へえ、センシが受け継いだ斧は調理道具なんだな」

「いいな~、伝説の神官の杖も食べたら体力全回復しないかな~」


 疲れ切り、逃げまどっていたユウシャたちに正常な判断力はあまり残っていなかった。センシが煮詰めた緑色のどろどろの何かを携帯コップに入れてユウシャとシンカンに渡す。


「ほら、完成ゴブ! 薬草スープ伝説の斧の成分入りだゴブ!」

「まっず!!!」

「ひくほどまずい~!!!」


 ふつふつと泡が湧き出る薬草スープの味を語ることは拷問に近く、思い出すのも悪夢な液体だった。意識が飛びかけたユウシャは、地面に這いつくばりながら必死に水場を探す。


「このガラスのカケラ3つと空きビン交換してもらえますか? あ、ありがとうございます! じゃあこの空きビンに体力と気力を回復する不思議なお水をいい感じの比率でつめてくれますか! あ、助かるう!」

「ユウシャさんがダメージを蓄積させ過ぎて敬語になってるし変な幻覚みてる~!? そんな便利な手段ないですからあ~!!」

「わりとおいしいんだけどなぁゴブゴブ」


 味は魔王より地獄の代物であったが、ありがたいことに回復能力は薬草より上であった。数分後正気を取り戻したユウシャとシンカンは立ち上がり戦闘行為をこなせるぐらいには回復した。ユウシャが素早さでモンスターをかく乱し、シンカンが拳でモンスターを叩き潰し、センシが作成した火炎瓶でモンスターを爆殺する。

 あの薬草スープを飲んでいなければ、洞窟で追って来た王国の兵士と謎の借金取りに捕まっていたに違いない。

 困難は多々あれど、ユウシャたちは無事に『こんわくの洞窟』を突破したのだった。




 姿の見えない恐怖に追い立てられるように旅を続けるユウシャたちが目指していたのは、勇者パーティ最後の1人、騎士の末裔が住む港町だった。


「騎士は回復技使えるといいな!」

「そうですね、少なくともこの草スープより美味しい回復手段持ってるといいですね~」

「ほら、追加の薬草スープだぞゴブ」

「まっず!!!」

「ひくほどまずい~!!!」


 ぎりぎりの体力をセンシの薬草スープでなんとか回復しながら、ユウシャはやってきた新しい町で騎士の末裔の家のドアを叩いた。


「やっほう騎士の末裔、久しいな! 俺だ俺俺、ユウシャ! 突然だが一晩泊めて体力回復させてくれない?」

「む、この初対面で無茶苦茶な要求、まさしく聞いていた通りの勇者の末裔だな。はじめまして、勇者の末裔。わたしは騎士の末裔のオンナキシだ。以後よろしく頼む」


 真面目な態度で出迎えてくれたのは長い金髪をポニーテールにした麗しい女性だった。とにかく休みたいユウシャ一行だったが、ここで最後の仲間に無慈悲な現実を突きつけられることとなる。



「ところでユウシャ。ツゲルくん(遠話意思疎通爆音石)の情報によると王様が勇者の末裔を探しているとのことなのだが、王城に行かなくてもいいのか?」



 これまで聞かずに逃げ続けていた王命が、真面目なオンナキシからユウシャへと告げられた。だがユウシャは、焦りはしない。代々受け継がれてきた伝説の勇者の剣を胸に当て、真摯な態度でオンナキシへと語りかけた。


「伝説の騎士の末裔よ、残念だがその王命は偽物だ」

「何ぃ!?」

「悪しき存在がこの王国を脅かさんと偽の言葉を流したのだ。だから俺たちは今すぐ逃げて諸悪の根源を探らなくてはならない!」

「そ、そうだったのか。ユウシャが来なければ危うく騙されていたところだ。本当に助かった。ぜひ旅に同行させてくれ!」


 オンナキシの良い部分ではあるのだが、彼女は他人の言葉を信じやすいたちであった。真剣なユウシャの瞳に捕らわれてしまえば、彼女に為す術はない。若干呆れ気味にシンカンとセンシはこの光景を眺めていた。


