煉獄に嗤う

 私はまたも強大なモンスターから逃走しています。

 愛するあのお方を連れて――


 これが最後の仕上げになりましょう。距離は慎重に。針の穴に糸を通すか如き繊細さが要求されます。


「ホーリーアタック!」


 ペシッというレジストされた音とともに、私の魔法はかき消されました。


 姿が見えないですが、本来なら蒼い肌の超絶美形なイケメン。――雄牛の角を生やした悪魔。青藍の魔王様にございます。


「ヘイトも発生しているし、それが仕事だから付き合うが。お前は本当に我を王都まで連れていくのか」

「はい♪」

「恐ろしい執念だな。アグリヴィナよ」


 あなたのほうが恐ろしいですわ。魔法一つで私は即死ですもの。

 そして今回の私は自己紹介をしておりません。青藍の魔王様も女神と同じく、ループ外にいるお方なのでしょう。


「何回我と話した? その馴れ馴れしさ。一回や二回じゃあるまい」


 回数まではご存じないようですね。


「内緒です!」


 ヒかれたら嫌です!


「我と契約せよ。 お前の身も魂も捧げるならば、王国ぐらい滅ぼしてやろう」

「王国滅亡したら考えますよー」


 心が揺れるお誘いですが、女神とのお茶会も楽しみなです。

 身は喜んで捧げたい所存ですが、魂は今だけ、お許しくださいませ。


「仕方ない。付き合うか。迷宮の奥底にいても暇だからな」

「聖騎士よりあなたのほうが紳士です。惚れてしまいそうですね。えい。ホーリーアタック」


 ヘイトは適切に維持しなければいけません。和やかに会話している相手とヘイト? とは疑問に思っていけません。


「ちょっぴりヘイトが上がった。我がお前を追うぞ」

「逃げる私を捕まえてごらんなさいませー」


 浜辺で恋人から逃げる少女のように軽やかに。――私は逃走しておりますわ。姿無き声の主から。


「待てよー。……仕事とはいえ辛いぞ」


 疲れた声を出す青藍の魔王様。やはり仕事なのですね。

 私も少々申し訳なく思います。

 契約の件、前向きに検討させていただきますね。


「王都が見えましたよ!」

「本当に我を王都まで引っ張ったのか。お前、これで何度めの生だ?」

「内緒です!」


 私は絶妙な距離感でホーリーアタックを繰り返し、王都に入りました。


「もういいですー」

「わかった」


 姿を現した青藍の魔王様に、王都の人間は我先にと逃げ出したのです。

 強大な魔力を発する魔王が街中に出現したら恐慌に駆られてもおかしくはありませんね!

 

 私はそのまま王宮に乗り込み、謁見の広間に向かおうとしたところで魔法を使います。

 頃合いでしょう。


「【ハートオブピース】!」

 

 モンスターのヘイトを解除する魔を使いました。

 30秒間周囲のモンスターが持つヘイトは霧散します。


「ここで我を解放するのか?」

「そうです!」

「30秒しかもたんぞ。過ぎるとお前を殺すことになる。悪いことはいわん。我と契約しろ」

「30秒もてば十分ですよ?」


 そういった矢先に聖騎士隊が現れました。


「ここは通さん! デーモンか何かしらんが。お前は俺様を知らないようだな」


 王族、 、 の護り手である騎士団長ミックマンが姿を現しました。

 青藍の魔王様に何を言うのやら。

 このあほうは……


「皆の者! 聖なる魔法を! あのグレーターデーモンを倒すのだ!」


 続々と自己強化魔法を唱え始めるミックマンと配下の聖騎士に青藍の魔王様がぴくぴくと震えています。ヘイトを感知しているのです。


「これが狙いか」

 

 感心したかのような声をあげる青藍の魔王様。


「――三十秒経過ですよ。これから地獄の始まりですね」


 「【ハートオブピース】の効果は切れました。ヘイトは周囲の聖騎士が行使する自己強化魔法に向かい、軍団である彼らが青藍の魔王様の抹殺対象ですよ。

 死にましたねあいつ。

 

「仕事だからな」


 自己強化魔法を使用中の聖騎士団に、グレーターデーモンが範囲魔法をぶつけます。即死でしたわ。


「弱っちぃですね」


 ふがいない殿方ですね。

 これが王国最強の騎士団とは無様ですわ。


「我を相手にするにはレベル80は必要だからな」


 青藍の魔王様が疲れた声を出します。

 こんな雑魚相手にここまで引っ張られた彼はたまったものではないでしょう。

 

