惨劇 美容院

蛾次郎

第1話


やっとの休日だ。

マイケルは愛車に乗り、今まで行った事の無い場所へあてなき1人ドライブをしていた。


「この辺、何か良い雰囲気だな…」

寂れた商店街をみつけたマイケルは、付近に車を停めて立ち寄ってみる。


錆びた虹色のアーケードを潜ると、古びた造りの定食屋や雑貨店、ブティックなどがズラーッと並んでいる。

しかし、どの店もシャッターが閉まっていてスプレーで落書きされていた。


「もしや全部閉まってんのかこれ?」


そんな中、1つだけ営業していると思われる美容院があった。

一見、いけ好かない古民家カフェのような店構えに見えるが、昔からずっーと改修工事をしていないリアルな雰囲気が漂っていた。


店の前の看板を見ると、手書きで「カット564円」と書いてあった。


「安っ!美容院で564円て」


旅の思い出にカットしてもらうのも悪くない。

そう思ったマイケルは、年季を感じる造りの豪華な金メッキのドアノブを開いた。

カランコロンカランという音が鳴る。


「こんちわー」

店へ入ると、入口がパーテーションで仕切られていて中が見えない。


横には下駄箱があり、スニーカーやハイヒールなどが置かれていて、足元にはスリッパが並べられていた。


「なんかクリニックみてーだな」


マイケルはスリッパに履き替え、パーテーションの奥へ入ると、スタイリングチェアに角刈りの大男が背もたれを1番深く倒して目を瞑っていた。


スタイリングチェアの背後の床には、ゆるふわショートボブの美容師と思われる男がうつ伏せで倒れている。



「え!!!?」


身の危険を感じたマイケルは、慌てて店を出ようとしたが、瞬時にパーテーションが横に広がり出口を塞いだ。

何とか脱出しようと、パーテーションを思い切り叩く。


「にいちゃん、逃げようたって無駄だ。にいちゃんは竹筒の罠に嵌ったうなぎだ」


スタイリングチェアで寝ている大男が鏡台に映るマイケルをジロリと見ながら腹に響くような重低音の声で話しかけた。

マイケルは震えながら大男の方を振り向いた。  


「にいちゃん、こっちへ来い」


「は、はい!」


「俺の髪を整えろ」


「ぼ、ぼ、僕がですか?」


マイケルは、床に倒れている美容師をまたぎながら、大男の背後へ近づいた。

自分の5倍はありそうな頭部と両隣のスタイリングチェアに触れるほどバカ広い肩幅。2メートル半はある巨体で、スタイリングチェアがいつ壊れてもおかしくないほどギシギシと軋んでいた。


「怖がる必要は無え。カットはもう済んでんだよ」


「じゃ、じゃあ僕は何をすれば…?」


「富士額にしろ」


「え?ふ、富士額ですか?」


「ああ。俺が満足する富士額にしたら、褒美に山をやる」


「山?」


「俺はなあ、金がザクザク掘れる山をいっぱい持ってんだ。それを1つやる」


まるで赤鬼のような発想じゃないか。なんだ金がザクザク掘れる山って?今の日本にそんな山があるのか?しかも幾つも保有してるとは…。 


「あ、ありがとうございます」


マイケルは大男の提案に混乱しながら思ってもいない返答をした。


「ただし…。もし失敗したら…おしまいだ」


「…おしまい?」


「お前の足元にいるにいちゃんと同じザマになる」


「…死ぬって事ですか?」


「ああ。DEAD or 富士額だ」


「……」


マイケルは絶句し、悪夢のど真ん中にいるような精神状態に陥った。


「早くしろ。やる前にやられてえか?そこの屍になりてえのか?」


「は、はい!」


マイケルは慌てて鏡台の前に置かれた整髪道具を見てどうすべきか?を脳みそフル回転で考えた。


そもそも富士額にするって何だ?人工的に富士額にするにはどうすればいいのか?


マイケルが大男の生え際をチラと見る。

直線を引いたかのように真っ直ぐな生え際だ。

これは生え際の真ん中だけ残して、剃刀で左右を半円を描くように剃るしかない。


ふと鏡台を見ると陶器のカップにシェービングクリームが入っている事に気付いた。


カップを触るとまだ少し温かい。

これは使える!……いや、どうだろう?


「おい、早く富士額にしろ!」


大男が露骨に苛立っている。

もうマイケルに迷う余地など無い。


「し、失礼します!」


マイケルはシェービングクリームを専用ブラシで掻き回し、大男の生え際に塗ろうと額にそっと手を当てる。

何だこの額の感触は!?頭蓋骨の固さが分からないほど皮膚が分厚いじゃないか!!


「シェ、シェービングクリームをお塗り致します」


専用ブラシでゆっくり丁寧に塗っていく。


「ん?にいちゃん、このシェービングクリーム、少しぬりいなあ」


専用ブラシの手が止まり、大粒の汗が噴き出した。


「す!すいませ…」


「いや、丁度良い。俺、熱いの嫌いだから」


ホッと胸を撫で下ろし、手の震えを抑えながら再びシェービングクリームを塗る。


「その屍はなあ、熱いシェービングクリームをデコに塗りやがったんだ。その瞬間葬ったのよ」


そんな事で!?意外と敏感肌なのか!?

