さよなら魔法少女

れも

さよなら魔法少女

「ミリア、魔石を砕くのはまた今度にしませんか」


 一緒に戦ってきた魔法少女プランツの言葉に私は耳を疑った。

 なぜなら目の前には瀕死の魔王がいて、奥にあるすべての魔力の根源たる魔石を破壊すれば世界に平和が訪れる。そのあと一歩のところだったからだ。


「どういうつもりプランツ?」

「それは、cえv@y43c8ぇ;lxj」

「……現実世界リアルの都合ってことね」

「ごめんなさい」


 魔法少女の掟として、変身前の情報は魔術によるノイズがかかり相手には伝わらない。

 だからプランツがどこの誰で、何のために使い魔と契約したのか私は知らない。


 一方の私は、魔族と戦い続けて十年の月日が経っていた。

 興味本位で使い魔と契約し、のらりくらりと敵を倒しているうちに魔界への転移魔法を開発して、魔王の居場所をつきとめて、魔法少女を束ねるリーダーになって……数えきれない程の仲間を犠牲にした。


 叶えたい願いはない。だけど意地はある。


 魔界の最果ての洞窟の突き当たり。鈍く光る魔石が最後の戦いで散った魔法少女たちの亡骸を薄く照らしていた。


「私はもっとずっとミリアと一緒にいたい」

「向こうに戻ったら、絶対に君を探し出すから、ね?」

「それじゃダメなんです!」


 プランツとは魔法少女の中で一番長いつき合いだ。もう六年ぐらいだろうか。

 弟子というより妹のような存在。

 素直で、いつも遠慮がちに笑って、だけど一番強かった。植物を操りながら空中を舞う姿は、まるで戦いを楽しんでいるようにさえ見えた。


 薄いグリーンの髪や花をあしらった妖精のような衣装がなくなったとしても、現世で必ずプランツを見つけ出してやる。だから


「魔石は砕くよ。もう魔族も魔法少女も必要ない」

「そう、ですか」


 魔界から脱出するための分だけ残して、ありったけの魔力を込める。

 そして魔石が弾けたのと同時に転移魔法を発動した。


 変身を解除するとそれぞれ決められた地点に体が転送される。

 最後の魔法の光の中で、プランツは目を閉じて穏やかに微笑んだ。


「さよならミリア」

「またねでしょ、プランツ」



――――――



 魔力が消滅してもうすぐ一年。

 人は魔族に怯える心配がなくなり、世界は平穏を取り戻していた。


「手がかりナシとはねえ」


 かつて箒にまたがり空を飛び回っていた私は、今はバックパックを背負って地面を歩いている。

 この一年、私は世界中のアジトを巡って元魔法少女たちと再会した。

 魔法少女のときの記憶がなくならないのは僥倖だった。

 だけど、プランツの形跡だけはいまだ見つかっていない。


「日本に戻るかぁ」


 魔力に頼らない生活は不便なことこの上ない。

 ご飯を食べないとお腹は減るし、ベッドで寝ないと体力は回復しない。

 暑いと体は汗をかき、寒いと体は震えてしまう。

 何より資金が必要で、かつて世界を救った魔法少女ミリアは今や各地の仲間に頭を下げてお金をせびっていた。


 元々身寄りのない私はプランツを探すという使命に生かされている。

 世界のどこかで待っている彼女のために、重い体を引きずって久方ぶりの自宅に帰りついた。


「魔法少女ミリアだね」

「は?」


 誰もいないはずの部屋の真ん中に、猫ともネズミとも言えない緑の毛むくじゃらな生物が佇んでいた。

 そいつが魔族の一種だと判断するのに随分と時間がかかった。敵だったらとっくにやられている。


「僕はプランツの使い魔。ようやく会うことができたね、ミリア」

「なんで魔族がまだ生きてるのよ」

「そのうち話すさ。それはさておき、もう一度プランツに会いたくはないかい?」

「っ!」


 その言葉を聞いた私は、すぐさま使い魔を肩に乗せて家を飛び出た。

 強く照りつける太陽のもと、案内された場所に向かって全速力で走る。

 

 なんと彼女はこの町にいるとのことだった。

 もっと早く来てくれればよかったのに!