「このオンナキシあまりにもちょろ……信じやすいんですけどほんと大丈夫なんですか~? え、杖も『即刻逃げよ』ならいっか~」

「おい、なんか騒がしい気がするゴブ」


 伝説の勇者の末裔たちが無事に集い、逃走という名の旅を再開しようとした矢先だった。


「見つけたぞ! ユウシャさま!」

「おお! ラッキー末裔全員いるぞこれ!」

「やったあ王都帰れる!!」

「金返せゴラァ!!!!」


 複数の兵士とよくわからない男に取り囲まれる。ここまで兵士たちを見ずに逃げてきたユウシャ最大のピンチだった。


「くっ! 城の兵士たちまで操られているのか! ユウシャよ、ここはわたしに任せて先に行け!」


 ついに集った伝説の勇者の末裔パーティ解散危機だった。

 生真面目なオンナキシが仲間たちの前へ庇う様に立ちふさがる。慌てたのは即刻港へと走り去ろうとしていたユウシャだった。


「オンナキシ! いいから一緒に逃げよう!」

「ありがとうユウシャ。だが良いのだ。代々引き継がれてきたこの伝説の鎧はこの身を守るためだけのものではない。こうして大切な友人たちを守るためにあるのだ。ずっと胸の辺りがきついな、そろそろ交換したいな、でも伝説の鎧だしな、と思いながらも手入れし続けた甲斐があったというものだ!」

「お、オンナキシ!!」


 感動の涙を流しながら走り出す準備をするユウシャ。長すぎるローブを両手でつかんで走り出す準備をするシンカン。煙幕用の瓶を手に持って走り出す準備をするセンシ。


「今だ、行け!」


 オンナキシの勇敢なかけ声と共に一斉に皆が動き始める。

 と、その時だった。


「へぶっ!」

「いだっ!!」

「でかっ!!」

「ありがとうございます!!」


 長年の圧に耐えきれなかったオンナキシの胸部の鎧が弾け飛ぶ。どうしてか鎧の胸パーツだけが綺麗に外れ、囲んでいた兵士や謎の男に次々とぶつかった。

 オンナキシの豊満な上半身は下着姿で町中に晒され、それにより追跡者たちにとんでもない状態異常が襲い掛かった。


 これを好機と見たユウシャそして仲間たちはその場から急いで逃げ出し、今にも出港しそうな船に頑張って乗りこんだ。

 犠牲を覚悟した離脱行為は結果として誰も欠けることなく、オンナキシという新たな仲間も加わって解決したのだった。(ちなみにオンナキシは回復技を持っていなかった)



「はあ~勇者の末裔たち逃がしちゃったなあ」

「王様に報告するのやだあ~」

「帰るのちょっと時間ずらす?」

「賛成!! なあ、この町美術館あるってよ! なんかゲなんとかさん展やってるらしいし、見てこうぜ!!」

「おお! いいなあ!あ、ハンカチ持った?」

「もちろんだぜ~」


 取り残された兵士たちは、ユウシャたちに逃げ出されたという結果から逃げ出すために美術館へと向かった。その後、彼らは美しくも恐ろしい目にあい、謎の借金取りに助けられるのだが、その物語はこの作中で特に説明されない。




 さて、話は戻るが勇者の末裔パーティは王国のある大陸より少し離れた小島へとたどり着く。


 奇しくもそこは、215年前魔王が倒された魔王城が残る呪われた島だった。



「こんにちはーーー! いいお城だから一泊させてくれーーー!!」


 島の中央のおどろおどろしい廃墟と化した城の前。

 重厚な作りながらも、年月の積み重ねでいささか劣化した巨大な木製の戸をユウシャは遠慮なく叩いて呼びかけた。


「立派ではあるが、どこか薄気味悪い城だな」

「もしかして魔王城だったりしてゴブ」

「まっさか~。偶然逃げてきた先が魔王城とかできすぎですよ~」


 オンナキシとセンシは素直に感想を述べたが、疲労が限界に近づいて杖の確認を怠ったシンカンは笑いながら否定した。


「こんにちはーー!」

「なんじゃうっさいわ!!!」


 突然ユウシャの目の前の扉が開き、ひげもじゃの老人が怒鳴りながら現れる。薄汚い布を纏った人物であったが、その青の瞳はどこか理知的で高貴な雰囲気を放っていた。


「こんにちは泊めてくれ死にそうなんだ」

「この説明する気がほぼない雑な要求、もしかして噂に聞く伝説の勇者の末裔か!?」

「おじいちゃん詳しいですね~。そうですユウシャさんですよ~。で私が神官の末裔で、こっちが戦士と騎士の末裔です」

「そうか……とうとうたどり着いたのだな。助かる、待っておったぞユウシャよ」

「おじいちゃん何者なんです?」

「余の顔を見忘れたか」


 瞬間、ユウシャとシンカンとセンシとオンナキシはとある有名な絵姿を思い出す。会ったことはなくとも、様々な式典の折に市井に溢れるこの国で最も偉い人物の絵姿は誰もが知っている。


