異世界流離譚~世界再生の旅に出ます~

ジャクリ0080

第1話 流れ星?いや、行き倒れ。

春、それは出会いの季節。だが私、エルハーベンの19回目の春はそんなものとは無縁だった。故郷を離れて6年間の時を過ごし、もうすっかり実家のように感じていた魔法学園を卒業してからというもの、私は働くこともなく生家でだらだらと過ごしていた。

何か面白いことはないだろうか、そう思い月を見ながら酒を飲んでいたのが昨日のこと、北の空から星が一条、家の北にある山に落ちたのが見えたような気がした。見間違いかもしれないが、もしホントに星が落ちていたら面白い。そんな好奇心に惹かれ私は流れ星を探して山へと踏み入っていた。しかし、


「はあ~、やっぱり見間違いだったのかな。」


山へと分け入り随分と時間が経った。家を出たときはまだ夜空の月もまだ頭上を過ぎていなかったというのに、東の空は白みかけている。しかし、だというのになんの成果も上げられていない。


「ふぁ~ぁ。もうこんな時間か、何もなさそうだしそろそろ帰ろうかしら。そして寝ましょう。さすがに疲れてきたわ。」


最初は何かが起きるかもしれないという期待に興奮して疲れなど感じていなかったが、私は既に冷静になりつつあった。


「いやすっかり時間を無駄にしてしまったわね。まあ暇つぶしにはなったかな。」


そう呟き我が家へ続く道に戻ろうとする。だが、


「えーっと、どっちだったかしら?」


来た道を戻ろうとするのだが、どうにも分からない。山の中だし私は藪を適当にかき分けてきたのだから当然と言えば当然のことなのだがどこも同じように見えてしまう。


「嘘でしょ?迷った?も~、勘弁してよ。」


村からそう離れたわけではないし、ここら辺はそう複雑な地形ではなく山を下れば何とかなるだろうが時間がかかってしまうことは間違いない。さっさと帰って寝たいのだが面倒な事になってしまった。


「あ~あ、まあうだうだ言っててもしょうがないし適当に下るか。」


全くついていない。あの流星は幸運の兆しかとも思ったが、どうやら私にとっては凶兆だったようだ。


重たい体に鞭を打ち、山を下るが気分は良くない。来るときは興奮していて気にならなかったが、虫はたくさんいるわ、ツタが足に絡むわで鬱陶しい。だというのによくもまあこんな深くまで登ってきたものだ。我ながら感心してしまう。

嫌な顔をしながら進んでいると前方から唸り声が聞こえてきた。獣のものではない。かといって人のものでもないだろう。


「は~、何でこういうときに限って魔物に出くわすのかしら、ホントについてないわね。」


伊達に魔法学園で6年間も学んできたわけではない。こんな所に現れる魔物如きに後れを取る気はないが、数が多いと面倒だし、なるべくなら戦闘は避けたい。だが、わざわざ迂回するのもなんだか癪だ。魔物に見つからないよう祈りつつ、その側を通り抜けようとする。


だがそこで私は異変に気付いた。


「ん?」


どうやら魔物は既に獲物を仕留めた後のようだ。大型犬のような姿の魔物の影からは人間の足が僅かに見えている。面倒な事になった。私はそう思った。もしかしたら魔物に襲われたこの人も私と同じように流星を探して山に踏み入ってしまったのかもしれない。だがこの程度の魔物からも身を守れないようであれば結界の中で大人しくしていれば良いのに…。

そんな風に思わなくもないが、見つけてしまった以上は放置するのも寝覚めが悪い。ため息を一つ付きながら、私は魔物を追い払い、襲われたものを弔ってやることにした。


「裂風。」


魔力を練り、風の魔弾を作り出し、魔物の顔の辺りに投げつける。思った通り、魔物は雑魚だったようだ。その一撃で怯んだ魔物は顔から血を流し、声を上げながらどこかへ立ち去ってしまう。わざわざ止めを刺すほどの相手ではない。そう判断して私は襲われていた人の方を見下ろす。女だろうか、濡れ羽色の黒髪は腰ほどまで長く、黒い着物を着ている。髪に隠れてよく見えないがその隙間から見える容貌はとても整っていてまるで作り物のようにすら感じる。


「もったいないな。こんな美人なのに。」


そんな感想を抱く。これほどの美貌があれば良い所に嫁いでそれなりの暮らしも簡単にできただろうに、こんな所で命を落としてしまうとは。だが、死んでしまったものは仕方がない。可愛そうだが連れて降りるのは大変だし、旅人の習いで死体に火を放とうとする。その時、


「…う。」


…動いた?横たわっている人物が僅かにだが呻いたような気がしたのだ。魔物に襲われて生きているなんて、運が良い。安否を確かめるべく脈をとってみる。


「…あれ?」


脈拍を感じない。やはり死んでいるのだろうか?