 魔力が使えないのがもどかしい。

 すぐに息が上がって足がもつれる。

 それでも走る。

 自分の力でたどり着かないと彼女に笑われる気がした。


「僕は他人には見えないから心配しないでくれ」

「分かってる」


 到着したのは赤い十字架が掲げられた白くて無機質なお城だった。

 魔法少女として戦い抜いた経験が嫌な予感を察知する。

 魔王の城と違って、ここは傷ついた人を治す場所で


「藤宮様の面会ですか」


 魔族ではなく白衣の天使が私を迎え入れる。


「こちらになります」


 潔癖すぎる廊下は、魔物が潜む暗闇よりも恐怖を感じた。

 やがて一室の前で足が止まる。プレートには『藤宮瑠璃』と書かれていた。

 形だけのノックを済ませ、そのまま手を止めずに扉が引かれる。


「どうぞ」


 部屋は魔界の夜よりも暗く静かだった。

 明かりをつけると一つしかないベッドに一人の女の子が横たわっていた。


「プランツ……なの?」


 よく分からない機械から出ている何本もの管が彼女の腕に、喉に、頭に突き刺さっていた。

 体に力が入っている様子はない。

 頬は痩せこけ、腕は地に落ちた小枝のようにただベッドの上にあるだけだった。


 カーテンを開けて窓から差し込む日の光で彼女をさらに照らす。

 少しでも生気を感じたかった。


 手入れされず艶のない黒の短髪に悪魔よりも不自然な白い装束。

 決して動く気配のない女の子は、だけどわずかに口角を上げ、穏やかに彼女だけの時を刻んでいた。

 その顔は、あの日の別れ際に最後に見せた微笑みと同じだった。


「驚いたかいミリア?」


 プランツの使い魔が耳元で語り掛ける。


「瑠璃は七年前に事故で植物こんな状態になっちゃってね」

「……」

「最後に意識がなくなる寸前に僕と契約したんだ」

「魔法少女になるときだけは」

「そう。瑠璃は自由になれた」


 使い魔は私の肩からジャンプして瑠璃の胸の辺りに着地した。

 光を反射させない漆黒の瞳で私を見つめる。


「魔力は便利だよねミリア。そう思わないかい?」

「……魔力を、魔石を復元する方法はあるの?」

「話が早いね。さすが最強の魔法少女」

「もうそんな歳じゃないよ」

「だってさ、みんな」


 ぞわりと病室全体から生物の気配がした。

 急いで見回すと、窓際に置かれていたぬいぐるみが宙に浮いて私を取り囲んでいた。そして、おおよそこの世のものではない姿に変化していく。


「僕たちが君の願いを叶えるから、君には新たな魔王、いや魔女になってほしい。魔石を生み出す準備はもう整っているよ」


 瑠璃に会って、魔法しか取り柄のなかった私に生きる意味ができた。


「……瑠璃と私から離れて」


 いつの間にか部屋を埋め尽くすほどに増殖していた魔物たちはすぐに私の言う通りにした。

 ゆっくりと瑠璃のもとへ移動する。


「久しぶり、プランツ。初めまして、瑠璃」


 素直で、遠慮がちに笑って、妹みたいだった彼女の目が開くことはない。


「向こうの世界で待ってるから、今度は君が迎えに来て」


 そう言って私は彼女に顔を近づける。

 ほんの一瞬触れた唇は、かさついていたけど柔らかく、そして確かに温かかった。その生きている証が私に新しい力をくれる。


「それじゃ行きましょうか」

「君のエゴを元にして作られる魔石だ。君が敗れると、瑠璃や瑠璃と同じような魔法少女たちは元に戻っちゃうからね」

「負けるわけないよ。何年戦ってきたと思ってるの」

「それは心強い」


 待ってるから。

 プランツ、いや、瑠璃。


 使い魔たちの魔力をかき集めて、まずは魔界への転移魔法を唱える。

 体が軽い。魔力があれば何だってできる。いつまでだって待つことができる。



 だから、さよなら魔法少女。


 またね、瑠璃。

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さよなら魔法少女 れも @lemo_cola

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