サイみたいな皮膚なのに!!


「び、美容師さんが、そ、そんなケアスレス、ケアミ、ケアレミス、ケアスミス………失敗しちゃダメですよねえ」


ケアレスミスも言えないほどテンパッていた。


「そいつは美容師じゃねえぞ」


「…え?じゃ、じゃあ、だ、誰なんですか?」


「只の客だ。俺より先に散髪してやがったから葬ってやったのさ。1番散髪は俺だって掟を破る奴には制裁あるのみだ」


何て事を!!1番散髪って何だ!?1番風呂みたいな事か!?


「し、失礼致します」


マイケルは怒りの感情を殺しながら、大男の生え際を剃り始めた。


毎朝自分の眉毛を剃刀で整えている。ゆっくり丁寧にやれば、ひどい失敗は無いはずだ。やれば出来る!


先ずは、あまり角度を付けずに浅く剃っていく。良い感じだ。

しかし、プロ専用の剃刀は普段使っている剃刀より大きく重く切れ味が鋭い。

少し動かしただけでジョリッと剃れてしまう。

今のところ上手く剃れてはいるが、綺麗な富士額にするには、この剃刀は使いずらい。

マイケルは一旦手を止め、もう少し小さい剃刀は無いかと鏡台の整髪道具を漁る。


すると小さな剃刀に紛れ、白い紙が挟んであった。

「お客様への対応」と書かれた紙の内容をよく見ると、この大男を倒して脱出するための段取りが細かく書かれていた。


いわば、「大男撃退の手引き」だ。


しかもこの字体、看板に書かれていた「カット564円」の字体に似ている。美容師が書いたものに違いない。


マイケルは鏡で大男が気付いてないかチラチラと確認しながら段取りを確認する。


「ちょっとお顔失礼致します」


マイケルが小さな剃刀でゆっくりと生え際を剃りながら、コメカミのツボを弱く長く押していく。


「フ〜〜〜ン…」


大男が気持ち良さそうにデカい鼻息を漏らした。

左右のコメカミを優しく押しながら剃っていくうちに、大男がウトウトし始めた。


「ちょっとポジション変えさせて頂きす」

マイケルは大男の背後に移動し、違う角度から生え際を剃っていく。

もう一方の手で頭のテッペンと耳の後ろにあるツボを親指で優しくジワジワと押した。


「ちょっと額の中央を確認させてくださいね」

そういうと中指で眉間から生え際の線をゆっくり何度もなぞっていく。


「フゴゴゴゴゴ フゴゴゴ…」


ついに大男が眠り始めた!!

最初の難関である「快眠のツボ押しで寝かせる」に成功したのだ。


マイケルは、すぐさま紙に書かれた次の仕掛けの準備をした。



昭和のデカいパーマ機、剃刀を研ぐ革ベルト、ドライヤー、白い打ち粉など、大男のイビキに合わせて静かに動き、道具を一箇所に集めていった。


こんな刺激的な時間は、一生無えな。



マイケルの瞳孔がバキバキに開き出した。




——————————————————————




「フゴゴゴゴゴ……フ…フガッ!……ん?」


30分ほど経過した頃、大男が目を覚ました。


マイケルは入口のパーテーションを背にその様子を見ながら次の攻撃に向けて待ち構えている。


「…おい、何だこれ?どうなってんだこのやろう!!」


大男の目の前は真っ暗闇だった。

頭部に昭和のパーマ機がフルフェイスのヘルメットのようにジャストフィットで覆い被さっていたからだ。


慌てて体を起こすと首に剃刀を研ぐ革ベルトが巻き付いた。


「ウゲッ!」

喉を圧迫され一瞬えづいたが、大樹の如き太い首でベルトを引きちぎり、分厚く硬い拳でパーマ機をぶん殴る。

しかし、パーマ機の表面に塗りたくられたヘアワックスがワセリンのようにツルッと滑り破壊力が伝わらない。


「チクショウ!!」


スタイリングチェアから立ち上がった勢いで短パンのポケットから四角いバッテリーのような物が飛び出て、マイケルの足下に転がり込んだ。そこには「開」「閉」と記されたボタンが付いていた。


「これは、もしや…」


マイケルはそっと手に取って「開」のボタンを押してみた。すると閉じていたパーテーションがウィーンと開いたのである。


よっしゃ!これは逃げれる!