「…う、う。」


だが再び苦しそうに息をする。やはり生きているのだろうか?試しに口元に手を当ててみると僅かであるが空気の流れを感じた。どうやら息はしているようだ。外傷は見られないがもとても衰弱しており、鼓動が弱まっているのかもしれない。あまり回復の魔術に自信はないのだが、そんなことを言っている場合ではないようだ。


「治癒の光よ、彼のものに癒しを与え給え。」


治癒の魔術を横たわる人物に掛ける。すると、徐々にではあるが呼吸が落ち着いたものとなってきたようだ。もうしばらく続けていると身じろぎをして、ゆっくりと瞼が開いた。琥珀色の美しい瞳と目が合った。


「ん…、だ、れだ?」


意識は取り戻したようだが状況は良く分かっていないらしい。落ち着いたことを確認し、治癒の魔術を切り上げる。


「気が付いたみたいね。あなたは魔物に襲われて倒れてたのよ。」


「ま、もの?」


「ええ。気が付いたばかりで、余りこういうことは言いたくないのだけど、自分の身も守れないのなら結界の外には出ない方がいいわ。」


「け、っかい?」


「そうよ。安全なところくらいまでは送ってあげるわ。あなた麓の村から来たの?名前は?」


徐々に意識がはっきりしてきたようで身を起こした。

…だが、次の一言はさすがに予想していなかった。


「分からない。」


「え?」


思わず聞き返してしまう。嫌な予感が頭をよぎる。


「分からない。」


だが、琥珀色の瞳はこちらを真っ直ぐと見つめたまま同じ言葉を繰り返す。


「わ、分からないって何が?」


祈るような思いを込めて、恐る恐る聞き返す。


「名前、」


「くっ、」


思わず天を仰ぎ見る。すっかり白み始めていた空には鳥が羽ばたいていた。そんな穏やかな光景を見て、どこか気が抜け現実を受け入れる準備が出来た。


「まさかとは思うけど記憶喪失ってやつ?」


「分からない。」


それすらもか、まあ仕方がない。乗り掛かった舟だし、せっかく助けたというのに見捨てるのも忍びない。


「まあいいわ。じゃあ、何か覚えてることはある?」


「何も。」


「そ、…そう。まあ山を下ればなんとかなるでしょう。きっとあなたを知っている人もいるはずよ。」


自分に言い聞かせるようにそう呟く。まさか、流星を追いかけたらこんなことになるとは、とんだ拾い物だ。


「ありがとう。」


私の内心の落胆など露知らず、彼女はそう純粋な言葉を投げかけてくる。だが、私は僅かに違和感を覚える。


「……ん?」


彼女は目鼻立ちも整っているし、私が今まで見た中でも五本の指に入るほどの美人だ。自身の容姿に自信はあるが目の前の彼女には叶わない。それでも、


「…あんたって、もしかしてだけど、男の子?」


恐る恐る尋ねてみる。まさかとは思うのだが、その中性的な声や、醸し出す雰囲気にどこか言い表せない違和感を覚えてしまったのだ。


「ああ。…そうだ。」


彼女、改め彼は、そう告げた。……これは人生でも最大級の衝撃だ。眩暈がして、後ろに倒れそうになってしまう。そんな私を引き留めたのは咄嗟に伸ばされた彼の腕だった。


「あ、ありがとう。」


礼を言って、何かおかしいことに気が付く。なんだか固い。抱き留められておいていうのもなんだが、人の手の感触ではないような、違和感の正体に視線を向けると、彼の左腕は見慣れた肌色ではなく、淡く深い海ような色の鉱石のようなものでできていた。


「あんた、その腕、」


そう呟くと、彼もまた自身の腕が人間のものでなくなっていることに気が付いたようだ。


「ん?」


だが、特に取り乱した風もない。随分と肝が据わっているようだ。記憶を失った影響か、それとも生来のものなのか、それを知る術は今の私にはないが、まあここで喚きたてられるよりはましだし、もう色々と考えるのも面倒くさい。とりあえず腕のことは忘れることにした。


「まあいいや。とりあえず山を下りましょう。キリの良い所までは面倒見るわ。」


そう彼に告げ、私は彼を連れ山を下った。

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