第11話 ヘシオドスさんの村。

右手にアナトリアの岩肌を眺めつつ船は、北北西に進んでいる。


この英雄物語だらけの海原を嘗古の時代に 名を馳せた多数の魂たちが思惑思惑で彷徨いているのだ。

死ぬまで毎日お勉強のソロン爺、闘争の渦巻から弾き飛ばされたヘロドトスおっさん、霊感をとぎすます為に岩山の洞窟に籠ったサモス島のピタゴラス師匠、多少挫折して故郷に帰るヘシオドスおじさん、等々。

でもそれらはそんなに隔絶された昔の事でもないのだ。

試しにBoeotiaの Ascra村に行ってみよう木陰の茶屋で茹でた空豆を摘みながら地酒飲んでる赤銅色日焼け爺さんたちの横を通り、歩いてるおばさんに聞けば直ぐ其処がヘシオドスおじさんが水ヲ汲んだ泉だと指差してくれる、またその先には彼が羊たちを連れてhelicon山へ通った小道が見えている。住居跡はと尋ねると、村はずれから右の向かった野原の方を指差す、野原に佇むと小さい丘を超えた遠方にヘリコン山の重厚だけど温かみのある山肌が見える。ミューズが語りかけてくれるかと聞き耳立てたけど、かすかに蝉の声のようなものが聞こえただけだった。まだらな潅木ばかりなので蝉も育ちにくいのか?


蝉の音はやはり無数のミンミンゼミの合唱が一番。彼等の創り出す隙間のない高音でかつ重金属的マッシブな音海に沈みたい。無音の世界は死者と成って宇宙の縁へと無縁無縁と流されてる様で、寂しい。騒音雑音重音は生まれ落ちた瞬間の再現で吉祥大吉。

できれば目の前一面に大輪ヒマワリを植え付けて、その外周に熟れる前の青々した匂いトマト、あの一途な十代のエロスの咽せるような匂いを散布瀑散放出する彼等を虐めたい。


ペルー、エクアドルのアンデス山地原産のトマトにはトマチンなるアルカロイド

が含まれている。コカインとトマチンの相乗作用によって、あの様な生贄の風習が発生したのかは新しい仮説には成れない。トマチンで死ぬには25トンもトマトを一日で消費せねばならないからだ。



晴耕雨読明神的イメージなヘシオドスさんだけど、こんな無限に広がる澄みきった大気大気だらけの場所で遺産相続争いに巻き込まれた彼は幸か不幸か???

他人の不幸は蜜の味じゃないけど、我々は失意し吟遊詩人に変身したヘシオドスさんのおかげであの時代に橋頭堡があるのだ。

先ほどから上甲板に行く階段の磨り減り具合を時間潰しの為に眺めている。船旅とは乗船したら、限られた空間内で時間を消費するしかないのだ。

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