マイケルは希望に満ち溢れた顔で脱出しようとした。…が、その時、床に倒れていた男の足がピクッと動いたことに気づいた。


「…生きてるのか?」


男は、パーマ機を取ろうと暴れまくる大男の足下でピクピクと体を痙攣させている。


このまま放っておけば、グシャッと踏まれてしまうと思ったマイケルは、そーっと匍匐前進で近づき、腕を伸ばして男の足を掴んで引きづるようにパーテーションの前まで運んだ。


「スー…………スー…」


呼吸音が微かに聴こえるが浅い。

心臓の動きもリズムが遅い。

マイケルは男の胸部を強く圧迫し、応急処置を施した。


「ハア…ハア…ハア」 

男の呼吸が通常に戻り、心臓もドクッドクッドクッと活発に動き始めた。


「聴こえますかー!?」

マイケルは男の意識を戻そうと耳元で声を掛けた。


「聴こえますよー!!」


返事が返って来た。

しかし返事をしたのは、大男の方だった。


応急処置をしてる間にパーマ機の破壊に成功したようだ。


「久しぶりだな。うなぎさんよお」

大男が不敵な笑みを浮かべマイケルに眼光を向けた。


マイケルは、ドライヤーを脇に抱えながら応えた。


「罠に嵌ったうなぎは、てめえじゃねえのか?」


ドライヤーのスイッチを押すと強風から大量の打ち粉が大男の目を襲った。


「はぐあっ!」


目を押さえて暴れる大男。


「また暗闇に戻ったな!」


マイケルはそう言うと、腰に付けたシザーケースからありったけのロールブラシを大男の足元にばら撒いた。


大男は目を瞑りながらマイケルのもとへ迫って来るが、ロールブラシで転び、顔面を強打した。

床にヒビが入るほどの衝撃にも関わらず、すぐに立って迫って来る。しかしまたもロールブラシで足を滑らせる。

「チクショウ!!なめやがって!!ぶっ殺してやる!!」


「良い旅をありがとよ!」


マイケルは、男を肩に担いで店から脱出した。  



—————————————————————




「はあ…助かったあ〜…」


マイケルは商店街のさびれた風景を見て、まるでワイキキのような安らぎを感じていた。


すぐに車に戻り、後部座席に男を乗せ病院へ向かう。その移動中に男の意識が戻った。


「…はっ!…ここはどこですか!?」


「あまり動かないで!今、病院に向かってますから」


「病院?そ、それはやめてください!困るんです!」


「困る?何でですか?あなた大男に殴られて仮死状態だったんですよ?」


「あれは、ただの兄弟喧嘩ですから」


「え!?兄弟喧嘩!?あの美容院にいた怪物はお兄さんなんですか?」


「いや、弟なんです」


「弟?じゃあ、あなたがお兄さん?」


「ええ。富士額にしてくれと言われて出来ねーよっつったらワンパン食らって」


「そうだったんですか…ところであの店の美容師さんは、大丈夫だったんですかね?」


「美容師さん?」


「ええ。店に入った時、弟さんと倒れているあなたしか居なかったんで、美容師さんは粉々にでもされたのかと気になっていたんですが…」


「あのー、美容師は弟なんですよ」


「え!?」


マイケルは驚愕した。あの大男が美容師だったとは…


「お客さん大変だったでしょ?」


「大変なんてもんじゃないですよ。パーテーションが閉じた時に終わったと思いましたから」


「本当に申し訳ありません!」


「弟さんの撃退法の紙をみつけて何とか命拾いしたって感じですよ」


「あの紙は僕が書いたんですよ」


「そうだったんですか」


「あれを読んで上手くいったの、お客さんが初めてですよ」


「…へえー…」


マイケルは、という事は他の客は全て餌食になったのかと背筋が凍る思いに駆られながら話を切り替えた。


「そういえば弟さんが言ってた金がザクザク掘れる山って本当にあるんですか?」


「ええ、ありますよ。そうだ!ご迷惑をお掛けしたお礼に場所を教えますよ。気の済むまで掘ってください!」




数日後、マイケルは男に渡された金が掘れる山の場所へと向かった。



「ここだな」


草木が生い茂る岩盤の付近にポツンと紅い花が生えている。ここに金があるらしい。


マイケルはシャベルで少しずつ土を掘っていった。

1メートルほど掘ると、ガキーン!という金属音が鳴った。


「よっしゃ!」


更に掘り進めると、金ではなく銀色の何かが見えて来た。


更に掘り進めた時、マイケルは戸惑いの表情を浮かべた。


「何だこれ?もしやアタッシュケースか?」


銀色のアタッシュケースの取手が見えて来た。

マイケルは掘るのを辞めて、取手を持って引き抜いた。


「金が掘れるって、採掘的な意味じゃねえのかよ!」


そうボヤキながらアタッシュケースの中を開く。


中にはギッシリと札束が詰め込まれていた。


あの大男が描かれた通貨単位の分からない札束だった……


「こんなもんパーティーグッズじゃねーか!くだらねえ。早いとこ帰ろ」


マイケルがアタッシュケースに背を向け帰ろうとした時、目の前に大男が立っていた。


「久しぶりだな。また自ら罠に嵌ったか」


今度こそ殺される。

只々、恐怖で身動きが取れないマイケルに大男は言った。


「俺をモヒカンにしろ。成功すれば真の金山をやる。出来なくば死だ」


マイケルは、まだ猶予がある事に安堵した。












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