「貴様。どうしてこんなことが…… 神の裁きが下るぞ」


 ミックマンが無様に転がっています。


「神々なぞおりませんよ?」

「なんだと!」


 私が敬愛するあの方は最後の一人。複数形は間違いです。


「神々が御座すならば――私の存在は迷惑行為として、存在が抹消されているはずですもの。私が生きている。つまり神々がいない証拠ですね」


 何よりこのわざは女神直伝ですし。

 教えてやる義理はありませんけど。


「ふざけるな。貴様のような悪魔に魂を売った女が……」

「黙れ」


 私を悪し様に罵り始めたミックマンを、青藍の魔王様が脚を無造作に振り下ろして肺ごと胸を踏み潰しました。

 即死はしないでしょう。


「おのれ…… 聖騎士が持つ究極防御で時間を稼ぎ……」

「囀るな。死ね」


 あら。頭を踏み潰して確実に仕留めました。


 青藍の魔王様は指をちょいちょいと自分に向けます。

 まさか……


「ホーリーアタック!」


 貧弱な攻撃魔法で、わずかなヘイトを稼ぎます。

ヘイトが完全に消えると、青藍の魔王様はあの隠しダンジョン最深部に戻ってしまうのです。


「忘れていただろう。次はないからな」


 青藍の魔王様は、わざわざ待っていてくださった……

 本来は即座に帰還していいものを。


 私はその事実だけで泣きそうになりました。嬉しさのあまり、です。

 しかしこれから為すことを考えれば、感傷に浸る暇はありません。


「今の我は王国と騎士団へのヘイットがお前よりも高い。お前を殺すこともないし、地下最深部に戻ることはない。お前が始めたことだ。ヘイトを適切な距離で維持しろ。大願成就する、その場所までな」

「ご案内いたします。――適切な距離で逃げながら」

「そうしておけ」


 青藍の魔王様がにやりと笑いかけてくれました。

 私の茶番に付き合ってくださるようですね。ああ、早く王国を滅亡して青藍の魔王様と添い遂げたいところです。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 目前にはエリック王子と妹の聖女フロレンティア。玉座にはグドムント王が座しております。

 王族や聖女フロレンティアは騎士団所属です。

 

 ――つまりヘイト値をミックマンたちと共有しているのでございます。モンスターはより高いヘイトを持つ集団に向かう。結果は言うまでもありません。


 ぎろりと三人を睨む青藍の魔王様が謁見の間に大量の火球を放ち、あっという間に火の海になりました。

 エリック様。おいたわしや。

 失禁なされて……


「逆恨みか! アグリヴィナ!」

「お願い! 正気に戻って!お姉様!」


 私は皆様に微笑みかけました。

 この会話も何度目でしょうか。私は悪役令嬢。赦しなど請いません。だから――憎んでください。私の時間は巻き戻りますが、あなたたちは滅亡した王国で生き残るのですから。


「――この会話も何度目かしら。たくさんしましたよ」

「え?」

「私は今までに1874回死にました。今生で1875回目となります」

「ほほぅ」


 感心したかのような青藍の魔王様。

 あなたにも幾度も殺されましたから。それはいつも即死で、苦しむことはなく。

 これ、もはや愛では?


「余たちは何度も殺されているということか!」

「そういうことになりますね。まだまだ数えるほどですよ? そのうち私が死んだ以上に死ぬことになるでしょう」

「どうしてそんなことを……」

「滅亡速度が遅いからですよ」

「は?」

「最低でも24時間は切らないと。王国滅亡まで最速タイムレコードは29時間なんですから! 目標に到達したら結果が確定します」

「なんと。目的を達成するまで、わしらを殺し続けるというのか……!」

「ひぃ」


 恐怖のあまり聖女フロレンティアが気絶しました。

 情けない妹ですこと。


「今回は三十時間弱。タイム更新ならずです。またやり直しですね。何度でも皆様がたを殺します!」


 私は炎に染まる謁見の間で、邪悪に笑います。

 顔は陰に隠れて、さぞや邪悪に映えたと思いますが、あくまで私は悪役令嬢。 

 毎回この会話を繰り返しているのですから。演技といわずして何といいましょう?


「やめてくれー!」

「青藍の魔王様」

「気は済んだか? 殺すぞ」

「心臓を生け贄に捧げます。願いを一つ。――どうぞ、あなた様の手で殺してください」


 どうせあの場所、あの時間に戻ってしまうなら、いっそこの方の手にかかりたい。

 私が願う、たった一つのわがままです。


「やり直してまたこいつらを殺すのか。我と殺し続けるのか」


 心の底からこみあげる愉悦に震える青藍の魔王様。

 

「そうです青藍の魔王様。大願成就のその時こそ、命と魂を貴方に捧げます。これは契約です」


 貴方ならきっと忘れることはないのでしょう?