「へ、陛下!?」


 そう、この打ち捨てられた元魔王城でユウシャたちを出迎えたのは、王都の城にいるはずの国王であった。


「どうしてこんなところに!?」

「魔王が復活したんじゃ。そして余の姿を模倣し国の魔力を制御する代々伝わる宝玉を奪いおった。気が付けば1人この島に飛ばされ、特殊な結界によって出ることもできん」


 忸怩たる思いを噛み締めるように王は俯く。予想以上の深刻な事態に全員が思わず黙り込む。ユウシャが逃げ続けようやくたどり着いた真実は、この国が魔王によりほぼ掌握されているという現実であった。


「ユウシャさんこれがわかってたから旅してたんですね~。さすがですう~。てっきり王様から命令されて魔王討伐に行くのが嫌で逃げてるのかと疑ってたんですけど、そんなことなくて感心しました~」

「ば、ば、ばバカなことを言うなシンカン!! あ、あ、あ当たり前だろ!?」

「ユウシャ、その大量の汗を流す気持ちとてもよくわかるぞ。王国の不穏を感じて旅をして判明した真実がこれとは、あまりに残酷な……」

「そ、そ、そうだなオンナキシ!! かなり不味い状況だな!!」

「体調悪そうだけど残ってる薬草スープ飲むゴブか?」

「あ、あ、ありがとうセンシ!! ――まっず!!!」




 魔王を倒さなければならない。

 伝説の勇者パーティの末裔たちの心は(おそらく)一つであった。


 だがここで魔王城のある島に捕らわれていた王より、さらに恐ろしいことが伝えられた。


「残念だが、伝説の宝玉を所持している今の魔王には、王国の民は誰も逆らえん。それはお主らも同じことじゃ。それだけの力があの宝玉にはある」


 国中の魔力の安定を担う宝玉ではあるが、その在り方を魔王は歪めているらしい。直接対峙していないおかげで今までユウシャたちは操られずにすんでいた。だが、魔王討伐ともなるとそうはいかない。

 唯一王という立場で逆らえる国王は、姿を写し続けるためだけに生かされておりこの島から出られないように縛られていた。


「他国に救援を頼むか?」

「むりじゃ。国境は兵が見張っておるし、ここからの距離を考えると直接他国の港にたどり着ける船は用意できん。余に食料を運んでくる定期連絡船にお主たちが乗って来たのなら、おそらくここにいることはバレておる。じきに魔王の手の者がやってくるじゃろう」

「そんな――」


 絶望的。

 体力も気力も限界のユウシャたちに襲い来る容赦のない事実。215年前に取り戻した平和はこんなところで終わってしまうのか、ユウシャがそう覚悟した時だった。


「待っておった、といったじゃろう。ユウシャ、代々受け継いできた伝説の剣は持っておるな? あれは異界とこの世界を繋ぐ干渉の剣。この国の者がダメならば、別の世界の者に勇者となってもらうのじゃ!!」

「なるほどう!!」


 こうしてユウシャは、勇者としての役目から逃げることに成功した。




 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




 あなたが眼を開けると、そこは薄暗い地下室のような場所であった。

 足元に描かれた円状の模様は淡く光り輝き、神秘的に部屋を照らし出す。


「よう、怪我はないか?」


 オレンジ色の髪の見たことのない青年が、こちらに手を伸ばす。彼は突然で悪いが、と前置きした上で彼らの逼迫した事情を語って聞かせた。


「急に召喚され、魔王討伐を頼まれてあなたもびっくりしたと思う」


 青年の周りには、ピンク髪の身長の低い少女とどう見ても人間ではない小柄な生き物と胸のあたりを大きく露出した金髪ポニーテールの女性が立っていた。

 少し離れた場所には小汚い老人が楽器のようなものをいそいそと準備している。


「もちろんあなたには断る権利がある。だがこっちも断られると困る」


 青年の真っすぐな言葉。そして、小汚い老人が肩のあたりに楽器を構えた。



「だから、どうしても嫌だというのなら――俺たちを倒して逃げ出してみろ!!」

「でーんでーんでーんででで ででで でーんでーんでーん!!」



 老人の口と弦で奏でられたそれは、おそらく戦闘用BGMだった。



 盗賊のユウシャ 破壊神のシンカン ゴブリン錬金術師のセンシ 踊り子のオンナキシが 勝負を挑んできた!



 戦う アイテム ▷逃げる



 勇者あなたは 逃げ出した!

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