幸せの距離

志央生

幸せの距離

 幸せの距離はどれくらいなのだろうか、私はそれが知りたかった。遠すぎては伝わらず、近すぎては壊れてしまう。私と彼女の幸せは、どこにあるのか私はそれを探していた。

「最近、誰かに見られている気がするんだよね」

 仲間内で話していると、彼女は唐突にそう口にした。それを聞いた他の女子たちは口々に「うそ」「まぢ」「やばー」などと言って茶化す。それでも彼女は真剣な顔をして言葉をつづけた。

「ほんとなの、なんだか家にいるとどこからか見られている気がしてるの」

 彼女の怖がっている様子に先ほどまで茶化していた女子たちも口を閉ざした。その内のひとりが恐る恐るどこでそう感じるのかを尋ねる。

「家のいたるとこで見られている気がするの。けど、ずっとっていうわけじゃない」

 それを聞いて「もしかして、事故物件とか」と誰かが漏らした。その瞬間に全員が顔をこわばらせる。ただ家主である彼女は「そんなの部屋を借り時に聞いてないし、それにこの部屋だって他の部屋と同じ家賃なのよ。そういう訳あり物件だと安くなったりするんでしょ」と事故物件かもしれないという疑惑から彼女はやや早口に捲し立てる。その必死な剣幕に押されて一人がスマホを操作しながら口を開く。

「そうみたいんだけど、抜け穴みたい方法があるらしくて。事故が起きた後に別の入居者を入れるじゃない、そのときはもちろん事故物件だって説明もいるし、家賃も下げるみたいなんだけど、その入居者が来て何も起きなかったら次の入居者からは事故物件の申告もいらないし、家賃も普通に戻るんだって」

 そう聞かされて彼女は力が抜けたようにその場にへたり込む。

「でも、いちおう事故物件なのか聞かれたら答えなきゃいけないみたいだし、気になるなら管理会社に電話してさ聞いてみようよ」

 落ち込む彼女の背中をさすりながら励まそうとしている姿を見ていると、こちらも涙が出てきそうになってしまう。ただ本来ならば、その位置は私の場所であり、そう思うと悔しさも沸き上がる。

「明日の朝一で電話してこの部屋で過去に何かなかったのか聞いてみればいいよ。ほら、もしかしたらただの杞憂かもしれないし」

 そう言って彼女たちは部屋の電気を消した。暗闇の中では何も見えず、眺めていても変化はない。私もモニターから視線を外し、ヘッドホンを取る。

「また、明日ね」

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幸せの距離 志央生 @n-shion

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