第9話 最新習作パリ発。注勿体振臭。
五月革命時に、パリの至る所の屋根裏部屋に学生たちは機関銃を隠し持っていて武装蜂起の時を待っていると聞き及び、この大波に乗らなくてはと、僕は準恐喝的にカンパ金を集め貨物船V-----号に乗り込み40日間かけてマルセイユに上陸した時は宴が終わった後だった。
当時のパリは未だまだ世界の中心だった。
アルジェ解放戦争、サイゴン解放戦争、全てに彼らピエール・カルダンばりの長身細身のスーツ着たパリの曲者エリート達が関わっていたのだ。
催涙ガスと街路に転がり燃えるプジョーやルノー、引き剥がされた石畳が僕を迎えてくれるはずだったのだが、少しばかり余分な時間が経過した後だったので、迎えてくれたのは普段のパリ。クロックムシュの焦げたグリュイエールチーズとカフェとジタンの匂い。
街路をうろうろと漂流していた僕は突如止まったアノ角角シトロエンバスから飛び降りたポリスのしなやかなゴム警棒でシッパたかれ、薄暗い警察署に連れ込まれ、やる気のない尋問と係留。適当に時間経過後、外に放り出されるの繰り返し。
革命的なモノには程遠い日々が続いていた。
単純に夢見てたドラクロアの女神の横で二丁拳銃の使い手になる夢が霧散した。
でもそれはそれで良かったのかも、単純思考の僕なぞは反革命は殺せ殺せのノリで、ヴァンデへ送り込まれた少年兵が童顔の殺戮者になったようにナニをしたかわからないのだから。
僕を含むその頃の若者はパリ発信のアジテーションの雨の中で濡れっぱなし。真青20歳の代弁者ニザン、若死のロートレアモン伯爵、イネにいじめられ不慮の事故死のカミュ。実存実存。準飢餓死のシモーヌ・ヴェイユ。 凡そ少しでも文化色ヲしたものは文化の都胎盤発で。キーワードはパリ。
白軍兵士のガイト ガズダーノフが流れ流れてセーヌ川の中島のルノーの工場に着いたように若者たちは東方からパリを目指した時期がボクらの時代。
初めてパリに来るに当たって僕は肩掛けカバンに3人の守護神を忍ばせて来たんだが、現実のパリの空の下では助けにならなかった。
結末が垣間見える映画ばかりのスクリーンに飽き飽きし欠伸ばかりの暗闇に無鉄砲なゴダールの映像が登場した時。僕は少し未来を信じ始めた。
母音に固有な色が有ると言ったランボーは僕の理想神。でも、いくら大きな発声で母音に肉薄したけれど色が見えてこない僕は
彼に近付こうと無謀な事をしでかした事、そして完敗した事を認めた。そして初めてパリに出奔した頃の美しすぎる彼を玉座に据えた。
その横の席には親近感の湧く、絶対現世的エリートに成れないであろうジュネに座って貰うことにした。
とにかく三名の守護神が持っていた鍵はその瞬間の革命カルチェラタンのドアには有効でなく、初日からこの大都市の非情の前に壊れた。
革命への刺客Grenelle agreementsの登場で嵐の高揚感はポシャり、気分的には革命主流が遠方に行きヴィルムスハーフェンに取り残され元気のないRäte(Arbeiter-und Soldatenrat)のメンバーの様になってしまった。
処でこの港町は、物語の流れとして再登場。
部屋探し等の基本雑事に追われ、いつの間にか僕のランボーもアフリカ帰りで、詩を吟じられない重病人になっていた。
ジュネは見えない牢獄に自分から入ってしまったようで、ゴダールもシネマテークでアジらず、ぼそぼそとつぶやいていたとか。
パリの表側つまり金融がお住まいになる場は美食とジャンヌモローの世界で、僕が歩いてたのはガランガランの中央市場跡や小さく暗いサイゴン風食料品店の大きな皇帝春巻きと少女の細い腕の世界。
革命ごっこが出来ないので僕はヒッピーに化ける事にした。要するに硬い反体制の川からやわらかい温泉川に移動したのだ。
体制側の守り手である警官からの扱いに変化があった。地方の街に流れ着くとゴムの警棒のディープな痛みの代わりにパトカーに乗せられ街はずれか駅、バス停で彼方行けになった。
つまり目障りな異分子排除作戦。これは中世の頃から面倒な人間は阿呆船に乗せて下流への現代版。で田舎、社会から疎外された者、異邦人(シンディローパーのタイムアフタータイムを想起して欲しい)が行き着く先は大都会かバガボンド流民。準カオスなパリで僕は生き抜く方策をトライ&エラー。
で、勤務時間随時の薬の売人に成った。
服装はベルベル人のジェラバ。僕としては1900年台の北京文人が着てた長袍が着たかったのだがお薬の売人らしくないので却下。加州から来た女子をカブール発ハシシ金印黒の塊で拝み倒して譲ってもらったモン族(ペンタゴンのドルに騙されてホーチーミンルートの物資移動の妨害をしていたので戦後コラボレーターとして圧力を受け大量に移民した少数民族)の肩掛けバッグ、つまりサイゴン、サンフランシスコ経由パリ着の幸運を呼び込みそうな色のカバン。皮サンダルはグラディエーター風サンダル。
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