なら、やってやりますとも

 お城から工房に帰ってきたみつきは厳重に守られた蔵の鍵を彩雲あやくもに開けて貰って埃にかげえる中にするりと足を踏み入れた。

 親方の不在に勝手に漁るのも慣れたもので、蔵の奥に置かれた桐の箪笥の観音開き扉に手を掛ける。手順がすっかり頭に入ってしまった仕掛け鍵をさくっと開けて、みつきは扉の中の絡繰り、二つ納まった内の一つを手に取った。

 それは厚手の布の装丁を施された中に歯車の詰め込まれた機械を納めた、舶来の懐中時計の如きものである。

 みつきはその絡繰りを掌に乗せて、色取り取りの八雲が描かれた布の装丁から中身を横滑りさせて表に出す。そこにはやはり時計らしく文字盤の上を針が三本回っていた。

「んと……場所は……お城より工房の方が向こうに近いか。打ち上げ道具も運ばなくていいし」

 みつきは独り言ちながら絡繰り本体の表面に指を当てる。するりと表面だけがまた横滑りして蓋として文字盤を覆っていた硝子がずれる。布の装丁と本体と蓋硝子とで、三つの円が繋がった形に展開された。

〈未だことばにあらざらむ景色を、在りしままに知り認め身に入るるために、時の針が進む跡に刻み納める〉

 みつきは一節ずつ指でなぞるように祝詞を唇に乗せて呟く。それと同時に心の臓から送りだした血液にたましいを注いでそのまま掌へと押し出す様を思い描いた。

 みつきからの命を受けて、掌に乗る絡繰りは光をあやめかせて空気に響乃ゆらのを溶け込ませていく。

未言刻還みことこくげん

 みつきの陀羅尼によって三つの円の上に空の景色が浮かび上がった。

 この絡繰りこそは神代に空染の伎を編み出した初代帛屋きぬや紡衣ほうえ彩光あやみつその機織り巫女が造り出したと伝わる神具であり、その未言景みことけいと言う。その権能は景色を映し浮かべる事にある。

 だがそれは、此処の上空の只今の景色、には当然限らない。そんな見上げれば分かるものを手元に浮かべるだけの力に神具が納まる故がない。

 みつきは未言景に目を落とし、掌から注ぐ魄で針を進めた。針が進む度に雲の形が崩れては膨らみ、太陽の光は碧より茜に移り、さらに藍より昏きに至り、星の散る漆黒を越えて緋を巡る。

 未言景は三世さんぜに渡り望むままの刻限へと至って景色を見せるのである。また場所においても空と海と陸の繋がる三繋国みつなぎのくにの果てを越えて海の続き、空の境の向こう、陸の終わりてまた始まりの端よりなかばまで、何処であろうと扱う者の想い到るならば映して見せる。

 みつきは流れ行く空の景色を浚い、向こう三日間の姿を見極めた。

 そして颯爽と決断する。

「うん、明後日の巳の刻ね」

 みつきは知りたい時刻が分かると直ぐに未言景を元の場所に戻し、親方にばれないように仕掛け鍵を掛け直して、埃が層を成す蔵にくっきりと足跡を残して外へと出て行った。

 そして彩雲を捕まえて、空染の時刻を伝える。

「え? 明後日の巳の刻? 早過ぎないかい?」

 驚きの声をみつきに返す彩雲の態度に、みつきははてと首を傾げた。

「若様からお相手への伝令が間に合いませんか?」

「いや、そっちは飛脚使えば半刻で着くから全く問題ないんだけど、これから中一日で空染玉そらぞめだまを仕上げるってことになるんだよ?」

 何を懸念しているのか履き違えているみつきに、彩雲はしっかりと彼女の仕事が間に合うのか心配していると伝える。

 するとみつきはきょとんとした後に、腰に手を当てて平たい胸を張った。

「だって未言景で視たらその時が一番いいですから。なら、やってやりますとも! 空の染め方はもう思い描けていますから、平気のへのすけですとも!」

 なんとも頼もしいのだが、親方の口の悪さが変に移ってしまっているのが何とも残念だった。

 全くこれだから才のある人間は話が噛み合わなくて困ると、彩雲は頭を掻きながら依頼主に打ち上げ時刻を伝えようと緩やかに足を城の方角へと向けた。

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