「契約、か。ふん。いいだろう。その時こそお前はかつて勇者に倒れし魔王を蘇らせた希代の悪女として歴史に名を残すであろう」

「世界を敵に回して、でしょうね。悪役令嬢冥利に尽きます。このループが終わる時、青藍の魔王様。貴方も解放されるのでしょうか」

「気付いていたか。期待しているぞアグリヴィナ」


 今回ばかりは聞いてみることにしました。何故滅んだはずの魔王様が隠しフロアにいたのか。

 勇者に倒される。――その役割を終えたにも関わらず、死ねないからではないかと推測いたしました。 

 女神と同じで、世界の一部。私のループも勘づいておられます。


「青藍の魔王様にはいつもご迷惑をおかけしておりますが、真意を話すと喜んでくれますので。つい甘えてしまいます」

「幾たび出会おうが我はお前の魂を手に入れることはできないようだ。魂は時間が巻き戻った先に向かうだろうからな。しかし別の我が再びお前と一緒に王国を滅ぼし続けるのだ。女神の茶番もたまには良いな」

「左様です。王国滅亡を24時間を切った暁には、魔王と正式に契約したいですね。その時こそ私の魂と体、そしてこの王国すべてを捧げましょう」


 蒼白になる二人を尻目に、青藍の魔王様は嬉しそうに目を細めます。ああ、私の愛しき方。


「面白い。目的を達したら我の妻となれ。廃墟の王国だが、お前のために統べてみせよう」


 妻?!

 ええ?! 死ぬほど喜んでしまいますよ。ですが……


「その申し出。謹んでお受けいたします。しかしながら、まだ先は長く……」

「構わん。何せお前と何度も逢瀬を繰り返せるのだから、これはこれで味があるというものだよ。先は長い。お前も楽しめ」


 私達、両思いだったのですか?!

 浮かれている場合ではありませんね。


「この悪魔! かつて癒やし手令嬢と呼ばれたお姉様はどこにいったというのです!」


 目覚めたフロレンティアが震える声で私を非難いたします。悪魔悪魔と何度も罵声を浴びせられると、嬉しくなってきますよ?

 実の父を謀殺しておいてどの口が言うのでしょう?


「悪魔? いいえ。癒やし手では無く悪役ヒールに転身したんですよフロレンティア。憎悪を一身に浴びてこそ輝くのです。――私はあなたがたに謀殺されて闇墜ちしたのですから」


 私はきょとんとした表情を浮かべてやります。この表情にも馴れてきました。

 その様子をみて笑う青藍の魔王様に見惚れる私です。


「では魔王様。私亡き後、かの者たちに慈悲無く容赦なき生を数年。責め苦の果てに殺してください」


 私は見届けることができません。少しだけ残念です。


「わかった。そいつらの始末だな。その願いも聞き届けてやろう」


 死ねない、ということがどれほど辛いかその身で味わってもらいます。


「アグリヴィナ! 心優しいヒーラーだった自分を思い出せ! 私が病の時、ヒールしてくれたではないか!」


 王よ。あなたもいけないのですよ。


「私、魂がすりへって消滅するまで、皆様を追跡heelしていますよ?」

「何が楽しくてこんな残虐なことを!」

「あなたたちがもがき苦しむ様が楽しいからに決まっています。私にこの遊戯を教えてくれたお方がいるのです。――王国滅亡リアルタイムアタック。面白い遊びですよね?」

「遊び感覚で我が王国を何度も滅ぼしていると……」


 そんな理由で国が何度も滅ぶとは思わなかったグドムンド王が絶句しております。

 その顔が見たかったのです!


「そうですよ? 一回こっきりで殺され続けた恨みなど晴れません。詳しくは聖女の力を悪用したその女にお聞き下さいませ。――それでは皆様ごきげんよう。ごめんあそばせ。では愛しき魔王様。どうぞ私の心臓をお受け取りください」


 死んでは蘇り、再び死んでの繰り返し。

 それでも私は悪役らしく嗤ってみせるのです。


「よかろう」


 青藍の魔王様は私の胸に腕を突き入れ、鮮血があふれ出している心臓を引きずり出します。

 一瞬で絶命したことはかのお方の慈悲です。

 愛しの魔王様。

 これで十何回目となる生け贄になったのです。

 再びセーブポイントへ。絶命寸前の状態に時間が巻き戻るのです。


 ああ、お待ちください 青藍の魔王様。

 アグリヴィナは何度蘇ろうと、必ずやあなたさまの元へ舞い戻ります。

 

 ――次も貴方に逢うために。悪役令嬢のつとめとして私は王国を滅ぼし続けます。

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煉獄に嗤う悪役令嬢の王国滅亡RTA 夜切怜 @yashiya01

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